群馬県信用保証協会

東吾妻中心商店街周辺の道

折々の散歩道

歴史の宿る味わい深いまち並み

東吾妻町

 比較文学者四方田犬彦氏に『摩滅の賦』という魅力的な本があります。明晰な知性と膨大な知識、そして詩的な感性にも恵まれている著者の真骨頂が発揮された名著です。海岸の貝殻や石臼、砥石、信者らに撫でられる像(イコン)など、さまざまな磨滅するものについて考察と随想を巡らせているのですが、「口の中のドロップ」や「人生」さえも磨滅するものととらえる感性には、瞠目させられます。考えてみれば、世の中のすべてのものは、生まれた時から磨滅に向かって進んでいくのでしょうし、人間が本能的に持っている永遠なるものに対する希求は、磨滅することへの恐れの裏返しにほかなりません。……そんなことを考えていたら、寺山修司氏の遺稿『懐かしのわが家』の有名な一節がふと浮かんできました。「昭和十年十二月十日に/ぼくは不完全な死体として生まれ/何十年かかかって/完全な死体となるのである」――自らの人生さえも虚構化しようと目論んだ氏らしい修辞とも言えますが、青年時代に病気で死の淵をさまよった経験が、このような思いを抱かせていたのかもしれません。死が究極の磨滅だとしたら、老いることは進行形の磨滅ということになります。からだの衰えは確かに肉体の磨滅といえそうですが、では、人としての柄が「角がとれて丸くなる」のも、心が磨滅していくからかというと、そうではないでしょう。生物の磨滅は「実り」や「熟し」を経て「老い」や「枯れ」へ向かいますが、肉体よりも心の磨滅のほうが自らの努力で防ぎやすく、実り続け、熟し続けることもできるように思います。では、本連載の主要テーマである「建築とまち並み」はどうでしょうか。建築もまち並みも、ひたすらに磨滅していくのではなく、実りや熟しを迎えることで、建築としての柄、まちとしての柄が増していくのです。そして、住民が大切に手を入れ続けることで、実り続け、熟し続けることもできるのです。スクラップアンドビルドは短期的に経済を潤すため肯定されがちですが、文化や観光といった面で考えた場合、実りや熟しを維持するリノベーションをうまく組み合わせれば、長期的には大きな経済効果を生むことを、私たちはもっと自覚すべきかも知れません。

 さて今回は、そんな実りや熟しを維持する建物が多く残る、東吾妻中心商店街を散策することにしましょう。東吾妻町役場に駐車をして、歩き始めます。さっそく大きな赤い鳥居がそびえているのが目に飛び込んできます。大鳥居をくぐると周囲に民家の建ち並ぶ道が100メートルほど続き、その先に八坂神社の社殿が佇んでいます。こぢんまりとした神社ですが、毎年4月21日にはこの神社を中心に「原町安市祭」が開かれ、多くの露店が並びます。県道35号を横切り、群馬原町駅へと向かいます。駅前通りは東側にアーケードがあり、昭和中期のテイストが漂っています。駅舎は平成18年に建て直されており、昭和20年竣工の旧駅舎は郷愁を誘う佇まいだったことを覚えているのですが、新駅舎も周囲の景観に配慮した落ち着いたデザインで好ましく感じます。

吾妻教会旧教会堂

吾妻教会旧教会堂

 県道35号を東へと進みます。原町は古くから六斎市が開かれるなど、旧吾妻町の中心地として繁栄し、35号沿いに商店街が形成されました。国道145号の開通により交通の流れが変わり、現在は郊外型大型店の建ち並ぶ145号に劣勢を強いられていますが、歴史の蓄積を感じさせる商店街は今も健在です。一軒一軒の造作をつぶさに見ているだけでも楽しくて、きょろきょろしたり凝視したりで一向に歩が進まない私の姿は、不審者に見えたかもしれません。さまざまな時代の建物が混在しているのですが、中でも、橋爪商店、金星酒造、吾妻教会旧教会堂(大正5年築)は、歴史ある味わい深い姿をしています。商店街の端まで来て、お昼時となったので、駅前のアーケードまで引き返し、かんら食堂でカツ丼を食べました。典型的な駅前食堂の雰囲気が懐かしく、おばあちゃんがひとりで切り盛りしている様子に感心し、お客さんがひけるのを待って話しかけました。アーケードを外す話があること、自分の代で食堂をやめるつもりのこと、若いお客さんが戸惑っていると145号沿いのレストランを紹介してあげること……。このような「昭和遺産」がやがて消えてしまうことに寂しさを感じましたが、おばあちゃんの明るい笑顔に励まされました。

原町の大ケヤキ

原町の大ケヤキ

 食後は、35号と吾妻線の間を走る細い道を東に進み、顕徳寺に立ち寄ってから35号に出て、国の天然記念物「原町の大ケヤキ」を眺めました。一国一城令により廃城となった岩櫃城の城下町を元和2年(1616)原町に移転する際、この大ケヤキ(槻の木)を町の鬼門塞ぎと見立て、起点としたそうです。満身創痍で鉄の棒で支えられながらも青々と葉を茂らせている様子は、杖を突く古老のような威厳に満ちています。県道58号を道なりに進み145号を超え、細い道を県道234号に向かうと、稲荷神社が現れます。小高い場所にある境内には心地よい風が吹きぬけ、晴天の真夏日で疲れたからだをしばし休ませました。神社の奥は12世紀末に築城された稲荷城址で、案内板は未整備ですが、立派な石積みなどから、往時の趨勢を垣間見ることができます。234号を南に進み、明治6年に県内で3番目に開校した原町小学校の向かいにある大宮巌鼓神社に立ち寄り、145号沿いに立ち並ぶ大型店を背後から眺めながら、細い道を南西に進みます。温泉センターやコンベンションホールなどで構成される岩櫃ふれあいの郷は、再建された岩櫃城かと思うような立派な姿をしていますが、どこかキッチュさも漂います。善導寺は、岩櫃城主吾妻太郎によって開基された由緒ある寺です。更に南西に進むと応永12年(1405)に築城された岩櫃城址に至る岩櫃山登山口があるのですが、そこまで行くと時間的にも体力的にも無理そうなので、小さな川を越えたところで吾妻線を渡り、35号の古いまち並みを眺めながら、東吾妻町役場まで戻りました。

文/企画課 新井基之

●今回ご紹介したコース