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小幡地区

折々の散歩道

水と緑に彩られた城下町

甘楽郡甘楽町

小幡のまち並み

小幡のまち並み

 この世に存在するすべての言葉は、何らかの意味を持っています。たとえば、ひとつの地名を聞いただけで、私たちはその土地の持つ風土−気候や地勢、景観などを思い浮かべることができます。また、古来より、言葉には言霊が宿るという宗教的な考え方がありますが、確かに、地名にも由来があり、その地に住まう人々の思いが込められているように思えます。

  平安時代には群馬県には14の郡がありましたが(源順「倭名類聚鈔」)、現在は8、そのうち平安時代から使われているのは5(勢多、甘楽、吾妻、利根、邑楽)に過ぎません。時代の流れとともに行政単位や区域が変わり地名が変遷していくのはやむをえないことですが、歴史と風土の宿る地名が消えていくことは寂しさを禁じえません。

  さて、今回は、古代からの名を残す甘楽郡を訪ね、歴史と風土を色濃く感じ取れる甘楽町小幡地区を散策しましょう。まず、甘楽町歴史民俗資料館に駐車をし、資料館の外観を鑑賞します。赤い煉瓦が美しいこの建物は、大正15年(1926)に組合製糸小幡組の繭倉庫として建てられたもので、「富岡製糸場と絹産業遺産群」のひとつとして、平成19年1月30日に世界遺産の日本国暫定リストに登載されました。展示は、近世の小幡藩や近代の養蚕関係の資料を中心に充実していますが、必見なのが三体の円空仏。江戸初期の禅僧円空は、修行のために国内各地を回り、行く先々で木彫仏を作りました。三体はいずれも、不恰好な木の形をそのまま生かし、荒い鑿跡が残る小さな仏様ですが、何の変哲もない木の切れ端にも仏様は宿るのだ、という円空の強い信念が伝わってきます。

甘楽町歴史民俗資料館

甘楽町歴史民俗資料館

 資料館の北側には、南から北へと流れる雄川堰に沿って桜並木が続き、古い商家や農家が軒を連ねています。古い木造の商家には、「こ」「ば」「た」とタイルが埋め込まれ(右から読むと「たばこ」)、「腹調丸」と書かれた看板が掛かり、往時を忍ばせます。堰は石で築かれていて、ところどころに洗い場があり、かつては重要な生活用水として利用されていたことが窺えます。堰沿いの道の途中を東に折れると、小さな山を背にした小幡八幡神社があります。入口にある二体の狛犬は愛らしいのですが、境内は鬱蒼とした大木に覆われ森厳たる気が漲っています。資料館の三体の円空仏は、昭和54年にこの神社で見つかったものですが、朴実とした円空仏にはお似合いの神社です。

 武家屋敷街であった中小路へと向かい、高橋家や松平家の庭園、山田家の喰い違い郭などを眺め、整備中の小幡藩邸楽山園(小幡陣屋、小幡城)に歩を進めます。元和元年(1615)に領主となった織田信長の二男信雄以降、代々の領主によって造られた藩邸と庭園は、その跡をほとんど留めていませんでしたが、現在、発掘・保存整備が進められ、庭園はおおむね完成し、平成24年には建物の復元も完了する予定です。桂離宮に範をとった池泉回遊式庭園は、周囲の山並みを借景として取り込み、築山の上に腰掛茶屋と梅の茶屋が復元されています。梅の茶屋は雨戸が閉まり内部が窺えませんが、秋の夜長に上がりこみ月見でもしたらさぞ心地好いだろうな……そんな空想がつい頭に浮かびます。

楽山園
楽山園

 楽山園を後にし、武家屋敷である松浦家の建物と庭園を眺め、しばらく雄川堰を遡ります。雄川堰は、鏑川の支流である雄川から取水して造られた用水路で、その一部は織田氏入封前から既に造られていました。堰沿いには遊歩道があり、小さく澄んだ水の流れを眺めながら歩くのは気持ちがいいものです。途上、2005年花トピアコンクールで優秀賞を取った広大な周遊型のオープンガーデンがあり、住民のもてなしの心に嬉しくなりました。

  織田宗家七代の墓のある崇福寺を眺め、再び雄川堰沿いの道を進みます。堀沢川と交差する地点では、かつて木製の樋を渡していましたが、頻繁に破損したため、慶応元年(1865)、長さ6メートルの石板をコの字形に組んだ石樋に架け替えられました。この樋は「吹上の石樋」と呼ばれています。更にしばらく南に向かうと現れる雄川からの取水口は、昭和17年に竣工したコンクリート製のダムで、由来を知ると立派な近代化遺産に見えてきます。近くに厳島神社という名の神社があることを地図で知り、名前に惹かれて足を運んでみると、雄川を背に、小さくて素朴な神社がぽつんとありました。散歩の醍醐味は、観光名所というわけではないこんな景観に心を和ませるところにあるように思えてなりません。

  堰沿いの道をしばらく戻り、橋を渡り雄川の対岸を進むと、長厳寺を経て、甘楽総合公園が現れます。公園を横切り、楽山園の隣にある蔵楽家で遅いお昼を食べてから、甘楽ふるさと館へ向かいます。ここは農業体験施設で、かつて親子でそば打ち体験をしたことを思い出しました。館の裏手には、小高い丘陵の紅葉山公園があり、ちょうど紅葉の見頃を迎えていました。紅葉山の麓にある副厳寺を経て、再び雄川沿いの道を進んだのですが、古い農家建築の小さな集落が目に留まり、脇道に逸れて行ってみました。短いながらも趣きのある道を抜け、清水橋を渡ると、甘楽町物産センターがあります。隣接する松井家住宅は、江戸時代中期に建てられた農家建築で、甘楽町小川にあったものを移築復元したものですが、寄棟造の草葺屋根は重厚感があり見応え充分です。最後に再び桜並木のある雄川沿いのまち並みを眺めてから、甘楽町歴史民俗資料館に戻りました。歴史が色濃く溶け込むまちが、数年後の楽山園の復元完成により一層深みを増すことを、心待ちにしています。

文/企画課 新井基之
画/新井紀子

●今回ご紹介したコース