群馬県信用保証協会

下室田・中室田の道

折々の散歩道

梅の香かおる山里を歩く

高崎市

 寒い冬が峠を越し、少しずつ春が近づいてくる時期というのは心躍るもので、庭先でホトケノザやイヌノフグリを見つけることが、春の訪れを実感できる一種の指標になっています。その後ほどなくして、梅の花がほころびはじめると、春の気配は一段と濃くなります。古くから日本人に愛されてきた梅は、「好文木(こうぶんぼく)」や「木花(このはな)」など多くの別名を授けられていますが、「春告草(はるつげぐさ)」もそのひとつ。松尾芭蕉の高弟で蕉門十哲のひとりである服部嵐雪に「梅一輪いちりんほどの暖かさ」という句がありますが、春が訪れつつある喜びがひしひしと伝わってきて、江戸時代も現代も、人間の心のありようはそう変わらないものだな、と思わせられます。群馬県を代表する農作物はいろいろありますが、中でも梅は、和歌山に次いで全国で2位の生産量を誇っており、安中市の秋間地区や、高崎市の箕郷地区(旧箕郷町)、榛名地区(旧榛名町)では、開花期の2月から3月にかけて梅祭りが開催され、大勢の人で賑わいます。屋台や売店で買い食いしながら梅林の中を散策するのは、とても楽しいものです。

 さて、今回は、高崎市の下室田・中室田地区を訪れ、山里をのんびりと逍遥しましょう。3月上旬の薄曇りの日に出かけました。旧榛名町に入ると、車窓から梅林が見られるようになります。高崎市榛名支所(旧榛名町役場)に駐車をして、歩き始めます。支所の目の前には大森神社があり、朱色に塗られた鳥居や拝殿が鮮やかです。最近架け替えされた滑川の大森橋を渡り、家電小売店や書店、個人医院などが並ぶ商店街を進みます。商店街が途切れるとやがて長年寺が現れます。長年寺は、今から五百年ほど前に鷹留城主長野業尚により開山され、境内には城主長野氏7代の五輪塔(墓)が建っています。苔むした五輪塔が建ち並ぶさまは、凛然とした戦国武将の姿を彷彿させます。長年寺の裏手の丘陵地にある鷹留城址を目指し、墓地の中を抜け、住宅街を下室田小学校のほうへ向かいます。小学校の北側の道を通り過ぎると、次第に人家が少なくなり、周辺は農地となり、やがて道は未舗装となります。どうやら道に迷ったようですが、周囲の風景の美しさに、陶然としてしまいました。丘陵地の緩やかな谷あいに開かれた農地には、まん中に畔道が続き、遠く近くに白や桃色の花をつけた梅林が点在し、フキノトウなどがちらほらと芽吹いています。昔話の世界のようでもあり、「桃源郷」のようでもあります。中国六朝時代の詩人陶淵明による『桃花源記』で描かれた桃源郷の物語は、とある漁師が山中で見つけた桃林の中の洞穴を抜けると、その先に美しい農村が広がっていて、その後多くの人々がその村を目指したものの、誰も辿り着けなかった、というものです。そんなことを思いながら夢見心地で畔道を歩きましたが、やがて道は途絶え、引き返すことにしました。小学校まで戻り、今度は別の道を進んだのですが、また梅林が現れました。標高が上がるにつれ展望が開け、匂い立つ梅林越しに、眼下に下室田のまち並みを眺めることができます。梅林の手入れをしている農家の方がいたので、この道は鷹留城址に行くか尋ねたところ、細くなるけれど続いているということでした。ひと安心したものの、歩むにつれ道は次第に細く、けもの道のようになったのですが、行く手を遮る笹藪を掻き分けながらずんずん進むと、未舗装ながら明瞭な道に出ました。俳句の刻まれた石碑が立ち並び、いしぶみの道と名づけられています。句碑を見ながら歩を進めると、薄暗い杉林の中に、「鷹留城大手口跡」と書かれた案内板が現れました。鷹留城は、長年寺と同じ頃に築城され、南北430メートル、東西300メートルに及ぶ典型的な並郭式山城で、永禄9年(1566)箕輪城とともに武田信玄勢により陥落しました。遺構は多く残っているようなのですが、案内板が余り整備されていないのが残念です。ルートと案内板の整備を期待します。弧を描くように山を下ると、再び梅林や農地が現れ、まもなく金毘羅神社に到着します。「松山城跡」との案内板が立っているのですが、細かい記述はなく、後ほど調べたものの、武州松山城の支城としているものや箕輪城の支城と書かれたものがあり、由来は明確に分かりませんでした。

梅の咲く丘

梅の咲く丘

医王寺跡のクスノキ

医王寺跡のクスノキ

 昼食をとることにして榛名支所の近辺まで戻り、丸晴というそば屋でカレーうどんを食べ温まりました。食事のあとは北西に向かいます。大山祇神社や上野22番札所岩井観音堂などを眺めながら進むと、やがて巨木が見えてきます。医王寺跡のクスノキです。樹齢200年、樹高25メートル、幹の太さ5メートルで、常緑広葉樹であるため青々とした葉を茂らせ、道の向かいにある火の見櫓と見応えのあるコントラストを見せています。田んぼや梅林の中の農道を「中室田の道祖神」へ向かいます。宝暦7年(1757)信州高遠の石工の作と伝えられるこの双体道祖神は、「キッス道祖神」の愛称でも知られるとおり、思わず笑みがこぼれるような愛らしい姿をしています。国道406号を目指し南に下ります。道の右手には、山並みを背に田んぼが延々と広がっており、畔道が縦横に走る様子は美しい抽象画のようです。406号に出て少し西に向かうと、左に逸れる細い道が現れます。降りきったところには滝不動尊堂があり、すぐ横を烏川が流れています。406号を引き返し、東へ進みます。交通量が多いのですが歩道がないので、歩くには注意が必要です。道の左右には梅の木が多く目につき、寄り道したり脇道に逸れたりしながら歩を進めます。車を停めた榛名支所の近くまで戻り、榛名高校の北にある、最近かりんとうまんじゅうで話題のおおみやに行ったのですが、残念ながら休業だったので、おかだでお土産を買って帰路に着きました。梅の香かおる麗らかな山里を堪能した一日でした。

文/企画課 新井基之

●今回ご紹介したコース