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鬼石中心市街地

折々の散歩道

モダン建築と懐かしいまち並み

藤岡市

鬼石神社

鬼石神社

 ドイツ文学者池内紀氏はカフカなどの小説の翻訳や評論で知られていますが、味わい深いエッセイも数多く生み出しています。先日、氏の『なじみの店』(みすず書房)というエッセイ集を読んでいて、印象深い一節に出会いました。

  「私はこんな旅が好きだ。旅というよりも、要するにフラフラ歩き。それも何てことのないところがいい。世に知られた観光名所は敬遠する。案内書に書きたてられているような町は、土地やつくりが人を引きまわすしくみになっていて窮屈だ。一応は観光マップといったものを持参して定石どおりにまわってみるが、そのうち、わき道にそれてしまう。」

 「途中下車」と題されたこのエッセイ、新潟市で用事を済ませ、新幹線でまっすぐ東京に帰るのはつまらないので、観光案内を眺め、たった二駅しかない蒲原鉄道村松線に興味をもったので足を運び、終点の村松駅で降りてまちなかを散策し、小さな宿を見つけたので、家人に連絡をして泊まって帰ることにした……といった内容なのですが、何かとせわしない日々を過ごしている身からすれば、池内氏の自由気儘な旅のあり方は、とても魅力的なものに思えます。確かに、観光名所を回って歩くのもひとつの旅のあり方ですが、散歩もまたひとつの旅のかたちであり、何げない風景の中にこそ、観光名所巡りでは決して味わえない、しみじみとした旅情が宿るような気がします。

 さて、今回は、鬼石中心市街地を訪ね、自由気儘に歩き回ることとしましょう。
中心市街地の一番南にあるかたらい広場に駐車をし、歩き始めます。中心市街地は、東西600〜800m、南北1qほどでコンパクトにまとまっていて、この中を道が縦横に走っています。これらの道をくまなく歩いてみることにして、まずは南北に走る道から制覇することにします。一番西にある裏新道は、自動車の往来が多い単調な道ですが、神流川を挟んで西に広がる山並みに、ちらほらと山桜の姿が目につき、山里の春を感じさせてくれます。藤岡市役所鬼石総合支所の先からは、本通り(前橋長瀞線)を南に向かいます。本通りは、中心市街地のメインストリートで、金融機関や商店が立ち並んでいます。おまつり広場まで来ると右折をして、商店街である相生通りを進みます。懐かしい雰囲気の店構えが多く、心和みます。

 やがて462バイパスにぶつかったので、北へ向かって進んだのですが、自動車専用の広い道は、歩くにはいささか退屈であり、三杉神社の辺りから脇道にそれることにしました。三杉神社は小さな神社ですが、境内から見下す中心市街地の眺望はなかなか見事です。三杉神社の横にある坂道を登っていくと、山の斜面に広がる農地に住宅が点在しており、新興住宅街として開発が進んでいることが分かります。再びバイパスに合流し少し進むと、鬼石神社が現れました。

  鬼石神社は高台に位置し、バイパスから見上げると、桜の咲き誇る石段の先に赤い鳥居が聳えている様子はなかなか趣きがあります。境内は広く、本殿、神楽殿ともに彫刻が美しく見応えがあります。創建は不明ですが、巨石を御神体とし、本殿は巨石を囲んで建っています。御神体の石は、御荷鉾山に住む鬼が投げたとも、その鬼を調伏した弘法大師が投げたとも伝えられていて、「鬼石」という地名の由来となっています。本殿の横には大きな杉が御神木として聳えていて、荘厳たる雰囲気を醸し出しています。

宮本団地

宮本団地

 ここまでは中心商店街を南北に歩いてきましたが、以降は東西に歩くこととして、鬼石神社からバイパスを少し北に進んでから、右折します。間もなく大きな木造の建物が現れました。近づいてみると、入口に「宮本団地」と書かれた看板が立っています。3階建の共同住宅が2棟並んで建ち、渡り廊下で繋がっており、ヨーロッパなどによくある、中庭をロの字型に建物が取り囲むような造りをしています。外壁には木をふんだんに使用し、鮮やかな茶色をした木の質感が美しく、公営団地とは思えない瀟洒さです。帰ってから調べたところによると、旧鬼石町によって2004年6月に竣工し、町有林の杉間伐材が使用されています。余り知られていませんが、一見の価値ある建物だと思います。

鬼石多目的ホール

鬼石多目的ホール

 店舗と住宅と農地が混在する中心市街地を東西にジグザグに歩き回っていると、やがて鬼石多目的ホールの大きなガラス張りの建物が現れました。移転した中学校の跡地に、設計コンペを実施して建てられたもので、設計者である妹島和世さんは、西沢立衛氏との建築ユニットSANAAとして、金沢21世紀美術館などを手掛けているほか、2009年完成予定のルーブル美術館分館の設計も行うなど世界的な評価を得ています。建物は平屋建で3棟に分かれ、曲線を用いた柔らかで有機的なフォルムをしており、壁面はドアも含めすべて透明なガラス張りとなっています。人工的でモダンでありながら、自然豊かな周囲の環境に溶け込んでいて、いつまでも和んでいたくなる居心地のよい空間です。

 お昼になったので、本通りにある油屋で八塩鉱泉煎餅をお土産に買いがてら、おいしいお店はどこか尋ねました。愛想のいい主人にうどん屋やラーメン屋など幾つか教えて貰い、みかわ食堂に決めました。地元の人で込み合う食堂でボリューム満点のランチを食べた後、再びまちなかを歩き回りました。
どこか懐かしいまち並みと、宮本団地や鬼石多目的ホールなどのモダンな建物との対比が印象的な、多面性と奥行きのあるまちでした。

文/企画課 新井基之
画/新井紀子

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