群馬県信用保証協会

伊香保温泉

折々の散歩道

歴史の宿る癒しの温泉街

渋川市

 『見知らぬ町の見知らぬ住まい』という本を読みました。建築家、研究者や一般の人など計100人が「世界各地の民家、文学の中の住まい、町で評判の住まい、住む人自らの手づくりの住まい、自身の住まいの遍歴記など」についての短い文章を、写真やイラストとともに寄せたものです。どんな家に住むか、ということは、どのように生きるか、ということと重なることですので、見知らぬ住まいについて知ることは、見知らぬ生き方について知ることでもあります。最近の住宅は、テクノロジーの進歩により、ますます高性能化、高気密化しており、私たちの暮らしも日増しに快適になってきています。しかし、それが生きやすさにつながっているかというと、必ずしもそうではなく、社会に閉塞感が広がっているのは、皆さんもお分かりのとおりです。住宅の整備状況は、病気や貧困と相関的な関係があるのでしょうが、アフリカや東南アジアの、自然の素材だけで作られた家で、シンプルに暮らす少数民族の様子を紹介する写真と文章を読んでいると、彼らは、私たちと同じくらいに、あるいは私たち以上に幸せなのではないかと思えてきます。

 印象的な写真がありました。たくさんの柱を建ててバナナの葉を被せただけの、いわば雨宿りの軒先のような家に、家族7人が並んで座り、脱力し切ったやさしい眼差しでこちらを眺めています。上田健氏が紹介するこの人々は、タイ北部の山岳地帯に住む狩猟民族ムラブリ族で、家を持たず、森の中を移動しながら、簡単な小屋で雨風をしのいで暮らしています。森の豊かさをちょうどいい塩梅に利用しつつ、一日の大半をぼんやり座ってすごすという生き方は、果たして貧しいのか、豊かなのか、つい考えてしまいますが、写真の中の無垢な表情を見ていると、そのような問いなど彼らにとって意味のないことだと思えてきます。この本が刊行されたのは1991年であり、現在20年ほど経過していますが、文明化の波は彼らにも押し寄せ、10年ほど前からタイ政府の指導により定住化が図られ、農耕や観光で生計を立てるようになりました。独特な生活習慣を持った狩猟民族が消えゆくことは、残念な気がしますが、彼らが得た新しい住まいもまた「見知らぬ町の見知らぬ住まい」であることには変わりません。

旧ハワイ公使別邸

旧ハワイ公使別邸

 かつてのムラブリ族のように一日中ぼんやりしていることは、現代の社会では許されませんが、例外的に認められている場所があります。それは、温泉。今回は、伊香保温泉を散策し、温泉情緒を堪能することにしましょう。最近拡張された石段街の手前にある、主要地方道33号(渋川松井田線)沿いの駐車場に車を停め、歩き始めます。追加された石段は下段ほど幅が広くなっていて、中央に湯気を上げながら温泉が流れる水路があり、温泉街の新たな顔として魅力的な空間になっています。そもそも伊香保温泉は、6世紀末から7世紀初めの榛名山二ツ岳の噴火の名残で噴出したとされ、その存在は古くから知られていましたが、天正7年(1576)に石段街が整備されたことで、繁栄するようになりました。追加された石段を登り切ると、寛永8年(1631)に設置された伊香保御関所(口留番所)が復元されています。その近くには、明治時代に建てられた旧ハワイ公国駐日本代理公使アルウィンの別邸があります。和風の木造建築は格調と趣きがあり、往時の暮らしぶりを偲ばせてくれます。ここから先は、これまでもあった石段が続きます。石段街は400年以上の歴史を有していますが、昭和55年から5年にわたり大改修をしたため、きれいで快適に歩くことができます。すぐ右側に共同浴場の「石段の湯」があり、その先は、みやげ店や飲食店、射的場などが立ち並び、多くの観光客で賑わっています。石段の下には湯が流れており、ところどころに設けてある小満口(温泉引湯口)から、お湯の流れを見ることができます。石段街の中ほどにあるつるや食堂でうどんを食べ、温まってから、再び石段を登ります。石段はおおよそ400段ほどあるのですが、ゆっくり寄り道しながら登っているので、負担には感じません。

かじか橋

かじか橋

 やがて伊香保神社の鳥居が現れますが、右手へ折れる道の先に医王寺薬師堂が見えるので脇に逸れます。薬師堂は、目の神様として知られ、天正2年(1574)創建と古く、何度も火災の被害にあったため、現在のように蔵造りとなりました。再び石段に戻り、鳥居をくぐって登り切ったところに、伊香保神社があります。伊香保神社の創建は、垂仁天皇の代とも、天長2年(825)とも伝えられ、鎌倉時代から現在地に位置し、社殿は明治17年建築のものです。伊香保温泉は「子宝の湯」として知られているからか、飾られたたくさんの絵馬には「元気な赤ちゃんが生まれますように」というものが多く見られました。伊香保神社の裏手にある道路を進みます。すぐに温泉饅頭発祥の店として知られる勝月堂が現れますが、老舗の風格は、年季の入った木造5階建ての建物からも窺え、個性的な建築の多い伊香保温泉街の中でも、個人的に一番気に入っている建築です。ぽつりぽつりと店舗のある山道を進むと、やがて朱塗りのかじか橋が現れます。紅葉スポットとして有名ですが、12月の冬ざれた景色の中では、朱色の橋が一層鮮やかに見えます。近くに飲泉所があるので、温泉を飲んでみます。鉄の混ざった複雑な味は、決してうまくはないのですが、散策の疲れが癒されたたような気がします。湯沢川を渡り、川に沿って下り、小さな弁財天の横にある弁天坂を登ります。石段街を横切り、細い路地へと入り込み、昭和のテイストが濃厚なまち並みを眺めながら、まちの駅ふるさと交流館へ向かいます。最上階の5階は展望フロアとなっていて、温泉街や周囲の山並みを一望することができます。見晴らし展望台へと向かうロープウェイの発着駅でもあるのですが、時間の都合もあり乗車は次の機会とします。急傾斜の八千代坂を一気に下り、駐車場まで戻りました。

文/企画課 新井基之

●今回ご紹介したコース