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中心市街地

折々の散歩道

人懐っこいまち並みを歩く

伊勢崎市

旧時報鐘楼

旧時報鐘楼

 県内の他の中心市街地と同様、伊勢崎の中心市街地も残念ながら空洞化が進み、活性化が大きな課題となっています。実は伊勢崎の中心市街地をゆっくり訪れるのは今回が初めてだったのですが、まちなかの至るところに見応えのある施設等が点在し、人の心も温かく、活性化の種子は確実に育っているように感じました。
最初に、伊勢崎市立図書館に駐車をし、郷土関係の資料の閲覧やパンフレットを入手してから、歩き始めます。図書館に隣接する北小学校のさらに隣に、旧時報鐘楼が建っています。大正4年(1915)に建設された県内最古の鉄筋コンクリート建造物で、高さ14.56メートル。今となってはさほど高いとは感じませんが、完成した当時はひときわ目立つ建物だったことでしょう。外壁を覆っているレンガは風雪を耐え抜いて古色を帯び、端然としたフォルムと相俟って、矍鑠とした古老のような風格を漂わせています。

 鐘楼の奥にも、味のある建物がありました。コンクリート製の三階建てで、箱型のシンプルな形をしていますが、厚みのある庇が6個規則正しく飛び出し、その下には鉄の扉で閉じられた窓がひとつずつあります。独特の雰囲気のある建物です。コンクリートの風合いからしてだいぶ古いようですが、特に表示や案内板はなく、どのように使用されているのか分かりません。不思議そうに眺めたり写真を撮ったりしている私の姿に興味を持ったのか、隣の空き地で造成工事をしていた男性が声をかけてきたので、これは何の建物ですか、と尋ねたところ、図書館の倉庫だと教えてくれました。言われてみればそんな気もします。念のため後日図書館に問い合わせたところ、やはり倉庫だとの説明がありました。無骨で質素ながらもなかなか味のある建物なので、維持保存を望まずにいられません。生粋の伊勢崎っ子だという男性から伊勢崎の昔の様子などの話をしばらく聞いてから、いせさき明治館へ向かいました。

いせさき明治館

いせさき明治館

 いせさき明治館は、明治45年(1912)竣工の、県内最古の木造洋風医院建築で、平成14年11月に2日間かけて100メートルほど曳き屋移転されたことは、マスコミに大きく取り上げられたので記憶に新しいと思います。玄関を中心にシンメトリーとなった端正な造りで、外壁は白く塗られ、アクセントとして赤色が効果的に使われています。今から100年近く前に、これほど趣味の良い建築が生み出されたことは驚きに値します。日本の住宅はその後一層洋風化が進展しましたが、この建物のセンスを超えるものはそうないのではないか、と思わずにいられません。

埴輪(男子倚像)
埴輪(男子倚像)

 南に下り、嘉永元年(1848)築の、周囲を覆う稠密な彫刻が見事な伊勢崎神社を眺めてから、相川考古館へと向かいます。受付の女性の丁寧な説明を聞いてから、ゆっくりと展示を鑑賞します。国指定重要文化財の4点の埴輪が専用の収蔵庫に展示されていて、どれも見応えがありますが、中でも琴を弾いている埴輪(男子倚像)はポーズや表情に愛敬があり、名品です。万延元年(1861)築、現存する県内最古の茶室「觴華庵」は、修復作業中でビニールシートに覆われ見ることができませんでした。二階建ての土蔵には、伊勢崎市周辺の考古資料やカナダ先住民の資料が展示されています。考古館の創始者相川之賀(1866‐1950)は、明治18年(1885)から大正3年(1914)までアメリカ・カナダで複数の事業を手掛けるなど、進取の気性に富んだスケールの大きな人物です。展示を見終わると受付の女性がコーヒーを入れてくれ、しばし歓談。この女性が現当主の奥様であることを知りました。相川之賀の生き方やキャラクターに興味を持ったので、自伝や評伝があったら読んでみたいと思ったのですが、残念ながらないとのことでした。このあと、他の入館者も加わり、観覧車問題の行方や、古い伊勢崎銘仙が見られる施設が少ないことなど、のんびりと雑談しました。

 考古館を出ると南に下り、広瀬川の近くに建つ「伊勢崎河岸の石灯籠」へと向かいました。文政2年(1819)に航路安全と夜間・悪天候時の航路標識のため作られたもので、裏手に見える茅葺屋根の大きな家にも圧倒されました(民家なので敷地に入ることはできません)。ここからは東へと一直線に進み、東武伊勢崎線の新伊勢崎駅に向かいます。改修されているのでなかなか気づきませんが、実は明治43年(1910)築の歴史ある駅舎なのです。すぐ近くには昭和13年(1938)築の日本基督教団伊勢崎教会もあります。

  昼食は、職場の同僚に教えてもらった「やきそばほその」で食べました。特大、特、大、中、盛とあり、量が分からなかったので特はどれくらいの量ですか、と店員さんに尋ねたところ、隣で食べていたオバサンが「これが特よ」と見せてくれたのですが、食べかけなので見当がつきません。笑いたいのを必死でこらえながら、分かったような振りをして同じものを注文しました。伊勢崎にはなかなか人懐っこい、味のある人が揃っています。

  昼食を済ますと、JR伊勢崎駅へ向かいました。この駅舎も昭和9年(1934)築と意外に古いものです。かつて太田に勤務していたとき乗換駅として毎日使っていたのですが、旅人の目で改めて見るとなかなか新鮮です。駅前から武家門通りと名づけられた細い道に入り、古い武家門のある同聚院を眺めてから、広瀬川沿いの「あじさいの散歩道」を散策しました。都合5時間ほどの旅の締めくくりに、いせさき明治館の隣にある親玉本店でカラフルな親玉饅頭を買って帰りました。

文/企画課 新井基之
画/新井紀子

●今回ご紹介したコース