群馬県信用保証協会

横堀宿周辺の道

折々の散歩道

穏やかな農村風景にかつての宿場の賑わいを探る

渋川市

 先頃、東京のギャラリーのオーナーと話をしていて、群馬出身ということが分かり、ひとしきり群馬の話題に花が咲いたのですが、話題はいつしか上毛かるたに移り、「今でも覚えているわよ」と言って、幾つかすらすらと暗誦してくれました。「『あ』は?」「浅間のいたずら鬼の押し出し」「じゃあ『す』」「裾野は長し赤城山」「次は『ち』」「力合わせる百六十万」「今は二百万なんですよ」……というようなやり取りは、群馬県民や群馬出身者にとってはよくある光景なのですが、周囲の東京在住の人たちはその様子を見てびっくりしていました。驚きの理由はふたつあり、ひとつは、群馬には上毛かるたという郷土かるたが存在していること、もうひとつは、県民や県出身者のほとんどが諳んじているほどそのかるたが深く浸透していることです。これはひとえに、群馬においては、1月には小学校や育成会でかるた大会(2月には県大会)が開催されるなど、教育や地域の行事の中に、上毛かるたがしっかりと根づいているからにほかなりません。子供のいる我が家でも、年末から正月にかけて、練習がてら家族で上毛かるたを楽しむのが恒例となっていて、上毛かるたとは生涯を通じてのつきあいになりそうです。

 上毛かるたは、郷土史家や文化人らの編纂委員会によって読み札が定められ、昭和22年に発行されました。この読み札、子供の頃は疑問に思わなかったのですが、長ずるにつれて、ほかにも取り上げるべき歴史や人物、土地、風物があるのではないかという思いが強くなってきます。実際、平成20年にはぐんまカルタ制作実行委員会により「ぐんまカルタ」が制作、販売されています。「岩宿遺跡先人の証し」「音楽で幸せ運ぶ群馬フィル」「ぐんまの詩人朔太郎」「ゼロ戦生んだ中島飛行機」「造船の父小栗上野介」「鎮魂の峰御巣鷹山」「誇れる群馬の四首相」「雷鳴とどろく上州路」……など、読み札は正鵠を得たものが多く、また、絵札は、上毛かるたとよく似たタッチの昭和レトロ調で、なかなか完成度の高いものとなっています。とはいえ、ふたつの郷土かるたを使いこなすのは現実的には困難です。いっそのこと札の数を倍の88枚にしてしまえば……などと無茶なことを思ったりもしますが、それだけ群馬には誇るべき人物や風物等があるということですから、喜ばしい悩みといえるでしょう。

 さて、今回は、渋川市の横堀宿を散策することにしましょう。国道353号を渋川から中之条方面へと車を走らせ、県道36号(渋川下新田線)を右折し北に向かうと、間もなく「横堀宿」と書かれた案内板が現れるので、下宿住民センターに駐車をして、歩き始めます。横堀宿は、三国街道の宿場で、慶長年間(1596〜1615)から寛永年間(1624〜44)にかけて整備され、全長約430メートル、両側に17軒ずつ並んだ建物は間口も奥行も大きく、道の中央には堰が通っていました。明治3年に宿は廃止され、一時は往来が激減しましたが、昭和中期から観光用道路として整備が進められ、現在に至っています。そのような経緯を辿った結果、宿場の風景は、残念ながら、案内板がなければそれと分からないほど、変化してしまっています。ひとつ手前の北牧宿(平成22年5月号掲載)は、現在も道の中央に堰が走り、往時の面影を強く残しているのとは対照的な状況です。しかしながら、歩く速度で丹念に見て行けば、往時の名残はそこここに見つけることができます。中でも目立つのは、問屋も兼ねていた本陣飯塚家(現佐藤家)で、立派な石垣と白壁の塀、大きな母屋は、かつての賑わいの様子を彷彿とさせてくれます。

横堀宿旧本陣

横堀宿旧本陣

 本陣の裏手には、横堀の総鎮守である大山祇神社があります。杉やケヤキなどの大木が周囲を覆い、県指定天然記念物の大藤が、藤棚だけでなく周囲の木々にまで枝を絡ませています。18世紀中頃建立の社殿は度重なる宿の大火を免れてきましたが、平成4年に老朽化を理由に建て替えられており、白木の新しい社殿は清涼で端正ではあるのですが、建替前の、歴史を刻み込んだ社殿の姿も見たかったと思いました。坂を登るように北に向かうと、左側に、かつての八坂神社にあった道祖神などの石造物が立ち並ぶ一角が現れます。更に北に向かうと、市指定文化財の「横堀宿の一里塚」があります。かつては道の両側に対でありましたが、現在は東のものだけが残されており、小山の上に1本のケヤキが立ち、その根元に石祠などが並んでいるさまは、見る者の郷愁を誘います。

 少し北に進むと十字路があるので、左に折れ、樹々の茂る細い道をしばらく行くと、一面の畑が現れます。訪れたのは11月中旬だったのですが、農作物(主にコンニャクと思われます)はあらかた収穫を終え、黒々とした土が広がっています。区画ごとに害獣除けの電流線が張り巡らされ、「キケン」と書かれた黄色い看板が下がっていて、イノシシでも出てきやしないかと、緊張します。畑は緩傾斜地に広がっているため、とても眺めがよく、榛名の山並みが美しく見えます。畑の中にぽつりと建つ赤い屋根が印象的な薬師堂を眺めてから、大鳥神社に向かいます。神社の由緒はよく分かりませんが、日当たりの良い小高い丘の上に建っていて、眺望にすぐれ、桜の古木は時季になると美しい花を咲かせそうです。大鳥神社から東に進むと、大きな農家建築や土蔵などが残る集落が現れます。集落を抜け、北東に向かう道を行くと、県道36号の、車を停めた下宿集落センターの反対側の辺りに出ます。県道36号を南へと下り、間もなく左に分かれる道があるのでそちらに進むと、芦の沢の手前の高台に、下宿地蔵尊があります。敷地の片隅にぽつりと佇んでいる道祖神に目が留まりました。小さな双体道祖神で、磨滅のためか表情は明確ではないのですが、バランスの取れた端正な作りをしていて、仲良く肩を寄せ合う様子は微笑ましく、温かな気持ちになり、散策を終えました。

大鳥神社

大鳥神社

文/企画課 新井基之

●今回ご紹介したコース