群馬県信用保証協会

アプトの道と坂本宿周辺の道

折々の散歩道

鉄道近代遺産と宿場町の歴史散歩

安中市

 平成23年7月から9月の3ヶ月間、群馬デスティネーションキャンペーン(群馬DC)が実施されました。当協会も、推進組織である「ググっとぐんま観光宣伝推進協議会」に加入し、保証月報をはじめ各種広報物や封筒などに群馬DC専用ロゴマークを掲載したり、群馬デスティネーションキャンペーン支援資金の推進を図ったり、本連載のうち50回分をまとめた単行本「群馬・折々の散歩道」を発行するなどして、キャンペーンを盛り立てました。3月11日に発生した東日本大震災により群馬県の観光産業も一時は大きな影響を受けましたが、官民挙げての懸命な取り組みにより、7・8月の2ヶ月間の速報値では、調査地点合計で前年比104.8%、個別に見ると、主な観光地点(30地点)の入込客数が同105.4%、主要9温泉地宿泊者数が同103.5%等、いずれも前年を上回る実績を残すことができました。今回の群馬DCに合わせ、JR東日本は、吉永小百合さんを利用して2本のCMを制作、放映しました。ひとつは、「SLと鉄道遺産篇」で、信越本線跡アプトの道を、旧丸山変電所やめがね橋などを眺めながら廃線ウォークをするもの、もうひとつは、「星の鑑賞会篇」で、ロープウェイに乗って標高約1300メートルの谷川岳天神平に行き、星を鑑賞するもの。どちらも旅情と知的好奇心を擽る素敵なCMで、深く印象に残ります。

  さて、今回は、CM「SLと鉄道遺産篇」で取り上げられたアプトの道と、近くにある中山道坂本宿周辺を紹介しましょう。信越本線横川駅の駐車場に車を停め、散策を開始します。平成9年10月の長野新幹線開業とともに、横川駅−軽井沢駅間は廃線となりましたが、かつては横川駅で駅弁「峠の釜めし」を買うのを楽しみにしていた方も多かったのではないでしょうか。横川運転区(碓氷峠越えの補助機関車の拠点)の跡地に作られた碓氷峠鉄道文化むらの北側から、アプトの道はスタートします。廃線となった線路は、上り線がアスファルトで埋められて、平坦で歩きやすい道になっています。すぐ隣には下り線が往時のままの姿で残され、トロッコ列車が運行されています。秋晴れの空の下、周囲には豊かな自然が残り、心地のいいウォーキング日和です。前方に見えていた橋梁が、歩くにつれてぐんぐん近づき、巨大でダイナミックな姿に圧倒されます。これは、上信越自動車道の碓氷橋で、総工費約100億円で平成4年に完成し、全長1,267メートル、222メートルの斜張橋と113メートルの主塔を持っており、土木学会賞田中賞を、赤松沢橋、遠入川橋とともに碓氷三橋として受賞しています。碓氷橋をくぐると、間もなく旧丸山変電所が現れます。明治45年に竣工した煉瓦造りの2棟の建物は、西が機械室、東が蓄電池室で、装飾が適度に施された佇まいは、格調ある典雅な美しさを持っています。

丸山変電所

丸山変電所 

  霧積川を渡ると、日帰り温泉施設である峠の湯が現れます。新しい建物ですが、めがね橋をモチーフに煉瓦を多用したデザインをしています。ここでも食事ができますが、すぐ近くの国道18号旧道沿いにある玉屋でお昼を食べることにします。玉屋は、江戸時代から茶屋として旅人に力餅を供し、信越本線開業とともに明治26年から熊の平駅で販売し、昭和38年熊の平駅廃止後は、現在地で食堂を営んでいます。ラーメンと力餅のセットを食べて満腹になり、散策を再開します。大正12年に北原白秋が碓氷峠で詠んだ歌碑の先に、1号隧道(ずいどう=トンネル)があります。全長186.06メートル、内部は煉瓦で覆われていて、蒸気機関車の煤による複雑な色調が、照明で仄かに浮かび上がる様子は、まるで美術のインスタレーションのように美しく、何度も立ち止まっては見入ってしまいました。煉瓦造りの2号橋梁を渡ると、全長112.76メートルの2号隧道があり、抜けた先には、左側に碓氷湖(坂本ダム)が現れます。一周1.2キロの散策路が作られていますが、今日のところは先を急ぐことにします。全長77.53メートルの路号隧道、全長100.26メートルの4号隧道を過ぎ、アプトの道で最も長い243.61メートルの5号トンネルを抜けると、めがね橋(第3橋梁・碓氷川橋梁)の上に出ます。明治25年に竣工した、高さ31.39メートル、長さ91.06メートルの4連アーチの煉瓦橋で、国道18号旧道に降りて下から見上げると、そのスケールの大きさと優美さに圧倒されます。

めがね橋

めがね橋

 アプトの道は現在ここが終点となっているので、来た道を戻り、玉屋の辺りから国道18号旧道を進みます。大きな円形の坂本浄水場を過ぎると間もなく坂本宿に入ります。左側に坂本八幡宮があり、杉木立に覆われた境内は、鎮守の森の風情を今に伝えます。個性的で愛嬌のある姿の狛犬は、享保8年(1723)奉納という古いもので、一見の価値があります。廃業した商店が目につきますが、まち起こしの一環で、かつての屋号を掲げた看板が家々に設置されています。坂本宿は、寛永2年(1625)に作られ、南側79軒、北側82軒の大きな宿場で、整然とした往時の地割りが現在もそのままに伝わっており、全国的にも珍しいそうです。かつては道の中央に4尺幅の用水が流れていましたが、現在、用水の復元等も含めた道路整備の工事が進められています。金井本陣、佐藤本陣、旅籠かぎや、みよがや脇本陣、永井脇本陣など、木造の大きな建物がところどころ残っています。坂本宿を抜け、上信越自動車道の碓氷橋を潜ると、道端に小さな水神宮が、少し先に白髭神社があります。横川への近道である薬師坂を下り切ったところには、薬師堂があります。県道92号を進むと間もなく碓氷峠関所跡が現れます。元和2年(1616)に設置され、明治2年に廃止されるまで、入鉄砲出女を厳しく取り締まっていました。現在は東門だけが残っています。周辺の商店街は昭和レトロの風情が漂い、諏訪神社の手前には、煉瓦造りの近代遺産、明治18年竣工のSL用給水タンク(沈砂池)があります。横川茶屋本陣を眺めてから、横川駅へと戻りました。

文/企画課 新井基之

●今回ご紹介したコース