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赤岩地区

折々の散歩道

重伝建の農山村をそぞろ歩く

吾妻郡六合村

赤岩集落

赤岩集落

 先月号で、富岡製糸場を中心とした富岡中心市街地について取り上げましたが、世界遺産暫定リスト登載の効果により、10月に富岡製糸場を訪れた見学者は30万人を突破し、過去最高を記録したそうです。今回は、世界遺産暫定リストに登載された「富岡製糸場と絹産業遺産群」のひとつである、六合村赤岩地区を訪ねることにしましょう。

  六合村の南部にある赤岩地区は、養蚕農家を中心に築50年以上の民家が多く残されており、平成18年7月5日、県内初となる国の「重要伝統的建造物群保存地区(略称:重伝建)」に指定されました。重伝建は、昭和50年の文化財保護法の改正に伴い制度化されたもので、城下町、宿場町、門前町など全国各地に残る歴史的な集落や町並みを文化財として捉え、活用しつつ保存することを目的としています。市町村が定めた「伝統的建造物群保存地区」の中から、特に価値の高いものを国が「重要伝統的建造物群保存地区」に選定します。

  10月末の晴天のある日、六合村へと車を走らせました。国道353号を中之条方面から西へ向かい、JR吾妻線長野原草津口駅の先を右折し、国道292号(白砂渓谷ライン)を北進しました。やがて右側を流れる白砂川の対岸に、山ふところに抱かれるように広がる集落が見えてきます。道沿いに立つ案内板に従って右折し橋を渡り、集落の入口にある直売所に駐車をします。直売所の横には水車小屋が建っていて、どちらも最近できた建物ですが、周囲の環境にうまく溶け込んでいます。直売所で入手した散策マップを参考にしながら歩き始めると、ゆるやかに蛇行して伸びていく道の左右に、木造の農家建築や土壁の蔵が立ち並ぶ様子が目に飛び込んできて、懐かしさに胸が満たされます。かつて、旅愁と郷愁はよく似ている、というようなことを書いたことがありますが、鄙びた農山村に足を運ぶと、そこが自分の故郷というわけではないにも拘らず、「帰ってきた」という思いに捉われるのが不思議です。

赤岩集落遠景
赤岩集落遠景

 農家の母屋はどれもみな大きく、切妻屋根、出桁造りの総二階建で、二階部分はかつて養蚕の作業場として使われていました。広い庭には土蔵や小屋が点在しています。背後には錦秋に彩られた山並みが間近に迫っています。庭の端にひっそりと佇む道祖神。集落の真ん中にある小さな毘沙門堂。秋空に伸びる火の見櫓。……昔ながらの農山村特有のイコンが、次々と現れます。文化3年(1806)に建築され、明治30年(1897)に3階部分が増築された「湯本家住宅」は、赤岩集落の民家としては最も古く、村指定重要文化財となっています。漆喰が施されておらず土がそのままむき出しになった荒壁の土蔵造りの建物は、無骨で質朴な力強さを感じさせてくれます。

  散策マップに「共同浴場」と書かれているのを見つけ、脇道に逸れ、行ってみました。土蔵造りの平屋建で、外観は浴場らしくなく、入口から中を覗き込んでも、浴槽や脱衣所は見当たりません。タイミングよく地元の方がやってきたので、話を聞いたところ、かつては蚕の共同飼育所で、養蚕の衰退後、一時期共同浴場として使われていましたが、最近になり機織りのスペースとして生まれ変わったとのこと。入口の木の引き戸やその上につく裸電球などの風情が味わい深く、この日見た中で最も気に入った建物でした。

  未舗装の急坂を登った高台にある向城の観音堂をお参りしてから、大きな農家の、かつて蚕室として使用していた二階部分を資料室として開放している「かいこの家」で、養蚕用の器具などを鑑賞しました。集落のはずれにある赤岩神社は、鳥居をくぐってから250メートルほど雑木林の中の山道を登ります。ひとつめの社殿の裏手、人が来ることを拒むような崖の上にも、もうひとつ社殿があるのですが、推測したところ、手前の社殿の内部から崖の上に板などを渡してお参りするようです。その推測の正誤のほどはともかく、人を拒むような不便な場所に敢えて神社を設けることに、信仰の深さを感じました。

上の観音堂の石仏

上の観音堂の石仏

  集落と農地の境目の高台にある東堂からは、白砂川の河岸段丘の地形がよく分かります。眼下には、刈り取られ稲木干しをされている藁と、農作業をする年老いた夫婦の姿が目に留まります。しばらくの間集落を離れ、農地の中の道を進むと、やがて日帰り温泉施設である「長英の隠れ湯」が現れます。名前の由来は、明治初めまで医者を務めた湯本家に、幕末の蘭学者高野長英が一時期滞在していたことによります。周囲は公園として整備されていますが、鄙びた農山村の情緒とは相容れないように感じました。裏手の高台には、萱葺屋根の「上の観音堂」が佇んでいます。石段や観音堂の周囲には石仏がぽつりぽつりと立っていて、いずれも古拙の味わいがあり、いつまで眺めていても飽きません。秋の日射しを一身に浴びて、石仏たちはぽかぽかと気持ち良さそうです。直売所に戻ると、庭に天日干しされていた大きなトウガラシの赤が鮮やかだったので、土産に買って帰りました。

 カントリーウォークという言葉をご存知でしょうか。観光名所を訪ねる旅行とも自然の中に分け入る登山とも違い、昔ながらの景観を残す農村を歩き、のどかな風光や風物を楽しむもので、ヨーロッパで始まり、日本でも徐々に定着しつつあります。赤岩地区は、重伝建に指定されていることからも分かるとおり、カントリーウォークに最適ですが、県内にはほかにもカントリーウォークに適した集落がたくさんありますので、赤岩地区が入門地の役割を担い、カントリーウォークの裾野を広げてくれることを願います。

文/企画課 新井基之
画/新井紀子

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