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西大室周辺の道

折々の散歩道

水と古墳がうつくしく溶け合うまち

前橋市

 古写真・古地図蒐集家、原島広至氏による「彩色絵はがき・古地図から眺める 東京今昔散歩」という本があります。フルカラーで、明治・大正期の彩色絵はがきと現代の写真、江戸切絵図と現在の地図が並べて掲載されていて、まち並みマニアにとっては、いつまで眺めていても飽きない、常に身近に置いておきたい楽しい本です。例えば、浅草仲見世の雰囲気や賑わいは往時も今も余り変わらないことが分かり、一方、大正時代の浅草六区は、浅草オペラが人気を集め、劇場や映画館が密集し、現在よりも格段に賑わっていて、和洋が混沌と溶け合った個性的な往時のまち並みは今見ても独特な美しさを持っています。東京の北の玄関口として群馬県民にも馴染み深い上野駅は、往時は木造二階建ての小さな駅舎で、現在の姿に近くなるのは震災により再建された昭和7年からです。明治末期の上野東照宮の写真には、着物姿で虫取り網を持った子供たちの姿が写っていて、近所の子供たちの格好の遊び場だったことが分かります。

  古絵はがきといえば、平成23年2月号の本連載において、東京の神田古書店街で、戦前から戦後間もなくにかけての群馬県の観光絵はがきを買ってきたことを書きましたが、先ごろ、再び立ち寄ってきました。群馬の観光絵はがきは対象が多岐にわたっていますが、今回は、赤城山、前橋公園、高崎百衣観音など、前橋・高崎地区のものに絞って入手しました。そのうち、赤城山のレンゲツツジの絵はがきは、2銭切手の貼られた使用済みのもので、旅人が宿泊した梨木旅館で友人にあてて書いたものです。「今日は赤城へ登って少々ヘタバリました。白樺の林を通り可憐な山百合を眺めつつ、クモの巣とトカゲにびくつきながら山の気分を味はひつつ一人行く程に進む程に流るる汗をふきつつ人気(ひとけ)なき山路を登りました。……」絵はがきの写真とともにこの文章を読んでいると、見知らぬ人でありながら、友人のような親しみが湧いてきます。

  さて、今回は、前橋市西大室町を訪れ、大室公園を起点に周辺を散策することにしましょう。大室公園の駐車場に車を停め、歩き始めます。大室公園は、4つの古墳と1つの沼を中心に、自然と歴史に親しむことのできる、36.9ヘクタールの大きな公園です。中心に位置する五料沼は、江戸時代に作られた溜め池で、周囲には色とりどりの花が植えられています。西大室町は古墳の多いところとして知られていますが、公園内には、国指定史跡である、前二子古墳、中二子古墳、後二子古墳、小二子古墳が整備保存されています。民家園には、旧関根家住宅が移築復元され、公開されています。この家は、江戸時代末期に建築された赤城南麓地方の典型的な養蚕農家で、養蚕のため2階の通風・採光がよくなるよう、屋根の中央正面部分が切り落とされています。門や蔵、厠、井戸なども移築されていて、当時の暮らしぶりがよく伝わってきます。

一之宮貫前神社

大室神社

  大室公園だけでも見どころが多く、随分長いこと散策していましたが、公園を後にして、県道103号(深津伊勢崎線)を南に向かって歩を進めます。水が張られ、田植えが終わったばかりの田んぼが広がり、青い空を映しこんでいます。西大室の信号を西に曲がり、県道76号(前橋西久保線)をしばらく進むと、道端に道祖神が現れますので、そこを右折すると、まもなく大きな水路が見えてきます。かつての大室城の堀で、堀の傍に、大室城址の解説板が立っています。大室城は、天正年間に白井長尾憲景によって築城され、家臣牧弾正が居城しましたが、その後は城主が何度も変わり、慶長6年(1601)酒井重忠が前橋城主になると、家臣石井氏が城を守り、寛延2年(1749)酒井氏が播磨姫路に転封となると、廃城となりました。堀を渡った先は、かつての二郭で、現在は西大室公民館となっています。その先は本丸で、現在は大室神社となっています。江戸中期に熊野神社が遷座され、明治41年に大室神社に改称されました。

 再び県道76号を西に向かい、県道114号(苗ヶ島飯土井線)を越えたところで、蕎麦仙人という店に寄り、冷たいそばを手繰り、再び県道76号を西に向かいます。間もなく産泰神社の参道が現れます。履中元年(427)の創建とされ、前橋藩主酒井氏の尊崇厚く、安産の神として古くから知られ、本殿及び弊殿は宝暦13年(1763)、拝殿は文化9年(1812)、神門は天保3年(1833)に建築されたもので、いずれも県指定重要文化財となっています。裏手には、こんもりと茂った森があり、巨石が寄り集まった不思議な光景が広がっており、この神社が巨石崇拝から始まったことを窺わせます。昼なお暗い森の中に巨石たちが屹立する姿は、まるで太古の恐竜のようにも見え、畏敬の念が湧いてきます。産泰神社の北側の道を東へ向かって進むと、右側に小丘状の伊勢山古墳が見えてきます。頂には、五社稲荷神社の小さな社があり、鬱蒼と茂る木々に展望はあまりありません。再び歩きはじめると、西神沢川にぶつかるので、川沿いの道を北へ向かいます。養鯉場と思われる小さな池を過ぎ、少し行ったところを右折し、田んぼの中の道を進み、県道114号を超えると、大正用水が現れます。用水沿いの道をしばらく進むと、やがて、車の乗り入れが制限された道となり、しずかな快適な道が続きます。左側は大正用水、右側は木々の間から大きな乾谷沼が垣間見えます。大正用水から逸れ、乾谷沼を一周できる道を進みます。水を堰き止めた堤防の上に立つと、沼が一望でき、背後には水の張られた田んぼを見下ろすことができます。乾谷沼も、五料沼と同じくため池ですが、五料沼よりも少し大きく、周囲が木々で覆われているため、深山の気が漂っています。もう一度大正用水沿いの道を辿り、東へ進むと、大正用水と東神沢川の立体交差が現れます。北から南へと流れる東神沢川の上を、コンクリートで固められた大正用水が西から東に横切っています。県道103号にぶつかると右折して、大室公園の駐車場に戻りました。

文/企画課 新井基之

富岡市社会教育館

乾谷沼

●今回ご紹介したコース