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箕輪城址と矢原宿周辺の道

折々の散歩道

城下町の風情を残すまち

高崎市

 前月号で、鉄ちゃんと鉄子(鉄道ファン)のことを書きましたが、最近、都内唯一の都電である荒川線に乗りたくなり、出かけてきました。高崎線尾久駅で下車し、荒川線の荒川車庫前駅まで7分ほど歩き、鬼子母神前駅まで乗って鬼子母神や雑司ヶ谷界隈を散策してきたのですが、驚いたのが、荒川車庫前駅の隣にある「都電おもいで広場」に、大勢の人だかりがあったことです。何ごとかと興味を持って近づくと、古い車両の特別公開が行われていたのでした。カメラを構えた男性数百人が、熱い視線を向けながら車輌を取り巻いているさまはなかなかの圧巻だったのですが、女性の姿はほとんど見当たりません。鉄子の興味はきっと車輌ではなく、「乗り鉄」(乗って楽しむファン)が多いのでしょう。かくいう私も、昭和の情緒を味わいに都電荒川線を乗りに行ったのですから、立派な「乗り鉄」といえそうです。

 鉄子とともに、最近よく目にするのは「歴女(れきじょ)」という言葉。最近は歴史ブームと言われていますが、従来男性ばかりだった歴史ファンの中に、ドラマや映画、ゲーム等をきっかけに歴史好きとなった女性が急増しているのです。また、歴史ブームの流れの中で、「城巡り」もひそかなブームになっているそうです。そこで、今回は、県内有数の城址である箕輪城に足を運んでみることにしましょう。

 6月上旬の晴天の日に出かけました。箕輪城の搦手口入口の手前にある駐車場に車を停め、歩き始めます。アプローチには花が植えられ、近くの小川では蛍の保護育成に取り組んでいるなど、周囲の住民のもてなしの心と熱意が伝わってきます。急坂を登りきると二の丸跡に到着します。駐車場として整備され、休憩に適した東屋も設置されています。樹々の間からまち並みを一望することができますが、眺望の良さというのは、城が立地する上で大切な条件のひとつです。箕輪城は、白川河岸段丘上に位置する丘城で、国指定史跡であるほか、日本城郭協会の「日本百名城」に選定されています。歴史を振り返ると、1500年頃、周辺を治めていた長野業尚氏によって築かれ、長野氏が四代に亘って城主を務めましたが、永禄9年(1566)に武田信玄によって落城され、以来、何人かの城主を経て、慶長3年(1598)、井伊直政が城主の際、高崎城に移城し、廃城となりました。残念ながら建物は現存していませんが、石垣や土塁、自然の地形を生かした大規模な空堀などを見ることができます。広大な城址には散策路や案内板が整備され、ハイキング気分で楽しむことができます。この日は、二組みの老人グループのほか、「城巡り」ファンと思われる二人組みの若者の姿を目にしました。

箕輪城址からの眺め

箕輪城址からの眺め

 搦手口入口まで戻り城址から出ると、駐車場の周辺には、古い木造建築の民家を幾つか見ることができます。南へ下ると、農神である諏訪神社がさりげなく佇み、境内では愛らしい双体の道祖神を見つけました。主要地方道26号(高崎安中渋川線)に出て南に下り、間もなく左に逸れ、落ち着いた雰囲気の貴美庵でおきりこみを食べました。昼食後は再び主要地方道26号を南へしばらく進み、箕輪小学校の前を左に折れると、矢原宿に入ります。矢原宿は、箕輪城の城下町として栄えたところで、道の両側には古い木造建築や土蔵などが多く残されており、往時の姿を垣間見ることができます。主要地方道6号(前橋箕郷線)を横切り、さらに南に向かうと、右側に東向八幡宮が現れます。東向八幡宮は、長野尚業により箕輪城の総鎮守として文明6年(1474)に創建され、箕輪城の廃城とともに荒廃していましたが、当地の領主で、難病を患っていた、阿房国勝山藩主酒井安芸守隼人公の病気を平癒したことで、酒井公により、元禄5年(1692)に本殿が造営されました。正面に見える拝殿は昭和62年造営の新しいものですが、裏側に回ると、精緻な彫刻が施された風格のある本殿を見ることができます。

矢原宿のまち並み

矢原宿のまち並み

 かつての箕郷町役場であった高崎市役所箕郷支所に隣接して、下田邸書院があります。酒井公白川陣屋の代官下田氏の居宅で、元禄時代に建築されました。数奇屋風の平屋造、板葺の建物は、端正で美しく、「忠臣蔵」で名高い赤穂浪士堀部安兵衛の作と伝承される庭園とともに、日本的美意識の素晴らしさを実感させてくれます。この書院と庭園は県重要文化財に指定されています。地図を眺めていると、下田邸の近くに、ふたつの白山神社が載っていたので、行ってみました。南西にある白山神社は、民家の脇の細い道の奥にある、とても小さな神社でした。もうひとつの白山神社は、下田邸の西方向、樹木の鬱蒼と茂る、昼なお暗い細い坂道を下った先にあったのですが、境内は明るく清浄な気に満ちていました。坂道を戻り、下田邸の西を南北に伸びる道を、北へと向かいます。時おり農地の混在する、静かで明るい住宅街が広がっています。家々の庭に咲き誇る花を眺めながら歩を進め、妙福寺に立ち寄り、寺の北を左に折れ、坂道を下ると、箕郷中央公園が現れます。この公園は、敷地が広く、遊具が充実しているので、子供を連れてよく遊びに来るのですが、駄菓子屋の風情が漂う売店を気に入っています。ジュースを買って、一休みしてから、公園の西側の道を、榛名白川に沿うように北へと向かいます。細長い公園の北端まで来ると、箕輪小学校を目指して東へ進み、放課後を迎え元気よく校庭で遊ぶ子供たちの歓声を背に、地元の人が整備した小さな自然公園「蛍峰園」、そして眺望のよい法峰寺を眺め、観音様口入口から再び箕輪城址の散策路を経て、駐車場まで戻りました。城下町の豊かな歴史を折々に感じ取れる道でした。

文/企画課 新井基之

●今回ご紹介したコース