群馬県信用保証協会

谷田川沿いの道

折々の散歩道

郷愁を誘う水郷の風景

板倉町

通り前橋

通り前橋

 畑の畦道の先に小さな木橋が架かり、橋の下では新緑を水面に映した川がさらさらと流れ、土手には菜の花が咲き誇り、その向こうには藁葺屋根の家が春のやわらかい日差しを浴びて佇んでいます……。

  写真でしか見たことがなかったその風景の中に、実際に身を置いてみると、深い郷愁が押し寄せてきて、自分は幼い頃こんな場所に暮らしていたことがある、学校帰りにカバンを抱えて、家路を急いでこの橋を走って渡ったはずだ……そんな錯覚にとらわれました。

  その風景のことを知ったのは、比較的最近のことで、板倉町教育委員会発行の小冊子『みずば』第3号に掲載されていた写真がきっかけでした。「通り前橋」という名のその橋に魅せられた私は、地図やネット等で調べてみたところ、谷田川に架かり、「合の川橋」「一本橋」「潜り橋」「沈下橋」とも呼ばれていることを知りましたが、詳しい情報は得られず、場所を特定することはできませんでした。わずかな手掛かりとしては、地図を調べているときに、谷田川に架かる橋のうち、名前の記載されていない小さな橋がひとつあったので、ここを有力候補として、足を運んでみることにしました。通常であればこんな場合、あらかじめ町の教育委員会等に確認するのがベターなのでしょうが、旅や散歩というものは、少しばかり不確定要素があったほうが面白いものです。

  そのような経緯から、今回は、谷田川沿いの土手を中心に散策することにしました。4月中旬のある日、板倉町へと車を走らせ、わたらせ自然館(訪れた日は休館日でした)の駐車場に車を停め、谷田川を目指しました。川岸に着くと、さっそく小さな橋が目の前に飛び込んできたのですが、それは紛れもなく、写真で見て魅了されていた「通り前橋」でした。余りにもあっけなく出会えたことにいささか拍子抜けしながらも、目前に広がる麗しい風景に感動せずにはいられません。四季折々、さまざまに表情を変えていくことでしょうが、菜の花が土手を彩り、新緑が川面に映える春こそが、最も美しい時季であるように思います。

 それにしても、この風景によって喚起される郷愁には、いったいどのようなカラクリがあるのでしょうか。「畑の畦道」「小さな木橋」「土手の菜の花」「藁葺屋根の家」といった、風景を構成するひとつひとつの要素はどれも、戦前――極端に言えば江戸時代にも通じる古めかしいもので、昭和40年生まれの私の幼い頃には、既にあらかた失われていました。つまり私の郷愁は、実体験としてのそれではなく、イメージとしてのそれなのです。近代建築史の学者であり最近は独創的な建築家としても知られる藤森照信氏は、著書『天下無双の建築学入門』の中で、喜怒哀楽の感情は人間以外の動物も持っているけれども、懐かしいという感情は人間ならではの心の働きである、というようなことを書いています。更に、知らない国で知らない街角を歩いているとき、唐突に懐かしいという感情が湧いてきて面喰ったことがある、と続けているのですが、私の経験はまさにそれでした。皆さんもまた、とある風景を前にして、似たような謂れなき懐かしさを感じた経験があるのではないでしょうか。懐かしいといった心の働きには、未知の部分が多いようです。

 たったひとつの風景のために随分多くの言葉を費やしてしまいました。先を急ぐことにしましょう。谷田川に沿って北側にずっと土手道が続いているので、下流である東から上流の西へと向かって歩いていきます。時節柄、土手の周囲は萌え出る草木の浅緑色と、菜の花やたんぽぽの黄色で埋め尽くされていて、春爛漫、といった風情です。しばらく進むと八間樋橋が現れるので、橋を渡り、今度は川の南側を走る土手道を進みます。この辺りは桜づつみ道と名づけられ、桜並木が続いているのですが、ほんの1、2週間早かったならば、ちょうど開花期に当たっていたでしょう。川の北側の広い河川敷は板倉ゴルフ場として利用されています。やがて土手の南側に肘曲り池、天神池のふたつの池が現れます。周囲は公園として整備されており、近くには菅原道真を祀る高鳥天満宮があります。

天神池

天神池

 土手に戻り、再び西へと進むと、北側の河川敷は、ゴルフ場から群馬の水郷公園へと移ります。蛭田橋を渡り園内に入ると、へらぶなが放流された大きな池が点在し、40人ほどの釣り人が思い思いの場所で釣り糸を垂れています。ここで折り返し、公園の北側にある土手道を今度は東へと向かいます。まっすぐに伸びる土手道はいささか単調ではあるのですが、水と新緑、菜の花、たんぽぽの取り合わせの美しさに、飽きることがありません。

土手道(群馬の水郷公園の北側)

土手道(群馬の水郷公園の北側)

 ゴルフ場の終るあたりで谷田川から離れ、針ヶ谷池の横を通り、行人沼を半周します。そこここに点在する池沼が、この地は水郷であることを物語っています。東洋大学の大きなキャンバスを遠目で眺めてから、板倉ニュータウンへと足を踏み入れます。今から10年ほど前にオープンしたこの巨大な団地は、大きな半円を描くように整備された街路に、瀟洒な家が建ち並び、現在も分譲が進められています。思い思いに工夫を凝らした新しい住宅街を眺めるのはなかなか楽しいものですが、立ち止まったりきょろきょろしたりしていると不審者と間違われそうなので、なかなか気を遣うところです。東洋大前駅周辺で遅いお昼を食べようとしたのですが、洒落た店ばかりで気後れがし、結局、コンビニで弁当を買い、駅前の公園でモダンな駅舎を眺めながら食べました。郷愁を誘う水郷の風景と瀟洒なニュータウンが無理なく併存しているところが、この町の魅力のようです。

文/企画課 新井基之
画/新井紀子

●今回ご紹介したコース