群馬県信用保証協会

秋畑那須地区の集落

折々の散歩道

山ふところに抱かれた蕎麦の里

甘楽町

 前月号で群馬県立近代美術館の展覧会「もうひとつの場所−野又穣のランドスケープ」について触れましたが、同美術館で、平成22年9月10日から11月3日にかけて「建築家白井晟一 精神と空間」という展覧会が開かれました。白井氏は、明治38年京都で生まれ、京都造形学校図案科を卒業後、ベルリン大学哲学科で学び、昭和10年に帰国してから建築家としてのキャリアをスタートしました。個人住宅から公共建築、商業ビルに至るまで幅広く手掛けましたが、建築界の主流であるモダニズムと一線を画し、哲学的で深い精神性を感じさせる建築を作り続け、昭和58年に逝去しました。代表作としては、親和銀行東京支店(昭和43年)、渋谷区立松濤美術館(昭和55年)等があり、戦時中に疎開していた縁で、秋田県にはたくさんの建築を残しています。

 我が群馬県にも、白井氏はふたつの建築を残しています。ひとつは、安中市の旧松井田町役場で、昭和31年の竣工当時は「畑の中のパルテノン」と称されましたが、現在は、松井田町文化財資料室として保存・公開されています(本連載の平成19年7月号「中山道松井田宿」参照)。もうひとつの建築は、前橋市の煥乎堂旧店舗(昭和29年)で、創業以来県民の知の文化的支柱であり続ける老舗書店の顔として、長いこと親しまれてきました。新店舗に新築移転後、平成17年に取り壊されてしまいましたが、前橋市立美術館として活用する等、一時は保存に向けた意見が出されていただけに、とても残念に思った覚えがあります。現在も残っていれば、地域の精神的支柱、文化遺産、観光資源として末長く輝き続けたことでしょう。貴重な作品を解体しておきながら、展覧会で白井氏を顕彰する……群馬県民として、とても複雑な思いで展覧会を鑑賞しました。著名な建築家の建築に限らず、美しい建築やまち並み、景観の維持・保存は、短期的な費用対効果ではなく、長期的な視点に立って価値を見出す姿勢がないと、決してできません。この展覧会が、そのような姿勢を私たち県民に根づかせる契機になることを願わずにいられません。

 さて、今回は、甘楽町秋畑那須地区を訪れ、蕎麦の花に彩られた山里を散策し、昔ながらの農山村風景を堪能しましょう。観光地として名を馳せる甘楽町小幡から、主要地方道46号(富岡神流線)を雄川に沿うように車で南進すると、秋畑の中心集落が現れます。そこからさらに山を分け入るように車を走らせると、山あいの斜面に貼りつくように家々や農地が広がる集落が見えてきます。集落の一番下にあるちいじがき蕎麦の館・那須庵に車を停め、歩き始めます。那須庵は、過疎化・高齢化対策として行っている「ちいじがき蕎麦の里」活動の一環として作られ、蕎麦屋のほか蕎麦打ち体験ができる「打ってんべえ家」が併設されています。土日祝日のみの営業で、残念ながら私が訪れた日は休みでした。目の前には雄川の清流が横たわっており、川遊びを楽しむこともできます。

 坂道を登り始めると、間もなく人家が現れます。防風林や石垣などを活用し、傾斜地に工夫して家を建てていることが分かります。自然石を丁寧に積み上げた石垣は、家の敷地ばかりでなく畑にも使われています。平坦地を確保するにあたり、土が流出するのを石垣で止めているわけですが、地元では「ちいじがき(小さな石垣)」と呼ばれ、那須集落特有の個性的な景観を形成しています。風雨にさらされ自然の風合いを帯びた石垣には、道祖神や馬頭観音をはめ込んでいたり、石と石の隙間に草花を植えているものがあったり、傾斜地に暮らす人たちの工夫と努力のあとが見てとれ、石垣が生活の中に溶け込んでいることが分かります。

そば畑

そば畑

 集落の中を気ままに歩き回ります。あてずっぽうに歩いていれば、蕎麦畑に出会うだろうと思っていたのですが、コンニャク畑が多く、ときおり見かける蕎麦畑は小さく、「蕎麦の里」と納得できるほどの畑にはなかなか巡り合えず、農作業に出かける途中の老夫婦に尋ねました。教えてもらった「蕎麦づくりオーナー制度」の大きな畑は、集落の一番上のほうにあり、入口には、新しいながらも農村風景にマッチした休憩所が建っています。10月上旬に足を運んだのですが、蕎麦の花はちょうど見頃を迎えていて、畑の中に立って周囲を見回してみると、区画ごとにオーナーの名が書かれたプレートが立っています。楚々とした小さな白い花々の印象は、蕎麦を食べたときの触感やのど越しの淡麗さと、どこか似ていて、ちょうどお昼時を迎えていたこともあり、急にお腹が空いてきました。休憩所の縁側に座り、蕎麦畑を眺めながら、コンビニで買ったざる蕎麦とおにぎりを食べたのですが、虚しさは禁じ得ません。今度は那須庵が開いているときに来たいと切に思いました。

 坂を下り、再び集落の中を歩き回ります。ふいに立派な湧水池が現れました。「古代名水那須与一の渡井戸」と刻まれた石の案内板が立っています。那須という地名からして那須与一と何らかの関係があったのかもしれませんが、いろいろ調べてみたものの、はっきりしたことは分かりませんでした。すぐ近くには稲含神社があります。神楽が奉納される例大祭で有名な、稲含山の山頂近くの神社と同名ですが、こちらは畑と林の狭間にぽつんと立つ小さな神社です。「ちいじがき」や農家建築をきょろきょろと眺めながら集落を下っていくと、青磁色をした大きな木造建築が現れます。平成16年3月に閉校となった秋畑小学校那須分校で、建物の入口には「産経国際書会研修館」と書かれています。築年は不明ですが、とても味のある美しい佇まいをしていて、保存状態もよく、今にも校舎から子供たちが駈け出してきそうな錯覚に陥ります。ルーラルツーリズムにおいては常に受入体制が課題となりますが、この旧分校を体験型宿泊施設等として交流拠点とし、散策ルートを整備すれば効果的ではないかと思いました。山ふところに抱かれた「ちいじがき」の家々を見上げながら、那須まで戻りました。

産経国際書会研修館(旧秋畑小学校那須分校)

産経国際書会研修館(旧秋畑小学校那須分校)

文/企画課 新井基之

●今回ご紹介したコース