群馬県信用保証協会

丸山宿周辺の道

折々の散歩道

静かに時を刻む懐かしいまち並み

太田市

 地方都市の中心商店街は残念ながら凋落の一途を辿っています。群馬においても状況は同じで、この数年間に県内のさまざまな商店街を歩いてきましたが、どこも苦戦しています。個々の商店や商店街が個性的であったり綺麗に整備されていても、その商店街を歩いている人が少なければ、印象はよくありません。逆に、これといって特徴のない商店街であっても、人が大勢行き交っていれば、歩いていて楽しく、この商店街は地元の人に愛されているのだなと思って、好印象を持ちます。今年7月から9月にかけて群馬デスティネーションキャンペーンが実施されますが、群馬を訪れる観光客が、群馬に好印象を持つかどうかは、商店街に人が行き交い、にぎわっているかどうかにかかってきます。地元の人たちにも愛されていない商店街に、果たして観光客を呼べるでしょうか。まずは、中心商店街周辺の官公庁や企業で働く皆さんが、郷土愛や地元愛を育み、商店街を愛し、街なかを歩き回ることが大切ではないでしょうか。当協会の本店は前橋の中心商店街に近いため、20数年間にわたり、その変遷を間近に見てきました。昼食は、職場の近くにある幾つかの飲食店で食べているのですが、中心商店街や県庁前通り周辺の飲食店の数は年々少なくなり、お昼の時間に外を歩く人の姿も同様に年々少なくなってきています。そのような逆境の中でも、長いこと頑張っている店や新規開店した店がありますが、これ以上、これらの飲食店を閉店に追い込んでしまうことは、何としても避けたい、と切に願っています。中心商店街活性化の議論をする際、主役となるのは、中心商店街の商店主だ、というのが一般的な解釈だと思います。しかし、中心商店街は、そこに事務所を構えて働く人々の活動のステージでもあり、勤労者もまた、商店街のもう一方の活性化の主役といえるのではないでしょうか。そこで、提案したいのが「一斉外食デー」。中心商店街周辺の官公庁や企業の勤労者は、週に最低1回、昼休みに事務所から出て、周辺の商店街で昼食をとるように心掛けるのです。商店で弁当を買い、公園等で食べてもいいでしょう。職場ぐるみで交替で実施すれば効果的です。自分たちが働く街を自分たちが元気にする、という郷土愛、地元愛が、この運動の要諦になるのですが、いかがでしょうか……。

丸山(米山)

丸山(米山)

 さて、今回は、太田市の丸山宿を訪れ、周辺をのんびりと歩いてみましょう。丸山(米山)という小さな山の麓の駐車場に車を停め、歩き始めます。丸山からまっすぐ東に伸びる道沿いに、丸山宿は広がっています。宿の歴史は、17世紀初頭まで遡り、近くの村上から住民が移住し、慶長11年(1606)には丸山宿として公認されました。旧東山道と推定される交通の要所で、六斎市が開かれるなど賑わっていました。現在は、主要な交通動脈から外れたことで、古いまち並みを保ったまま静かに時を刻んでいます。水路が道の中ほどを流れているさまは、渋川市の白井宿や甘楽町の小幡に似ています。水路には幾つも階段がつけられ、かつては炊事洗濯等に活用されていたことが分かります。家々の保存状態もよく、木造の大きな建物や、白壁の土蔵、瓦屋根を載せた門塀などを見ることができます。路傍に、高山彦九郎が安永8年(1779)、33歳のときに残した日記『小俣行抄』を刻んだ碑が建っています。高山彦九郎は、太田市出身の江戸後期の尊皇思想家で、寛政の三奇人の一人として知られています。「丸山ハ町並屋作東西の通也。はたこや(旅籠屋)もみゆ。宿の中小溝(こみぞ)流る。西に米山薬師堂建ツ。」と刻まれた碑を読むと、往時の風景が、今も残っていることが分かります。県道316号(桐生太田線)を渡った先にも宿は続き、全長400メートルほどの宿を、ときおり脇道に逸れたりしながら往復します。宿の西端には、賀茂神社があります。丸山宿が公認された慶長11年(1606)に村上から遷座したもので、社殿は質朴ながら、立派な杉木立が森厳の気を漂わせています。

丸山宿

丸山宿

 丸山の麓の駐車場まで戻り、丸山に登ります。丸山は、平地の中にぽっこりとある標高114.6メートルの独立丘で、だいだらぼっちの巨人伝説が伝わっています。その内容は、だいだらぼっちが、赤城山に腰かけて利根川で足を洗い、そのときの足跡が太田市吉沢町にある池で、吸っていた煙管の灰で丸山ができた、というものです。また、丸山はだいだらぼっちが越後から背負ってきたという伝承も残っています。麓には丸山薬師(米山薬師)があり、その脇から、山頂に向かう登山道が始まります。20数年前までは山頂に薬師があったため、道は石段が多く整備が行き届いています。路傍には石仏や庚申塔が至るところに立ち、長きにわたり庶民の信仰を集めていたことが窺えます。山頂は思いのほか広々としており、樹木で一部視界が遮られるものの、眼下に太田のまち並みを眺望できます。ベンチに座って弁当を食べていると、なんともぜいたくな気分になってきます。山を下り、駐車場まで戻ると、すぐ北に、カタクリ群生地があります。開花期は3月下旬から4月上旬ですので、私が訪れた3月上旬には、まだ花を見ることはできませんでした。

 丸山宿へ住民が移っていったという村上に向かいます。農地の中の道を西へ進むと、広大な八王子丘陵の山並みが迫ってきます。住宅地の中の静かな道を抜けると、丘陵の麓に、鹿島宮がひっそりと佇んでいます。背後の丘陵は造成され、ゴルフ場となっています。かつての村上集落は、この東側にありました。丸山宿への移転当時は廃村となりましたが、400年後の今は、農地の中に家々が建ち並んでいます。この辺りから眺める丸山の姿は美しく、古(いにしえ)の人々が集落を丸山の麓に移した気持ちが分かるような気がします。元亀元年(1570)頃に渡良瀬川から取水して造られた新田堀(侍堀)に沿うように東に向かい、住宅街の中にある、かつての吉沢集落の鎮守、住吉神社を眺めてから、丸山の麓の駐車場へ戻りました。

文/企画課 新井基之

●今回ご紹介したコース