群馬県信用保証協会

羽根尾宿と長野原中心地

折々の散歩道

山間ののどかなまち並みと鉄路の旅

長野原町

 テレビドラマなどの影響もあり、「鉄ちゃん」「鉄子」という言葉を時折耳にするようになりました。「鉄ちゃん」は男性の鉄道ファンのことで、「鉄子」はその女性版を意味します。鉄道を趣味とする人たちの歴史は長く、その内容も多岐にわたっていますが、今では広く認知されていることが、親しみある呼称からも伝わってきます。鉄道ファンの中でも、乗車することに重点を置く人を「乗り鉄」というそうですが、興味の深さはさまざまだとしても、そもそも列車に乗ることを嫌いな人などいないのではないでしょうか。群馬県にも旅情を誘う味わい深いローカル線がたくさんありますが、吾妻線もそのひとつ。今回は、吾妻線を使った散歩プランを立て、長野原町を訪れることにしました。

 4月下旬の晴天の日に散策に向かいました。国道353号を渋川から中之条へ、そして国道145号を中之条から長野原へ車を走らせると、車窓には常に、吾妻線の線路と吾妻川の清流が映っています。長野原町の中心地を通り過ぎ、羽根尾駅へと向かいます。今回のルートは、羽根尾駅から二駅分渋川方面へと戻る形で145号沿いを歩き、長野原草津口駅から吾妻線に乗り羽根尾駅まで戻ってくるというものです。羽根尾駅前の広場に車を停め、歩き始めます。羽根尾駅は昭和46年開業の比較的新しい無人駅で、駅舎らしい駅舎はなく、トンネル状の入口から階段を上がるとホームに出られるようになっています。駅前にある交差点は、全国でも珍しい国道3起点(144号・145号・146号)の地として知られ、長野原町による案内板が立っています。周囲は江戸時代、草津街道の羽根尾宿として賑わったところで、まっすぐに伸びる145号沿いの集落では、往時の隆盛を偲ばせる蔵や商家風の建物を目にすることができます。集落の外れには、大正14年に運用開始した東京電力の羽根尾水力発電所があり、銀色に輝く太い水圧鉄管が吾妻川へ向けて2本走っています。すぐ隣には、杉林に囲まれた羽根尾神社が、静かに時を刻んで佇んでいます。境内に一体、愛らしい石仏を見つけました。立膝の上についた肘に、更に頬杖をつき、なんともリラックスした姿をしています。この格好のまま、果たしてどれほど長い間、行きかう旅人たちの様子を眺め続けてきたことでしょう。鄙びた石仏を眺めながら、本当は私のほうこそ石仏に眺められているのかも知れないな……そんな思いにとらわれました。

 145号を更に進むと、草津温泉へと向かう国道292号と分岐する大津交差点に至ります。交差点の脇にある小さな階段を登りつめると、高台に大津神社があります。「寄進参道階段百段」「寄進ダイヤモンド婚記念石段に手摺り取付け」などと書かれた石碑が微笑みを誘い、この神社が地元の方々に大切にされていることが伝わってきます。「大津のひいらぎ」と書かれた案内板を見つけ、145号から逸れて細い道に入りこみます。民家の裏手のいささか分かりづらい場所にあって、少し迷った末に見つけることができました。ひいらぎ(柊)は、晩秋に香りの強い白い小さな花を咲かせ、6月頃に暗紫色の実をつけます。固くてトゲ状のギザギサのある葉から、邪気を払う木とされてきました。町指定天然記念物である「大津のひいらぎ」は、樹高8メートル、胸高周2.3メートル、推定樹齢200年以上で、ひいらぎとしては大きなもので、なかなか見応えがあり、開花期に再訪してモクセイに似た甘い芳香に包まれてみたいと思いました。

天狗岩からの眺め

天狗岩からの眺め

 群馬大津駅を眼下に見ながら145号を進み、大津駅前交差点を過ぎると、間もなく長野原中心地へ入ります。ここから先の散策ルートは、国土交通省八ッ場ダム工事事務所発行の「やんば散策マップ」に丁寧に紹介されているので、参考にしました。貯水池の真上に立つ弁財天を眺めてから、少し先の民家の横の細い脇道へ、案内板に従って歩を進め、天狗岩神社を目指します。2分ほど山道を進むと、大きな岩の上に建つ神社が現れます。岩の上は先端まで歩いていくことができ、網が張られているものの、急峻に左右が切れ落ちる高度感はかなりのものです。その恐怖感に打ち勝って岩の先端に立てば、山に囲まれて箱庭のように家々が連なるまち並みを一望することができます。山道を下り145号から見上げると、迫力のある大きな岩がまちを守護するように聳えています。間もなく現れる長野原町役場は、瀟洒なデザインの庁舎がふたつ並んで建っていますが、そのうち木造2階建てのほうは昭和4年竣工と古く、長野原町の「顔」になりうる端正で気品ある姿をしており、近代化遺産として有効利用されることを期待します。

長野原町役場

長野原町役場

 役場の隣にある雲林寺と参道にあるさまざまな由来を持つ石仏を眺めてから、役場の向かいにあるグリーン食堂に入りました。時間が遅かったため客は私だけだったのですが、カツ丼を注文したところ、最初にゆで卵がサービスで出され、漬物は山盛り、そして食後には冷たいミルクが出てくるなど、篤いもてなしの心に嬉しくなりました。腹ごしらえの後は本格的な山歩きです。小さな橋で吾妻線を超え、瑠璃光薬師堂の脇から山道に入り、汗をかきつつひたすら登り続けると、20分ほどで長野原城址が現れます。長野原城は尾根沿いに700メートルに渡って広がっていた山城で、戦国時代にこの地にあったことが分かっていますが、築城や廃城の経緯は不明です。遺構の少なさに栄枯盛衰の思いを強くします。「鎮守の森」の風情のある長野原諏訪神社に足を運び、椀貸伝説の伝わる木造の小さな橋「琴橋」の上から吾妻川の流れを眺めてから、長野原草津口駅に向かいました。本数の少ない電車をしばらく駅舎で待つことになったのですが、この無為の時間もときにはいいものです。たった二駅ながらのどかな鉄路の旅を楽しみ、羽根尾駅で降りました。

文/企画課 新井基之

●今回ご紹介したコース