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中山道安中宿周辺の道

折々の散歩道

歴史の面影を色濃く残すまち

安中市

旧碓氷郡役所

旧碓氷郡役所

 国や都市がそうであるように、道やまち並みにも、栄枯盛衰のドラマがひそんでいます。かつては繁華街として栄えていたものの、近くに大きなバイパスが抜けたことによって車や人の流れが変わり、次第に寂れつつある――そんなまち並みに、たまさか出会います。今回紹介する、旧中山道安中宿も、そんなまち並みのひとつです。かつての宿場町は、明治以降は商店街が形成され賑わっていましたが、国道18号の開通などモータリゼーションの進展に伴い、現在は行きかう車も人も少なくなっています。経済面から捉えればこれは憂慮すべき問題ですが、文化面から見れば、このようなまち並みにこそ大きな意義があるように思います。事実、新しいまち並みよりも、かつての繁栄の名残をそこここに留めているいささか古めかしいまち並みのほうが、歩いていて楽しく感じられるものです。

  最初に、旧碓氷郡役所の駐車場に車を停め、見学をします。旧碓氷郡役所は、明治44年(1911)に竣工し、木造平屋建で横に長い形をしています。大正12年(1923)の郡制廃止に伴い、大正15年(1926)に郡役所も廃止され、その後は行政関係等の事務所として利用されたこともありましたが、平成8年に市指定重要文化財となったのを機に修復、公開しました。外観は、黒い屋根瓦と白い壁の対比が印象的な、端正な姿をしています。外観も内部も、新築と見まがうほどきれいですが、よく見ると、当時の部材が使われています。

  旧碓氷郡役所に車を置いたまま、歩き始めます。すぐ隣には、大正8年(1919)に竣工した、群馬で最初のキリスト教会である安中教会があります。見学には事前予約が必要であり、この日は敷地の外から垣間見ただけでしたが、教会からは賛美歌が、併設する幼稚園からは園児たちの元気な声が聞こえてきて、暖かい気分になりました。

  この辺りは旧安中城址で、当時から残る大名小路と呼ばれる道が、現在は美しく整備されています。道沿いには、安中城の数少ない遺構である旧安中藩郡奉行役宅と旧安中藩武家長屋があり、どちらも市指定重要文化財となっています。郡奉行役宅は、19世紀前半から中頃に建てられたものと推定されており、母屋と長屋門が残っています。長屋門には解説員が詰めていて、説明をしてくれます。萱葺きの屋根と薄茶色の土壁が、鄙びた風情を醸し出しています。一方、武家長屋は、19世紀中頃に建てられたものと推定される四軒長屋で、周囲には庭園が整備されています。郡奉行役宅と同様、萱葺き屋根と薄茶色の土壁で、時代劇の世界にタイムスリップしたような感覚にとらわれます。一軒の間取りは思っていたよりも狭く、藩士とはいえ慎ましい生活をしていたことが窺えます。

旧安中藩武家長屋

旧安中藩武家長屋

 武家長屋をあとにして、大名小路から西へ続く道をしばらくまっすぐ進み、安中高校の脇を通り過ぎ、安中市役所の手前を左折すると、旧中山道である県道125号にぶつかります。県道125号を西へ進むと、ほどなく右側に愛宕神社が現れます。大きな木々に囲まれていて、昔ながらの鎮守の森の風情を色濃く残しています。すぐ近くの道端には、使われなくなった手押し井戸が残されていましたが、今回の散策では、ほかにも、銀色に塗られた鉄製の火の見櫓など、郷愁をそそられるような光景に数多く出会いました。まち歩きの楽しさのひとつは、昔の人の何の変哲もない日常生活が垣間見えるような、ささいなディテールを発見することにあるように思います。

 県道125号を更に進むと、道の脇に大きな植え込みが点々と現れます。これは杉並木跡で、残念ながらこの辺りには現在一本も杉は残っていませんが、数百メートル直進し、国道18号と交差した先の原市では、現存する杉並木を見ることができます。今回は原市まで行かず、杉並木跡の途中を左に折れ、新島襄旧宅へと向かいます。新島襄は、天保14年(1843)、安中藩板倉家の江戸上屋敷で生まれ、21歳でアメリカに渡りキリスト教の洗礼を受け、明治7年(1874)の帰国後は、同志社英学校を創立するなどキリスト教の伝道に尽力し、明治23年(1890)47歳で逝去しました。新島襄旧宅には解説員がいて、新島襄の生涯について説明してくれます。実際に新島襄が居住したのは、帰国して間もなくの3週間ほどだったのですが、それはともかく、明治初期に建てられた萱葺き屋根の民家が大切に守り継がれていることは貴重なことです。裏手の小山には、漆園之記碑をはじめ幾つかの碑や、穴倉の中に祀られたお稲荷様などがあり、和みます。近くには、古い建物を美術館として開放した小林良曹アトリエ館がありますが、この日は残念ながら休館日でした。

  再び県道125号に戻ると、今度は東へと進みます。旧中山道沿いには、古い建物がところどころ目につき、中でも、天保3年(1832)創業の醤油醸造業有田屋は、格調のある店構えで、裏手にあるレンガ造の煙突は殊に美しく、しばし見ほれました。武家長屋にほど近い高嶋屋で遅い昼食を食べてから、旧安中城の本丸があった安中市文化センターと安中小学校方面へ向かいます。残念ながら、旧安中城の遺構は郡奉行役宅と武家長屋以外ほとんど残っていないので、案内板を確認しながら、イメージを膨らませます。安中小学校の北側の道を東へと進み、熊野神社の欅、西広寺の椿、大泉寺の杉といった巨樹を鑑賞し、旧碓氷郡役所に戻ってきました。都合4時間半の散策でした。

  帰り際、散策途中にチェックしておいた県道125号沿いの和洋菓子屋、丸田屋総本店を訪れ、家族への土産を買いました。店の人に聞いたところによると、創業250年を有し、モーツアルトの生誕年と同じとのこと。中山道安中宿の歴史の重みを感じました。

文/企画課 新井基之
画/新井紀子

●今回ご紹介したコース