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富岡中心商店街

折々の散歩道

近代産業遺産とともに歩むまち

富岡市

富岡製糸場

富岡製糸場

 平成19年1月30日、「富岡製糸場と絹産業遺産群」が世界遺産の日本国暫定リストに登載され、次いで、平成19年6月27日にはユネスコ世界委員会において世界遺産暫定リストに正式に登載されました。今後、国からユネスコへ推薦文書が提出され、国際記念物遺跡会議(ICOMOS)による現地調査を経て、数年後には世界遺産委員会で最終決定される予定です。これらの絹産業遺産の核となるのが富岡製糸場ですが、今回は、富岡市の中心商店街を訪れ、富岡製糸場とその周辺のまち並みをそぞろ歩くことにしましょう。

  見学者用駐車場(市営宮本町駐車場)に車を停め、近くのまちかど遊YOUプラザで各種観光パンフを入手してから、商店街を5分ほど歩き、富岡製糸場へと向かいます。受付を済ませると、ちょうど解説付見学がスタートするところだったので、参加しました。富岡製糸場は、明治5年(1872)に政府が設置した、日本で最初にして世界最大規模の製糸場であったことは、歴史の授業で習ったとおりですが、1時間ほどの解説付見学では、今まで知らなかった興味深い話をいろいろ聞くことができました。解説付見学は、午前10時から午後4時まで(12時を除く)1時間おきに行われていますが、希望者が増えてくると臨機応変に対応している様子で、この日も平日に拘らずあちこちで解説を聞く集団の姿が見受けられました。暫定リスト登載以降、多い日で1,000人、普段は500人ほどの見学者が訪れているそうですが、「世界遺産」効果の大きさには驚かされます。

  広い敷地内にコの字型に並ぶ、全長140mの操糸場と104mの東西ふたつの繭倉庫の、赤レンガの威容は見応え充分です。富岡製糸場は、約135年の歴史を刻む中で、明治26年の民間払下げ、昭和62年の操業停止、平成17年の富岡市への譲渡などの紆余曲折を経ていますが、その間、大切に活用しつつ維持してきたことに、歴代所有者の、経済合理性を超えた文化的意識の高さを強く感じました。

旧肥留川医院
旧肥留川医院

 富岡製糸場に名残を感じつつ、まちなか散策へと気持ちを切り替えます。まちかど遊YOUプラザで入手したパンフレットによると、まちなかには古い商家や民家などが点在しているとのことなので、見て回ることにします。昭和9年築の旧肥留川医院は、亜麻色の外観が瀟洒な洋風建築で、その先には、屋根の上にかつて消防団が利用していた六角形の展望塔が突き出ている江原時計店があります。篠原邸、櫛渕邸といった古い木造建築や、昭和初期の鉄筋建築であるトミラクを眺め、宮本町商店街をまっすぐ進むと、突き当りに赤い鳥居がまちの景観にアクセントを与えている諏訪神社が見えてきます。国道254号を藤岡方面へと歩を進めると、富岡小学校の敷地内に、昭和8年築、木造2階建ての瀟洒で可憐な佇まいをした富岡市講堂が現れます。

 上信電鉄の上州富岡駅舎は、鉄筋コンクリート造の特徴のない建物ですが、隣に設置されたトイレは、電気機関車をイメージしたデザインで、屋根にはパンタグラフが乗っています。景観上のよしあしはともかくとして、笑いを誘うほのぼのとした建物です。駅前には、大きくて立派な煉瓦造りの建物が目に留まり、道に面して石造りと木造の建物も並んでいます。現在富岡倉庫の所有となっているこれらの建物は、かつては製糸組合甘楽社の乾繭倉庫として使われていました。甘楽社は、明治13年(1880)に創設され、上州南三社のひとつ(ほかは碓氷社、下仁田社)として知られ、本社跡地は現在富岡市役所となっています。煉瓦造りと木造の倉庫は明治43年(1910)、大谷石造りの倉庫は大正14年(1925)に建てられたものです。大正15年(1926)築の甘楽社小幡組倉庫が「富岡製糸場と絹産業遺産群」のひとつとなっていますが、これらの倉庫は同等の歴史的・文化的価値を持っているように思えました。

路地から富岡製糸場の煙突を望む

路地から富岡製糸場の煙突を望む

 富岡市役所の横を通り、木造3階建てで和風旅館のような趣きをもつ神部医院を経て、国道254号を下仁田方面に向かうと、道沿いには、古い土蔵建築である旧吉野呉服店、旧大黒屋、坂本医院など、風格のある建物が点在しています。龍光寺の手前の細い道をふと眺めると、道の真ん中に、富岡製糸場の長い煙突が目に留まりました。煙突に誘われるように歩いていくと、富岡製糸場の北側の塀にぶつかったので、右に折れ塀に沿って東へ向かいます。店先に出ていた理容店の主人から、観光ですか、と声をかけられ、しばらく立ち話をしました。店の外に展示してある、桜の満開時とライトアップ時の富岡製糸場の写真のほか、店の中から積雪時の富岡製糸場の写真まで持ってきて、あれこれ説明してくれたのですが、主人の、まちに対する愛情ともてなしのこころを強く感じました。こうした地元の方の自発的、積極的な好意を受けると、そのまちの印象は俄然よくなります。主人にランチに適した店をいくつか教えてもらい、鳥料理の「伸水」でとり重を食べ、田島屋で「富岡シルクミルクまんじゅう製糸場のある街」を家族の土産に買いました。

  この後は、興味の趣くままに、周辺の商店街や路地を歩き回りました。銀座通り、三丁通りといった典型的な名前や、トンネル横丁という味のある名前の道、そして名もない路地まで、適度なレトロ感が漂うまち並みが続き、のんびり歩くにはちょうど適しています。世界遺産効果が余りに急すぎて、観光客の増加にまちがまだ対応し切れていない部分も感じましたが、その反面、妙にうかれすぎていないところが好ましく、これからも、近代産業遺産の似合う、にぎわいつつも落ち着きのあるまちであってほしいと願っています。

文/企画課 新井基之
画/新井紀子

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