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神流川沿いの道

折々の散歩道

神流川沿いの静かな集落を訪ね歩く

上野村

 最近、従来型の観光の観点では捉えきれない「まち歩き」や「農村ハイク」を趣味とする人が増えてきています。私の知り合いにも、行き先を決めずに地方都市や農村部へ向かう電車に乗り、車窓に見えるまち並みに興味を引かれたらそこで下車し、駅周辺をぶらぶら歩き回る、というスタイルの旅を好む人がいます。そこに広がっているのは、どこにでもありそうな商店街や住宅街や集落なのですが、ひとたび視点を変えれば、ほかのどこでもない、そこでしかありえない風景ともいえるわけで、人がひとりひとり違うように、まち並みもひとつひとつ違うものであり、世界にはふたつとして同じ風景は存在しない、という認識を持っていれば、世界は驚きと楽しみに満ちているといえるでしょう。このような従来型の観光の範疇を超えた「まち歩き」や「農村ハイク」への受入態勢は、地方公共団体によってだいぶ差があるようで、推奨ルートや散歩の目安となるようなガイドブックを作成しているところがある一方、従来型の観光名所の紹介だけに留まっているところもあります。ウォーキングブームやルーラル・ツーリズムブーム、昭和ブームなどの視点で見た場合、案外、新たな観光資源は、身近なところに埋もれているのかもしれません。

 さて、今回は、豊かな自然に抱かれた上野村を散策することにしましょう。山間地の農村を歩く場合、歩きたいように歩けば、それがそのまま農村ハイクになるのですから、神流川に沿って歩くという大雑把な見当をつけ、出掛けました。上野村役場前の河川敷の駐車場に車を停め、歩き始めます。11月上旬の青空の下、役場の目の前には神流川が流れ、その先には錦秋に彩られた山並みが迫り、早くも風情のある風景が広がっています。赤く塗られた火の見櫓も見つけたのですが、火の見櫓好きな私としては、「上野タワー」とでも名づけたくなるような雄姿に見えます。役場の近くには、しだれ桜で知られる吉祥寺があり、周辺には古い農家が固まり、陽を浴びててらてらと輝く柿の実が多く目につきます。神流川に架かる橋を対岸に渡ると、川沿いの道の両側に乙母の集落が広がっています。歴史を有する今井家旅館や、土蔵のある家などを眺めながら進むと、歩いていたのでなければ見落としてしまいそうなほどさりげなく、宇佐八幡宮が現れます。社殿の脇には石仏などが固まって置かれて、どれも皆苔むしていて閑雅な風情があります。

乙母のまち並み

乙母のまち並み

  乙母の集落が終わると、人家が途切れ、しばらくは山並みを縫うように走る川沿いの静かな道が続きます。立派な橋脚で支えられた、頭上を走る国道299号を潜り抜け、崖状になった川岸から清流に向かって枝を伸ばした木々が紅葉し、川面を錦色に染めている様子を、ところどころ立ち止まって眺めながら進んでいると、突然、背後の崖に設置されている、土砂災害防止のために張られた金属ネットが激しく揺すぶられ、ブハッ、バァバァという動物の鼻息が聞こえてきました。身の危険を感じた私は、自分でも信じられないほどの猛スピードで走り出し、300メートルほど進んだところで振り返ったのですが、幸いなことに追ってくるものの姿はありません。姿は見えなかったので、何の動物か分かりませんが、山間部の取材では最近は鈴をバッグにつけるようにしているにも拘らず、鈴では追い払うことのできない動物がいることを知り、肝を冷やしました。

神流川の紅葉

神流川の紅葉

 299号と交差して再び川沿いの静かな道を進みます。乙父の集落に入ると、ここでも、懐かしい農家建築を見ることができます。この日ふたつめとなる火の見櫓や、庚申塔なども見つけ、飽きることがありません。細くて急な石段があり、登ってみると、鄙びた風情の乙父神社がありました。県指定重要無形民俗文化財に指定されている「神流川のお川瀬神事」という昔からの行事が今なお残されていることが、案内板に書かれていました。乙父の集落が途切れると、299号に一旦合流しますが、すぐに川沿いの道へと再び分かれます。上野中学校の周辺は中越集落で、昭和60年の日航機墜落事故の「慰霊の園」があり、「昇魂之碑」の前で手を合わせてきました。すぐ近くには、県指定天然記念物のしだれ桜で知られる中正寺があり、樹齢400年、樹高25.2メートルの桜の偉容は、花も葉もない枝だけの姿でも見応えがあります。中正寺と川を挟み向かい合うように、国指定重要文化財の旧黒澤家住宅があります。上野村近辺はかつて江戸幕府の天領で、黒澤家は代々大総代を務め、現存する建物は18世紀中頃に建築されました。板葺の上に石を載せた屋根など、往時の庄屋建築の粋を見ることができます。

 再び人家のない静かな道を進みます。清流と紅葉が美しいハーモニーを奏でている様子を眺めながら、砥根平まで歩き、散策を切り上げることにしました。バスの発着場があったので、帰路は役場前までバスで帰ることにし、食堂「谷間」で遅いお昼を食べました。すぐ近くで民宿も営む老夫婦が切り盛りしている店で、客は私ひとりだったのですが、とてもフレンドリーに接してくれ、まるで親戚の家に遊びに行ったかのような気分になりました。すいとんを食べながらあれこれ話をしたのですが、散策途中で遭遇した鼻息の荒い動物について尋ねたところ、猪ではないかとのこと。ほかにも近辺には色々な野生動物がいて、最近は特に猿が目につくとのことでした。また、かつて近くの川原でたくさん採れたという亀甲石と呼ばれる石も見せて貰いました。更に、お爺さんから役場まで車で送るとの申し出を受け、固辞したものの、最終的には好意に甘えさせていただきました。84歳のお爺さんの元気な様子、そして夫婦の仲睦まじい様子には、感銘を深く覚え、いい人に出会うと、その場所の印象はぐっとよくなるものだと、つくづく思いました。

文/企画課 新井基之

●今回ご紹介したコース