群馬県信用保証協会

砥沢地区・星尾地区の集落

折々の散歩道

山里歩きで鄙びた集落を辿る

南牧村

旧砥沢郵便局

旧砥沢郵便局

 時おり、鄙びた山里の、何の変哲もない道を歩いてみたくなります。その魅力に気づいたのは学生時代のことで、趣味であった山歩きに行く際、自動車を持っていなかったので電車で出掛けることが多かったのですが、駅から歩き始めて山道に辿りつくまでの間に通過する、住宅街や集落の道のほうが、山道よりも心和み、楽しく感じられたのです。当時はまだ山里歩きは一般的でなく、山歩きの一部のように捉えられていましたが、最近ではカントリーウォークという言葉が普及し、コースも整備されてきています。これは喜ばしいことではあるのですが、一抹の不安も漂います。訪れる立場としては、山里の飾らない素顔に触れたいと思っているのですが、ひとたび整備の手が入れば、化粧を施したよそ行きの顔になってしまうからです。しかしこれは勝手な言い分でしょう。受け入れる側がホスピタリティの精神を持つことは当り前なことなのですから。農山村振興の難しさはここにあります。グリーンツーリズムやルーラルツーリズム、エコツーリズムといった言葉に代表されるように、最近では、農村部における観光振興が盛んですが、余り整備されすぎないことと、過度の開発を行わないことを願わずにいられません。

  今回訪れた南牧村のふたつの集落は、グリーンツーリズムといった観点から見た場合、未整備といえる状況なのですが、それ故に、しみじみとした味わい深い山里歩きが堪能できました。主要地方道下仁田・臼田線を車で西へと進み、南牧村役場を通り過ぎ、名勝蝉の渓谷を抜けると、間もなく南牧関所跡が現れるので、その脇に車を停め、歩き始めます。砥沢地区は、南牧川に沿って走る下仁田・臼田線と、橋を渡り砥石採掘跡へと至る道の周辺に広がっており、その地名からも分かるとおり、砥石の生産によって発展し、一時は九斎市もたつほど栄えていました。少なくとも中世末期にはすでに砥石の採掘が行われていて、上野砥の名で知られ、幕府の御用砥「御蔵砥」になるほど品質に優れ、明治時代には全国1、2を争う産出額を誇りましたが、昭和の中頃から生産は激減し、現在は採掘を行っていません。

砥沢のまち並み

砥沢のまち並み

 かつて中山道の脇往還(姫街道)であった下仁田・臼田線を西へと歩を進めると、眼下の河原に砥沢神社があり、その先には、小さいながらも擬西洋風の近代建築である旧砥沢郵便局と、今は使われていない立派な造り酒屋が、道を挟んで建っています。この近辺の建物の多くは、どれもよく似ており、木造2階建てで、2階には縁側(バルコニー)が突き出しています。このような縁側のある構造は「せがい造り」と呼ばれ、養蚕農家の特徴を表しており、砥沢の地が、砥石生産ばかりでなく、南牧村にある他の集落同様に養蚕にも従事していたことが窺えます。中には建て替えした家や、窓をアルミサッシに入れ替えた家もありますが、せがい造りの2階部分は、比較的よく往時の姿を留めています。南牧川にかかる橋を渡った対岸にも、似たような作りの建物が続いています。

 砥沢地区をあとにして、西へと車を走らせます。廃校となった旧尾沢小学校を転用した生涯学習センターに、民俗資料展示室が併設されているので、情報収集のために立ち寄ったのですが、展示品の量の多さと面白さに驚かされました。係員も非常に熱心で、1時間ほどあれこれと説明をしてくれました。どこか歩くのに適した集落がないか係員に尋ねたところ、星尾地区の仲庭集落を紹介してくれたので、センターの近くにあるビア・カフェB.B.の炭入りピザで腹ごしらえしてから、星尾川に沿って車を走らせました。

星尾地区仲庭集落

星尾地区仲庭集落

 高台に建つ吉祥寺の近くにある公民館に車を停め、歩き始めます。仲庭集落は、星尾川が二手に分岐する周辺に広がっています。平坦地が少ないため、木造2階建ての家が、雛壇のように山の斜面に張りついて連なっていて、時おり見える白壁の蔵がアクセントになっています。母屋は、砥沢と同じようにせがい造りとなっています。家々の間を通る細い道を歩くと、立派な石積みの塀が目につきますが、これは、急斜面を平らにならして敷地を確保しているため、土の流出を防止する必要が生じ、築かれたもので、離れた場所から見上げると、石塁のように聳えなかなか壮観です。どこか懐かしく、エキセントリックさを併せ持つ景観の中に身を置いていると、時間と空間の感覚が麻痺してきます。

 建築家原広司氏が著した「集落の教え100」という楽しい本があります。世界中をフィールドワークして集めた集落の美しい写真が100枚掲げられ、1枚ずつにその写真に関連する短い教え(キーフレーズ)と詳細な論考を付するという構成をしています。このキーフレーズをもとに集落を眺めると、色々なことに気づかされるのですが、例えば「地形及びその特異点」と題された48番目の教えは、「地形は、建築や集落にとって、最大の潜在力である。地形の願望を満足するように、建築や集落をつくれ。特に、地形の幾何学的な特異点を活用し、意味づけよ。建築は新しい地形である。」というものです。この教えは、星尾地区仲庭集落の特徴をよく表しています。原広司氏の手掛けた京都駅ビルは、その巨大さゆえに景観論争を巻き起こし、批判の声も多かったのですが、完成後は肯定的な評価が高まってきているようです。「集落の教え100」を読むと、原氏が京都駅ビルに施した数々の仕掛けの裏には、多くの集落を調査・分析した蓄積があることが分かります。

  ……そんなことを考えながら帰路につき、磐戸地区の房月堂でもね饅頭、信濃屋嘉助で嘉助ロールを買って家族の土産にしました。

文/企画課 新井基之
画/新井紀子

●今回ご紹介したコース