群馬県信用保証協会

布施地区の道

折々の散歩道

今なお残る無垢で純朴な農村風景

みなかみ町

 本連載のタイトルには「散歩」という言葉を使っていますが、散歩の定義は「運動や気晴らしのため、気楽に歩き回ること」(講談社「日本語大辞典」)、「あてもなく歩くこと」(岩波書店「広辞苑」)とされています。同じようなことを意味する言葉としては、「運動」のほうに力点を置くと、昨今はやりの「ウォーキング」があります。また、「気晴らし」や「あてもなく」のほうに力点を置けば、「散策」「遊歩」「漫歩」「逍遥」などがあります。それぞれ言葉によって微妙にニュアンスが違いますが、本連載では「散歩」のほか「散策」という言葉を好んで使っています。「遊歩」はあまり見かけない言葉ですが、2002年には、読売新聞により、日本各地から歩くのに適した道が百ヶ所選定され、「遊歩百選」と名づけられました。群馬県からは六合村の野反湖が選ばれていますが、たった一ヶ所というのは何とも寂しい結果です。本連載からも分かるように、群馬県内には遊歩(散歩)に適した魅力的な道がまだまだたくさんあります。本連載で紹介した散歩道は今回で40となりますが、リストアップしてある候補の道はほかに60以上ありますので、「ぐんま遊歩百選」を作ることも充分に可能だと考えています。

 さて、今回も、リストアップしている個人的な「ぐんま遊歩百選」候補の中から、ひとつ紹介しましょう。それは、古いまち並みの残る、みなかみ町役場新治支所(旧新治村役場)周辺の布施地区。沼田方面から国道17号(三国街道)を北へと車を走らせます。三国街道は、古くから越後へと抜ける街道として多くの旅人が往来してきました。旧新治村に入ると、道沿いには、見応えのある大きな農家建築が点在していて、火の見櫓もさっそくふたつほど目にとまり、車で通りすぎるのはもったいないような道です。「布施」の信号で国道17号から離れ左に曲がり、少し進むと、みなかみ町役場新治支所が現れるので、そこに駐車をして、歩き始めます。9月上旬なのに残暑はどこへやら、長袖を着ていても薄ら寒いほどの曇天です。支所の南にある道を進むと、右手には林が迫り、左手には田んぼの中に住宅が点在しています。うっすらと黄色味を帯び始めた稲が端然と立ち並ぶ田んぼの中に、いっぽんの畦道が走り、その向こうの須川川に人がひとり歩けるだけの細い橋が架かっているのが目に留まりました。川の先は樹々に覆われていて、眺望はありません。道というには余りにも心もとない道であり、橋というには余りにも心もとない橋です。余談になりますが、生き方や考え方には常に幾つもの選択肢がありますが、原則として王道をまっすぐに進むのが正しいあり方といえるでしょう。しかし、こと散歩となると、太い道よりも細い道、まっすぐな道よりも曲がった道を選択していくほうが、思いがけない展開が待ちうけ、楽しさがぐんと増します。冒頭に書いたとおり、散歩とはいえ、運動のためにする「ウォーキング」ならば、太くてまっすぐな道を行くのが適していますが、ぶらぶら歩く「遊歩」であれば、細くて曲がった道を行くことこそが要諦なのです。――というわけで、迷うことなく畦道を進み、わくわくしながら幅60センチほどの細い橋を渡ると、樹々の向こうには似たような農村風景が広がり、すぐ横には、八坂神社がひっそりと佇んでいました。期待どおりの風景に満足し、畦道を戻り、再び先へ進みます。

箕輪地区の土蔵

箕輪地区の土蔵

 降り出した雨の中、フード付パーカを頭からすっぽりかぶり、人家が途絶えた静かな道をしばらく行くと、突然、集落が現れました。まるでタイムトンネルを潜り抜けたのではないかと錯覚するほど、目の前のいえ並みは、古くて懐かしい日本の農村集落そのものです。箕輪という字のこの集落には、明治期を中心に建築された農家の母屋や土蔵が、今も当時とほとんど変わらないままの姿で多く残されています。母屋は木造三階建てが多く、養蚕が盛んだったことを忍ばせる櫓(蚕のために風通しをよくする天窓)があります。付随する蔵の多くはむき出しの茶色い土壁で、ときおり白壁もあります。屋根は黒い瓦のほか、赤いトタンも多く目につきます。集落の中を歩きながら、無垢で純朴な景観に、不思議な切なさと感動が胸に押し寄せてきたのですが、それをひとことで言えば「郷愁」ということになるでしょう。ルーラル・ツーリズムについて語るときに常にまつわる問題ですが、この素晴らしい景観が、観光化しつつも俗化せずにいられる方法はないものか、部外者ながらつい考えてしまいます。

箕輪の集落

箕輪の集落

 後ろ髪を引かれつつ先に進みます。須川川に架かる箕輪橋を渡ると、右側に名もない小さな社(やしろ)が現れ、愛らしい石仏が佇んでいました。しばらくすると別の集落が現れました。先ほどの箕輪ほどではないですが、やはり懐かしい風情の味わい深い集落です。この集落を抜けると、再び周囲を樹々に覆われた静かな道が続き、やがて先ほど細い橋を渡ったところで見た八坂神社が現れました。橋を渡らずまっすぐに進み、細い水路や田んぼに佇む案山子などに目を留めながら、国道17号に出て、「すえひろ」でお昼を食べ、雨で冷えたからだを温めました。ときおり小雨がぱらつく中、国道17号をしばらく進むと、道沿いには古い農家建築が建ち並んでいて、そぼ降る雨がしっとりとした情感を添えています。白狐沢に架かる白狐橋は、特徴のない橋ですが、物語性のある名前にあれこれと空想が広がります。左に折れ、名もない小さな神社や、白狐沢の小さな橋を通り過ぎたところで、火の見櫓を発見しました。車窓からふたつ見つけていたものの、散策中にはなかなか巡り会えなかったので、火の見櫓好きの私としてはやっと溜飲が下り、例のごとく勝手に「布施タワー」と命名したところで、みなかみ町役場新治支所に着きました。

文/企画課 新井基之

●今回ご紹介したコース