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榛東村

 わが日本は、全国津々浦々、どこに行っても美術館や博物館、資料館などの施設を必ず見かけます。都道府県や市区町村はたいてい公立の施設を構えていますし、収集家の情熱が伝わる私立の美術館や資料館も至るところにあります。中には、思いもかけないものをテーマにした個性的な施設もありますが、今回紹介する榛東村の「榛東村耳飾り館」もそのひとつ。平成4年のオープン直後に初めて足を運んだのですが、耳飾り、つまりイヤリングについてほとんど知識を持っていなかった私にとって、この資料館の展示内容には大きなインパクトを受けました。今回はこの「榛東村耳飾り館」から散策をスタートすることとしましょう。

 3月上旬の薄曇りの日に出かけました。榛東ふるさと公園の広い駐車場に車を停め、すぐ隣にある「榛東村耳飾り館」に入館します。既に何度か訪れているので、初めて見た時のインパクトは薄れてきているのですが、それでも不思議な思いにとらわれずにはいられません。この館のコレクションは、平成元年から2年にかけて発掘調査が行われた茅野遺跡からの出土品をもとに形成されています。茅野遺跡は、縄文時代後・晩期の住居や墓、作業場などの痕跡とともに、577点の土製の耳飾りやさまざまな道具類が出土し、遺跡そのものは国指定史跡に、出土した資料は国指定重要文化財となっています。榛東村耳飾り館は、あらゆる国々、あらゆる時代の耳飾りを展示していますが、中心となる茅野遺跡出土の土製耳飾りはやはり見応えがあります。現在の耳飾りは、耳たぶにリングを通しぶらさげる形態のものがほとんどですが、ここに展示されている耳飾りは、耳たぶに大きな穴を開け、そこにクッキーのような平べったい円盤状のものを嵌め込むというものです。耳飾りの直径は数センチから、中には10センチ近いものまであり、これを装着する耳たぶの、穴の大きさと重さに思いをいたすと、自分の耳たぶがもぞもぞとおかしな気分になってきます。この耳飾りを装着した等身大の人形は必見なのですが、耳飾りの持つ宗教的な意義と、ファッションとしての美の概念について、いろいろと考えさせられるものがあります。肉体改造を厭わない最近の若者の風潮にはつい嘆きたくなりますが、私たちの先人が持つ奇抜で奇想な感性の前には、そんな老婆心は微塵となって吹き飛んでしまいます。未見の方はぜひ足を運ばれることをお勧めします。

 館を出て、農地と住宅が混在するのどかな道を北へと進みます。「茅野公園」という案内板を目印に右折し、大きな店構えの卯三郎こけしを通り過ぎると、再び案内板が現れるので、左折して北に向かいます。茅野公園は、前述の茅野遺跡を活用し公園にしたもので、広大な広場には、ゲートボールを楽しむ方々の姿が目に留まります。北東の角にある遺跡の跡地には、往時を思わせるものは何もなく、平坦な地面が茫洋と広がっています。榛東村耳飾り館に、出土資料を基にここでの暮らしの様子を再現したパノラマ模型が展示されていたので、その模型の様子を頭の中に思い浮かべてみたところ、まるで蜃気楼のようにかすかにではあるのですが、縄文の風景が眼前に立ち現れたように感じました。周囲をぐるりと見回してみると、榛名山と赤城山、どちらの山並みも等しく美しく眺めることができ、風光明媚なこの地を住処に選んだ縄文人に、親しみを覚えました。

茅野遺跡

茅野遺跡

 再び静かな道を歩き続けます。周囲には、改築が進んでいるものの、古い農家建築や土蔵がちらほらと目につきます。花粉症予防のマスクをつけて歩いていたので、少し息苦しかったのですが、路傍に咲く、オオイヌノフグリやホトケノザの小さな可憐な花や、ふいに現れる道祖神が、やさしく慰藉してくれます。やがて左手に大宮神社が現れます。欽明3年(541)創建と伝えられる古い神社で、社殿は大正10年に再建されたものですが、泰然とした風格が漂っています。ちょうどこの辺りの地下深くには、上越新幹線の榛名トンネルが通っているはずなのですが、目の前に広がる風景の余りののどかさに、うまくイメージがつながりません。県道26号(高崎・安中・渋川線)に出ると、すぐに村指定文化財の百々万遍供養塔が現れます。さり気なく佇んでいるので見落としそうですが、さらによく目を凝らさないと見落としそうなのが、すぐ横に広がるフキノトウ畑。ほんの狭い一角なのですが、黒一色の地面から、浅緑色の小さくてころころした薹が萌え出ている様子は、なんとも愛嬌があります。

大宮神社

大宮神社

 車の往来が激しく、余り面白みのない県道26号をしばらく南に下ってから、榛東村役場を右に折れ、県道153号を東に進みます。村指定文化財「柳沢寺縁起二巻」を寺宝に持つ柳沢寺を眺めてから、北へと向かうと、やがて常将神社が現れます。常将神社は、前述の柳沢寺縁起の主人公千葉常将を祭神とし、元録14年(1701)に遷座しました。現在の社殿は昭和25年に建築されたもので、背後には鎮守の森が控えています。ここからは再び、古い農家建築や農地が混在する静かな道を進み、榛東ふるさと公園に戻ってきました。近くにある「吉祥」という店で、遅いお昼を食べたのですが、期間限定の春天丼セットは、ウドやフキノトウ、タラの芽などの山菜のほか、舞茸や海老などのテンプラも乗り、春の恵みを感じさせる逸品でした。歩道橋を活用したローラー滑り台やミニ鉄道が人気を博している榛東ふるさと公園は、これまで幾度となく子供たちを連れて訪れたことがあるのですが、今日は一人の散策だったので、足早に園内を横切って、車に向かいました。縄文の風を一身に受けた、刺激的な歴史散策の一日でした。

文/企画課 新井基之

●今回ご紹介したコース