群馬県信用保証協会

下仁田中心商店街

折々の散歩道

歴史の宿る趣き深いまち並みを歩く

下仁田町

 旅行に出かけると、よく商店街を歩き回ります。特に東京は、至るところに商店街が広がっていて、いずれも活気があり、商店街ならではの楽しさを味わうことができます。モダンで瀟洒なまち並みも東京散策の醍醐味ではあるのですが、個人的には下町の風情の残る商店街を徘徊するほうがなんといっても楽しくて、この1年ほどでも、台東区の御徒町、佐竹通り商店街、谷中銀座、よみせ通り、荒川区の熊野前商店街、小台本銀座、北区の梶原銀座などに足を運びました。そして、活気ある東京の商店街を歩くたびに、地方の商店街の衰退ぶりに思いが至り、いささか寂しい気持ちになります。東京と地方の商店街の違いは、果たしてどこにあるのでしょうか。単に人口密度や商圏人口の差ばかりではありません。むしろ、自家用車の所有率が大きく作用しているようです。東京の商店街へは、ほとんどの人が徒歩か自転車で買い物に訪れます。車で混雑する道路を走り郊外型大型店へ行くよりも、そのほうが合理的ですし、そもそもスペースや維持費用等の関係から、自家用車を所有していない世帯も多いのです。一方、地方では、中心商店街へ出かけるよりも、車で郊外型大型店へ乗りつけるほうが、よっぽど合理的なのです。昔ながらの庶民的で活気のある商店街に触れたければ、東京などの大都市に行くのが一番、というのは、なんだか奇妙な気がしないでもないですが、我が国の都市計画に関する考え方が大きく転換しない限り、このような傾向は今後も続くことでしょう。

 さて、今回は、群馬県内でも、味わいのある商店街が比較的よい状態で残っている下仁田町を訪れ、中心商店街の周辺を散策することにしましょう。国道254号を富岡方面から西へ車を走らせると、下仁田ネギやこんにゃくの売店が道沿いに現れ、この地が下仁田であることを実感させてくれます。下仁田町役場を通り過ぎ、下仁田の信号を左に折れ、文化ホールの駐車場に車を停め、南へ向かって歩き始めます。周囲には、古い建物が軒を連ね、商店街としての長い歴史を感じさせてくれます。中でも見事なのは、こんにゃく製造・販売業の「まるへい」で、格調ある白壁の店舗は、明治後期から大正期に建てられた商家建築で、敷地内に建つ他の建造物とともに、登録有形文化財に指定されています。他にも、昔懐かしい看板建築の店舗をはじめ、多くの商店が昭和中期の佇まいそのままに営業を続けており、一帯のまち並みは、あたかも昭和レトロ建築のテーマパークのようです。

下仁田のまち並み

下仁田のまち並み

 しばらく南へ向かって歩くと、やがて鏑川が現れます。ここは南牧川との合流地点にあたり、鏑川に掛かる牧口橋、南牧川に掛かる新合之瀬橋を渡ると、ふたつの公園が現れます。高台にある吉崎公園へは、急な階段を登り詰めます。戦国時代における小幡三河守貞政による鷹の巣城の跡地であることからも分かるように、眺望に優れ、下仁田中心商店街を一望することができます。もうひとつの青岩公園は、なかなか風変わりなところで、鏑川の河原にむき出しになった大きな石畳を、公園に仕立ててあります。この石畳は、青みがかった緑色をしており、緑色片岩に分類される三波川結晶片岩と名付けられ、白亜紀初期(1億4千万年前)の地殻の大変動の記録を今に伝えています。このほかにも、下仁田町は地質研究の宝庫として知られ、それらの内容を紹介する大きなプレートが近くに立っています。住宅街の中の道を東へ進み、栗山川に掛かる合之瀬橋を渡り、案内板に従って脇道へ逸れると、農地の中の高台に、鄙びた風情の吉崎天満宮が現れます。そこからはしばらく農地の中に住宅が点在する静かな道が続き、鏑川に掛かる東部大橋を渡り、上信電鉄の南側の道を、線路に沿って西へと進みます。やがて、下仁田駅が近づき、2両編成の可愛らしい電車が2台停まっているのが見えてきます。うち1台は、群馬サファリパークの宣伝のため、白と黒のシマウマ柄にペイントされています。下仁田駅は、上信電鉄の終着駅で、明治30年(1897)の開通時の駅舎が今も使われていて、外観を眺めたり、待合所に佇んだりしていると、のどかな旅情がひたひたと胸を満たします。近くには、世界遺産登録を目指す「富岡製糸場と絹産業遺産群」のひとつ(旧上野鉄道関連施設)、大正10年と大正15年に繭・生糸保管用として作られた風格ある2棟のレンガ倉庫が建っています。

下仁田中央通り

下仁田中央通り

 お昼時になったので、食事をするところを探します。下仁田の中心商店街は、おいしいお店がたくさんあり、迷うところですが、きよしやのカツ丼は以前食べたことがあるので、今回は、大正11年創業の老舗の洋食屋日昇軒でランチを食べました。正統派の洋食の味に満足して、今度は、中心商店街を散策することにします。日昇軒のある中央通りは、駅前から西にまっすぐ伸びているのですが、車1台がやっと通り抜けられる程度の道幅で、その狭さゆえに、とても親密感が漂っています。「横丁」という言葉が似合うものの、そう呼ぶにしては距離が長く、ほかの商店街では味わったことのない、個性的で不思議な通りです。ドアに「撞球場」と書かれ窓に色ガラスの嵌め込まれた、洒落た佇まいのレトロな建物がありましたが、廃業して久しいようです。中央通りをのんびりとそぞろ歩くと、やがて諏訪神社に行き当たります。樹齢600年のケヤキの巨木が聳え、拝殿と本殿の欄干彫刻も見ごたえがあります。このあとは、縦横に走る商店街の中の道を気ままに歩き回り、途中、「紙屋」という面白い名前の和菓子屋を見つけ、立ち寄りました。中心市街地周辺は、古くから、中山道脇往還(信州姫街道)が南牧谷方面と西牧谷方面へと分岐する要地で、江戸期には商品の集散地として、明治以降は中小坂鉄山、青倉石灰等の輸送拠点として栄えてきましたが、そんな歴史の蓄積を感じることのできる、趣き深いまちでした。

文/企画課 新井基之

●今回ご紹介したコース