群馬県信用保証協会

藤岡市中心商店街

折々の散歩道

歴史の豊かさを感じ取れるまち並み

藤岡市

 前橋市民にとって、この夏はいささか寂しいものになります。イトーヨーカドー、サティといった大型商業施設が相次いで閉店するからですが、どちらも前橋市民に長く親しまれていただけに、残念でなりません。大型商業施設の閉店は前橋のみならず、これまでも県内各地で発生していますが、多くの場合、他の業者が後を引き継ぎ営業が続けられていますので、前橋においても、早いうちに後継業者が現れることを願わずにいられません。ところで、今回の前橋の事例が特徴的なのは、どちらも中心商店街に位置する施設ではないという点です。日本各地で中心商店街の衰退が問題視されて久しいですが、その大きな要因は、モータリゼーションの進展と郊外型大型店の進出にあるとされてきました。しかし、今回の前橋における事例は、郊外型大型店が、より郊外にありより規模の大きい郊外型大型店によって淘汰されているわけで、都市のドーナツ化、スプロール化問題が新たな段階に入っていることを感じさせます。このような現象を、矢作弘氏は2005年の著書『大型店とまちづくり』の中で「焼畑商業」と名づけています。また、身近な商店が消えていくことで不便を被る人々を、杉田聡氏は2008年の『買物難民―もうひとつの高齢者問題』の中で「買物難民」と名づけています。具体的な解決策は色々と提言されていますが、基本となるのは、業者、行政、消費者の三者がいずれも地域経済の維持発展を図るという意識を持つ、ということにつきるでしょう。三者が各々目先の利益を追い求めた結果、このような事態が引き起こされたわけですので、これからは、長期的な視点に立った判断と行動を、私たち一人ひとりが心掛けることが必要です。

 さて、今回は、藤岡市の中心商店街を散策することにしましょう。中央公園の北にある藤岡公民館に車を停め、歩き始めます。中央公園に隣接した藤岡市民ホールの庭には、和算の大家として知られる関孝和の石碑が立っています。西に向かってしばらく歩くと、県道23号にぶつかるので右折して、南へと進みます。古い商店が点在していますが、残念ながら閉店している店舗も多く目につきます。いささか寂しくはあるのですが、「金鳥」や「キンチョール」などの懐かしい看板を見つけるなど、昭和レトロの味わいを随所に感じ取ることができます。やがて広大な境内を持つ諏訪神社が現れます。境内には3つの古墳があり、そのうちのひとつ諏訪古墳の墳頂部に諏訪神社の社殿があります。3対ある狛犬のうち1対はなかなか精悍な表情をしており、見応えがあります。

 しばらく車道を南へ進むと、右側に国指定史跡の本郷埴輪窯址が現れます。昭和18、19年の発掘調査で2基の窯址が発見されましたが、うち1基を上屋で保護し、見学できるようにしてあります。窯址からは人物、馬、家、太刀などの埴輪が出土していますが、近辺には古墳が多数存在し、この窯が古墳文化において重要な役割を担っていたことが窺えます。更に南に歩を進めると、土師神社が現れます。祭神は、土師臣の祖で埴輪を創案した野見宿禰です。この近辺は、日本初の漢和辞書『倭名類聚抄』に記載された「土師郷」に比定され、埴輪や土器を製作した職能集団「土師部」が住んでいました。広い境内には、「土師の辻」と呼ばれる相撲の土俵があります。野見宿禰は相撲の祖でもあることから作られたもので、江戸時代には幕内力士の勧進相撲が奉納されていました。杉木立の中、草に覆われた土俵の前で佇んでいると、かつての勧進相撲の様子が目に浮かんできます。

土師神社(土師の辻)

土師神社(土師の辻)

 来た道を戻り、国道254号を左折して西へ進み、次いで県道40号を北へ向かい、中心市街地へと歩を進めます。チェーン店と個人商店が混在するまち並みを眺めながら中央公園の脇を通り過ぎ、「七丁目」の信号を右折し、中央通り商店街を進みます。ゆったりとした歩道に、街路樹のハナミズキと街路灯に付けられたフラッグが彩りを添えています。この商店街はモダンに整備されていますが、丹念に見ると、古い蔵などが大切に残されています。東端にあるポケットパークの古い里程標を眺め、中央通り商店街を抜けると、その先は途端に昭和テイストの濃いまち並みに変わるのですが、このギャップもまち歩きの醍醐味といえるでしょう。味わいのあるまち並みをきょろきょろ眺めながら群馬藤岡駅のある北へ進むと、典型的な駅前食堂の店構えをした福富士食堂を見つけたので、お昼にしました。満腹になったところで駅へと向かいます。群馬藤岡駅は、1931年開業当時の駅舎を改装しながら現在も使用しており、随所に懐かしさが宿っています。駅から西へと延びる道を進むと、やがて大きな木造2階建ての建物が見えてきます。南側に回って全景を鑑賞します。和風の瓦屋根と洋風のレンガ壁が不思議な調和を見せている重厚感のあるこの建物は、1938年築の旧多野会館で、現在は多野藤岡農協の事務所として使われています。写真映えのするヴィジュアルは、中心商店街で一、二を争う名建築といえるでしょう。

多野藤岡農業協同組合本店(旧多野会館)

多野藤岡農業協同組合本店(旧多野会館)

 藤岡商工会議所を経て更に進むと、天正18年(1590)からの由来のある宮本町子育地蔵尊を祀る地蔵堂が佇んでいます。隣接して富士浅間神社の境内が広がり、石積みの高台の上に社殿が建っています。細い道を挟んだ西側には、遊具の設置された公園があり、その奥に、八坂神社が建っています。古い商店建築が多く残るまち並みをのんびりと歩き、再びモダンな中央通り商店街を抜け、先ほどとは逆に南側へ進むと、柏屋旅館が現れます。柏屋旅館は、300年前ほど前に絹宿(絹の仲介業)を始め、200年ほど前に旅籠に転じた老舗旅館で、現在は敷地内の明治時代に建てられた蔵を活用してうなぎ店も営んでいます。蔵の再生活用で藤岡市都市景観賞を受賞したことからも分かるとおり、ここも市を代表する名建築といえます。積み重なる歴史の豊かさを随所で感じ取れる散策に満足しながら、車を停めた藤岡公民館まで戻りました。

文/企画課 新井基之

●今回ご紹介したコース