群馬県信用保証協会

桐生市本町界隈

折々の散歩道

暮らしの中に近代遺産がとけこむまち並み

桐生市

矢野園

矢野園

  「文化財登録制度」というのをご存知でしょうか。平成8年の文化財保護法改正に伴い創設されたもので、従来からあった「重要文化財指定制度」を補完するものとして、最近注目を浴びている制度です。都市化の進展や生活様式の変化等により近代の建造物が急激に失われつつあることから、これらの建造物を後世に幅広く継承していくために創設されました。登録の基準は、原則として建築後50年を経過しており、かつ「歴史的景観に寄与しているもの」「造形の規範となっているもの」「再現するのが容易でないもの」のいずれかに該当するものとされています。重要なものを厳選し、強い規制と手厚い保護を実施する「重要文化財指定制度」に比べ、規制や保護は緩やかなものになっており、登録後も、所有者は文化財を自由に活用することができ、外観を大きく変えなければ、内部を改装することも可能です。

 平成19年8月1日現在、全国では、6,064件の登録有形文化財建造物がありますが、群馬県はそのうち230件となっています。更に230件(73ヶ所)の内訳を見てみると、桐生市が110件(27ヶ所)と約半数を占めており、他の市町村に比べ群を抜いて多く、中でも本町は36件(8ヶ所)で、近隣の町を合わせればその数は更に増加します。

 さて、今回は、登録有形文化財建造物のみならず、古い商家や工場が数多く残る、桐生市本町周辺を散策してみましょう。本町通り(県道桐生田沼線)を北上し、有鄰館の少し手前の駐車場に車を停め、歩き始めます。整備の行き届いた歩道を進むと、間もなく矢野園(喫茶店・お茶等販売店)の格調ある木造の建物が目に入ります。周囲には、広い敷地に、18世紀半ば以降、醸造業のため随時建設された酒蔵・醤油蔵・味噌蔵などが建ち並んでいます。これらの蔵は矢野商店から市に寄付され、有鄰館と名づけられ、多目的イベントスペースとして活用されています。本町通り沿いにはモロミタンク貯蔵庫として利用されていた大きな煉瓦蔵が威容を誇っています。この日はイベントは開催されていなかったのですが、かつて煉瓦蔵で開催された展覧会を何度か観たことがあり、展示作品が力負けしてしまうほど、内部空間自体が強い存在感を放っていることに感動した覚えがあります。

祭りの準備
祭りの準備

 道幅も広く歩道も整備されていた本町通りは、この辺りから道が狭くなり、道沿いに建ち並ぶ建物も古い木造が多くなり、趣きのあるまち並みが続きます。有鄰館で入手した「桐生本町一・二丁目まち歩きマップ」を片手に歩いたのですが、このマップに載っていなくとも思わず足を止めて見惚れてしまう建物が次々と現れ、歩みは遅々として進みません。この日は桐生祭りの前日で、そこここで祭りの準備をしている人の姿が目につきました。

 やがて正面に広大な社域を有する桐生天満宮の赤い鳥居が見えてきます。参道を進み、天正19年(1591)建築の社殿を眺めてから、北側にある群馬大学工学部に向かいます。ここの見所は工学部同窓記念会館で、大正5年(1916)に竣工した桐生高等染織学校本館の一部と講堂を移設したものです。門を入ってすぐの守衛所で見学の手続きをするのですが、この建物も同じ時期に竣工したものです。記念会館は、延面積987平方メートルと大きく、涼やかな浅緑色にアクセントとして若竹色が加わる外観は、西洋木造建築の黎明期に相応しい瑞々しさと端正さがあります。この日は内部を見学することもできたのですが、広い講堂は、まるで教会のような透きとおった静寂に覆われ、いつしか背筋が伸びてきます。

群馬大学工学部同窓記念会館

群馬大学工学部同窓記念会館

 群大をあとにして、脇道に逸れ、金谷レース工場や旧住善織物工場、旧斎憲テキスタイル工場といったノコギリ屋根の工場群を眺めてから、本町通りに戻り、藤屋本店で冷たいうどんを食べて、夏の日射しでほてったからだを冷ましました。食事のあとは、本町通りに平行して走る東側の裏道を、ときどき現れる細い路地に迷い込みつつ進むと、いつの間にか昭和の風情漂う仲町の飲み屋街に入り込んでいました。とある桐生通から、本町界隈を歩くのならばぜひ仲町まで足を伸ばしたらどうかとアドバイスを受けていたことを思い出しました。白昼の飲み屋街はひと気が少ないのですが、前夜の殷賑の名残が感じられます。飲み屋街を抜けると、瀟洒な桐生倶楽部会館が目に飛び込んできます。企業家の社交場として大正8年に建築された、スパニッシュ・コロニアル様式を取り入れた洋館は、今見ても充分にモダンで、織都桐生の進取の気風と底力を感じさせてくれます。

 本町5丁目交差点から本町通りを向け北進します。この近辺は道が拡幅されたとはいえ、江戸時代から続くうなぎ屋や、その隣に建つ白い蔵など、随所に古い建物が残っています。最後に、有鄰館の近くの大阪屋で、まゆ玉ころころという最中を土産に買いました。

 建築学者鈴木博之氏の著書『現代の建築保存論』の中に、興味深い一節があります。『「登録文化財制度」は、一挙に重要文化財に指定するのではないかたちで、文化遺産の裾野を広げることができる。それは、過去の遺産と日常生活を近づけることを意味する。文化遺産と現代生活が結びついてゆくなかで、われわれの暮らしはゆとりのあるものになるにちがいない。それが、本来の文化的環境というものであろう。経済成長一本やりの都市改造は、地上げの横行する荒廃した都市環境を生んできた。いまこそ、落ち着いた深みのある町の形成と維持にこころすべきであろう。』(「文化財の裾野を広げるために」)

 本町界隈には、暮らしの中に近代遺産がとけこんでいて、ほかの多くのまちが失って久しい文化的環境が、今もなお残り続けています……。

文/企画課 新井基之
画/新井紀子

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