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白井城址と白井宿周辺の道

折々の散歩道

静寂に包まれた歴史散歩

渋川市

豊嶋屋の土蔵

豊嶋屋の土蔵

 一概に旅といってもさまざまなスタイルがありますが、ひとつの切り口として、グループ行動派かひとり旅派か、という分け方があります。本連載はひとりで散策に出かけているのですが(挿絵は写真をイラストレーターに渡し描いてもらっています)、ひとり旅にはひとり旅ならではの良さがあり、ドイツ文学者池内紀氏の著書『ひとり旅は楽し』を読むとそのことがよく分かります。特に共感を覚えるのがこんな一節――「それにしても、ひとり旅は、ほんとうにひとりの旅だろうか。ひとりになると、とたんに想像のなかに、いろんな人がやってこないか。最初の恋人とも、二十年前に死んだ友人とも自由に会える。話ができる。ひとり旅ほど、にぎやかな旅はない。」……確かに、ひとりで散策していると、自分の中に同行者を仮定して、まるで対話をするように、目や耳にした事柄について思惟を巡らせていることがよくあります。特定の相手がいない分、想像の翼を際限なく羽ばたかせることができるわけです。

 さて、今回は、歴史の息吹を今も色濃く残し、思惟を深め想像の翼を広げるのに最適な、白井城址と白井宿を紹介しましょう。渋川市街地方面から、国道17号鯉沢バイパスへ車を走らせ、吾妻川に架かる吾妻新橋を渡ると、間もなく左側に道の駅こもちが現れるので、駐車をします。小雨のぱらつくあいにくの天気だったのですが、道の駅こもちは大勢の人で賑わっていました。ちょうど昼食時だったので、散策前に道の駅内のレストランで腹ごしらえをすることにしましたが、満席で行列ができるほど盛況でした。

 道の駅こもちの北西の端には、白井まちなみ公園として水車小屋や東屋が設置されていて、白井宿の案内図や説明板もあり、これらを眺めてから白井宿の散策へと向かいました。白井宿は、国道17号鯉沢バイパスと並行に短冊状に広がっていて、道の駅こもちの裏手に北入口があります。天気が悪かったせいもあるのでしょうが、人影はほとんどなく、道の駅こもちの賑わいが信じられないほど静まりかえっています。

  白井宿は、15世紀中頃に築かれた白井城の城下町として作られました。1624年の廃城後は、沼田街道の宿場町や地の利を活かした市場町として賑わいましたが、明治時代に清水越往還(現在の国道17号)が開通してからは往来が減り、以来、静かに時を刻み続けてきました。南北に一直線に伸びるまち並みは1キロ弱続き、片側1車線の道の真ん中には小さな川が流れています。この白井堰、かつては排水用の水路で、生活用水は道沿いに点々と掘られた井戸で賄われていました。昭和に入ってからは農業用の灌漑用水路として整備され、近年にはせせらぎ水路として改修が施され、現在は絶えず澄んだ水が流れています。堰に沿って八重桜が植えられていて、花の盛りである四月下旬には白井宿八重桜まつりが開催され大勢の人で賑わいます。私が訪れた五月下旬には、八重桜は青々と茂らせた葉を川面に映し出していました。川沿いの道というのはどこも気持ちのいいものですが、白井堰は水の流れが人に近く、親水空間としての改修も奏功し、格別の風情があります。ところどころに現れる八つのつるべ井戸や、信仰の篤さを思わせる路傍の石塔などが、景観のアクセントとなっています。通り沿いの建物は、幕末と明治31年に大火に遭ったため、往時を偲ばせるほど古いものはほとんど残っていませんが、明治以降に養蚕で栄えたと思われる農家建築をはじめ、現在では余り見かけなくなった懐かしい佇まいの建物を見ることができます。江戸時代から残る数少ない建物としては、二軒並んで建つ豊嶋屋、薬種屋があり、土蔵造りの白壁の建物が連なる様子は、重厚な存在感を放っています。

白井城址

白井城址

 堰の終わる南入口まで歩くと、Uターンをして来た道を戻ります。左手に逸れる脇道を入っていくと、突き当たりに、鬱蒼と茂る樹々に囲まれた神明宮があります。脇道から戻ってしばらく進み、左手に伸びる上り坂が現れるので歩を進めると、やがてこんもりとした高台が姿を現し、階段を登りつめると頂に小さな社があります。ここはかつて白井城の北櫓台だったところで、現在は城山不動尊が祀られています。社の手前の木陰に素朴で愛らしい石仏を見つけました。この辺りはかつての白井城址の一部なのですが、畑の中に人家が点々とあるばかりで、当時を偲ぶよすがは素人目にはほとんど判別できません。農地の中の道をしばらく歩くと、本丸跡に至ります。白井城は、利根川と吾妻川の合流地点に突き出した台地の先端部に、自然の地形を効果的に利用して築かれていました。広い野原を背景に、草に覆われた本丸枡形門の石垣が残り、その上には、まるで城の化身でもあるかのような大樹が聳え、なかなか絵になる風景です。高さ2〜3メートルの土塁に取り囲まれた野原には雑草が生い茂り、近くの畑では淡々と農作業にいそしむ人の姿が見え、雨上がりの曇り空の下、栄枯盛衰という言葉がふと胸をよぎります。

城山不動尊の石仏

城山不動尊の石仏

  城山不動尊まで戻ってから、住宅街の中を進みます。白井城址の北に広がるこの辺りは、武士と職人の住む松原屋敷、吹屋屋敷が形成され、その端には城を護る寺院が配置されていました。地図を片手に歩いていると、城を核にして武家屋敷と町人町(白井宿)が計画的に配されていたことがよく分かります。住宅街を縫うように、玄棟院、愛宕神社、源空寺などを観て回り、坂道を下って白井宿へ戻ります。ここまで来ると北入口はもうすぐです。相変わらず観光客で賑わう道の駅こもちで一休みをして散策の疲れを癒しながら、先ほどまでの静寂に包まれた歴史散歩を振り返り、ごく当たり前のことではあるのですが、私たちもまた栄枯盛衰を繰り返す歴史の一部なのだな、という思いを強くしました。

文/企画課 新井基之
画/新井紀子

●今回ご紹介したコース