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三原地区の道

折々の散歩道

こころのふるさとのようなまち

嬬恋村

 芥川賞作家、南木佳士さんは、昭和26年、嬬恋村で生まれ、中学2年で父の転勤により東京へ転居するまで、嬬恋村で育ちました。現在は佐久総合病院に勤務し、医師と作家という二足の草鞋を履きこなしていますが、その道程は決して平坦なものではありませんでした。四歳のときに母を病気で亡くし、母方の祖母に育てられ、幼少期の生活は決して楽ではなかったことや、芥川賞受賞の翌年から、パニック障害、次いでうつ病を発症し、長らく闘病生活を続けたことなどが、私小説的色彩の濃い小説や自らについて語られた随筆から、知ることができます。南木さんの病気は、カンボジア難民救済治療団や末期癌患者の治療に携わる中で、多くの人の死と向い合ってきたことが原因であると、自ら述べていますが、そのような背景を踏まえた上で、南木さんの文章に触れると、人が生きて死んでいくことに対する、祈りにも似た優しい眼差しに満ちていることに、強く胸を打たれます。1995年に発刊され、2002年に映画化された小説『阿弥陀堂だより』は、自らの闘病体験をもとに書かれたもので、心の病に罹った女医が、作家である夫とともに、都会から夫の故郷の山里へと移住し、そこでの生活を通じて、次第に癒されていく様子が描かれています。小説の舞台は信州に設定されていますが、実際にモチーフとされた阿弥陀堂が、嬬恋村三原地区の、南木さんの生家近くに実在しています。

 さて、今回は、嬬恋村三原地区の静かなまち並みを、自然と歴史と文学の息吹に触れながら歩くことにしましょう。6月下旬の梅雨の晴れ間に、国道144号を車で西へと向かいました。JR吾妻線万座鹿沢口前の信号を右に折れ、三原大橋で吾妻川を渡り、川沿いにある嬬恋会館の駐車場に車を停め、歩き始めます。三原地区は、役場こそないものの、嬬恋村の商業や文教の中心地で、吾妻川の河岸段丘に事務所や住宅が寄り集まっています。嬬恋会館前に流れる吾妻川は、下流とは表情が異なり川幅が狭く、広々とした河原は草に覆われています。表通りである長野街道(国道144号)へ出て、幼稚園や保育所、中学校、高校などを左右に見ながら、三原交差点まで進みます。ここはなかなか面白い交差点で、太い道だけで三叉路、細い道も数えれば六叉路になっています。道端の目立つ場所に味のある佇まいをした火の見櫓が建っていて、火の見櫓の好きな私は、さっそく「三原タワー」と勝手に命名しました。

三原交差点の火の見櫓

三原交差点の火の見櫓

 三原交差点から、県道59号を進みはじめると、すぐに「横浜開港仲居屋重兵衛之生家」と書かれた案内板が現れるので、それに従い細い階段を登っていくと、木造2階建ての古い大きな建物が現れます。仲居(屋)重兵衛は文政3年(1820)に生まれ、江戸に出て和薬や絹の小売、火薬の製造等で財をなし、幕末の横浜開港に際して間口30間(54.6メートル)もの大店舗を構え、上州絹の輸出で成功を収めました。重兵衛の生家は火事で焼けてしまい、現在の建物は重兵衛の死後7年経過した1868年に竣工したもので、入口には「仲居屋旅館」と書かれていますが、現在は営業しておらず、無住のようです。前述の阿弥陀堂はすぐ近くにあります。県道59号に面した三原多目的集会所の脇にある細い道を進むと、農地と墓地が広がる緩斜面が現れ、その先の山裾に貼りつくように、赤い屋根の小さな建物がありました。手前にはたくさんの石仏が並び、さりげないのですが、明るく平穏な、心癒される風景です。南木さんの生家も近くにありますが、ここでの紹介は控えておきます。作品を丹念に読み込むファンならば分かることでしょう。

 路傍の道祖神や庚申塔などを眺めながら県道59号を行くと、左に折れる道の奥に茅葺、土壁の小さな建物が見えました。近づいてみると、まるで茶室のような閑雅な佇まいをしていますが、老朽化が激しく、その裏にも、骨組みだけになった木造の建物がありました。どうやらここも阿弥陀堂だったようです。この細い道を進むと、目指している三原神社に着けるようですが、山道をひとりで歩くことに怖気をなして引き返し、県道59号から万座ハイウェーへと続く自動車道を通り、三原神社に向かいました。周囲には時おり嬬恋村名産のキャベツ畑が現れます。三原神社は、鬱蒼とした木々に覆われた山の中にあるのですが、不思議な明るさが漂っているのは、ここが高原地帯だからかもしれません。

三原神社

三原神社

 三原神社から同じ道を戻り、県道59号と国道144号の間を走る細い道を進みます。木造、土壁の古い建築がそこここに残されており、ルーラル・ツーリズムの醍醐味が堪能できます。この道は三原交差点の六叉路のひとつで、交差点に近づくにつれて、建物が密集し、商店が現れます。交差点の近くにある三原屋食堂で遅いお昼を食べました。地元住民に愛されていることが分かる、気取りがなくて雰囲気のいい食堂です。食事を済ませてから、食堂の横の細い道に歩を進めてみました。静かな住宅地が広がっています。腰の曲がった小さなおばあちゃんが、ゆっくりと歩いています。あてずっぽうに歩いていると、またおばあちゃんに会いました。同じおばあちゃんなのかどうかよく分かりません。しばらく歩くとまたおばあちゃんが。そんな経験が何度か続き、我ながら可笑しくなってきました。小学校の近くにまるで高級旅館のような木造の豪邸があったので、通りかかったおばあちゃんに尋ねると、地元の医者が建てたもので、今は亡くなり別の人が住んでいるとのこと。そのあと、おばあちゃんの昔話に花が咲いて、しばらく道端で楽しいひと時を過ごしました。

文/企画課 新井基之

●今回ご紹介したコース