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倉渕町三ノ倉地区の道

折々の散歩道

道祖神に守られた素朴な山里

高崎市

 戦後最大の思想家、吉本隆明氏は、日本のプロフェッショナルな詩人として、田村隆一氏、谷川俊太郎氏、吉増剛造氏の3名を挙げています。このうち、唯一の物故者である田村隆一氏(1923‐1998)は、現代詩の果敢なる開拓者であるとともに、旅と酒を愛するダンディな風流人でもありました。先鋭かつ繊細な詩とは違い、エッセイは、酒席での語らいのように自由闊達な筆運びで、時おりきらりと光る箴言が飛び出してきます。エッセイ集『詩人の旅』の「あとがきにかえて」の中に、こんな一節があります。
「地上の旅以外にも、内面の旅がある。それを「遊」と云う。書物との出会い、知らないことを学ぶ。たとえば、戦前では「学に遊ぶ」と云った。留学とは云わないで「遊学」。遊そのものに、旅という意味がある。」

  ……読書も一種の旅であるというのは、なかなかの卓見です。『詩人の旅』を読むこともまた、旅であるわけで、本文を読み進めると、こんな一節に出会います。
「旅っていうのは別にかっこよく旅するんじゃない。人の力を認識するのが旅なんです。今のはやりの言葉でいえば、他者、the Otherの力を確認するのがひとり旅の大きな魅力であって、自分ひとりだけでどうやって歩いていくんですか。退屈しちゃいますよ。自分ひとりで身のまわりのものを持ちながら歩いていくところに、人の力、人のなさけがわかるところにひとり旅の大きな魅力がある。/それから、たまたま乗ったローカル線とか、国鉄で赤字が出るような地方線の堅い椅子に坐って、その窓わくからみた風景というのは、やはりぼくにとっては他者の力なんです。風景でさえ、自分を生かしてくれる力だということがわかれば、ひとり旅っていうのは大きな魅力になるんじゃないかというふうに思いますが、どうでしょう。」(「ぼくのひとり旅論」抜粋)

  講演か座談を書き起こしたと思われる、詩人の息遣いが感じられる文章ですが、車窓から変哲もない風景を眺めることもまた旅である、という考え方には、旅を愛する詩人の面目がよく表れています。

 さて、今回は、高崎市倉渕町の三ノ倉地区を訪れ、道祖神に誘われつつ静かな山里を散策しましょう。旧倉渕村の地域には、77ヶ所に114基の道祖神が存在し、道祖神の宝庫と言われています。道祖神の所在地は非常に分かりづらいので、倉渕公民館で有料頒布している冊子「倉渕の道祖神」を活用することをお勧めします。私は、数年前に入手した「倉渕村の文化財マップ」を持参したのですが、市町村合併後は作成されていないようです。道祖神の所在地が明記された使い勝手のよい地図ですので、再作成されることを望みます。……話を戻し、国道406号(草津街道)沿いにある高崎市倉渕支所(倉渕公民館の隣)に車を停め、歩き始めます。国道406号に並行して走る倉渕支所の裏手の道を北西に進むと、すぐに小さなお堂が道の左右に現れ、周囲には石仏や石塔が佇んでいます。この辺りに道祖神があるはずだと探していると、立派な土蔵のある家から住民が現れたので、道祖神の在処を尋ね、丁寧に教えていただきました。「倉渕の道祖神」一覧表の74番と22番の道祖神が、鬱蒼とした山道の中にぽつんと佇んでいます。山道から戻り、再び北西に向かうと、右手の三差路のところに23番道祖神(以後、番号だけ記載します)があり、すぐ先には、「濱名寫場」と書かれた古い木造二階建ての建物が現れます。このフォトスタジオ、今は営業していませんが、地元の大工が苦労して創意を凝らしたことが窺える、和洋折衷の味わい深い姿をしています。更に北西に進むと、庚申塔や石仏などが密集した一角に、24番があります。国道406号に出て、烏川に沿って北西に進むと、路傍に、石碑を載せた巨石があり、すぐ横の老朽化した階段を登ってみると、小さなお堂と石仏が幾つかありました。倉渕地区は、道祖神ばかりでなく、素朴な庶民信仰のかたちがいまだに色濃く残っているようです。

水沼坂下の双体道祖神

水沼坂下の双体道祖神(16番)

 道の反対側にある烏川橋を渡って左に少し行くと69番があり、倉渕中学校を通り越し右折すると、稲荷神社の狭い敷地内に、道祖神が5基(28‐1〜5番)並んでいます。倉渕中を回り込むように北に向かうと、70番があり、その先の第5区公民館(旧岩氷小学校跡地)には、市天然記念物のユリノキの巨木があります。ここで弁当を食べてから、田んぼの中の静かな農道を進みます。水を張られ始めた田んぼと、その背後に広がる新緑の山並みが美しく、何度も立ち止まり、見入ってしまいました。水を湛えた田植え前の田んぼは、けろけろと鳴く蛙たちを豊かに孕み、鏡のように空や新緑を映し込み、四季折々変化を続ける農村風景の中でも、最も麗らかな瞬間かもしれません。田んぼの中にぽっかりと浮かぶ巨岩のてっぺんに、小さな赤いお宮が祀られているのを見つけました。県道33号(渋川松井田線)に出て、民家の中の道を進むと、舗装が途切れた右手の山の斜面に、十二様が祀られていて、すぐ横に32番があります。県道33号を南東に向かって歩を進めます。31番は、道路脇の畑の奥にあるのですが、獣除けの有刺鉄線があり見ることができません。30番は路傍に佇んでいますが、29番は、32番と同じ状態で見ることができません。路傍にある76番、清浄な気に満ちた天満宮の27‐1・2番、鎮守の森の風情がある古布神社の18‐1〜3番、石段の先にある17番、頬を寄せ抱き合っている様子が微笑ましい16番、民家の庭先にある14番、13‐1・2番を順次眺め、烏川に架かる水沼橋を渡ると、上流の河川敷に「小栗上野介忠順終焉の地」の碑があります。小栗上野介については別に改めて書くこととして先へ進み、国道406号沿いの道祖神公園を抜け、戸榛名神社に向かいます。樹齢400年超の見事な杉の巨木に圧倒され、端正な石垣の上にある拝殿には、精緻な彫刻が施されており、境内には森厳の気が満ちています。杉の巨木の脇にある20番を眺め、道祖神に導かれた盛りだくさんの散策を終えました。

水の張られ始めた田んぼ

水の張られ始めた田んぼ

文/企画課 新井基之

●今回ご紹介したコース