群馬県信用保証協会

大戸宿周辺の道

折々の散歩道

のどかな農村にかつての賑わいを感じ取る

東吾妻町

 平成24年度にオープン予定の前橋市立美術館(仮称)のプレイベント、アートスクールBコース(「モヤモヤをかたちにする」実践コース)に参加し、7月の前期講座(3日間)の様子を、平成23年8月号の本連載に書きました。市民目線、市民参加のアートによる街おこしがテーマで、11月には後期講座(3日間)が開催され、参加者が提案しブラッシュアップした企画を、一種のワークショップとして街なかで実践してみました。また、講義の中で講師の藤浩志氏は「街なかに部室を作る」という概念を提示しました。市民のさまざまなサークル活動の場を街なかにたくさん設け、交流と賑わいを生む、という趣旨のようですが、藤氏は、もっと広い解釈や運用も視野に入れているようで、取り組み次第ではとても面白くなりそうです。なお、前期と後期の講座の間も、月1回の割合で、藤氏が以前から実施している「プランツ(PLANTS)」と題したミーティングを続けてきました。藤氏はプランツをこのように説明しています。「やりたい個人的な企画を持ち寄り、いろいろとプレゼンしあい、意見を交わす場をイメージしてはじまった。街で目的をもたない企画会議を開催するそのこと自体がひとつの表現だろうとも考えていたし、実際に学校にも企業にも団体にも属さず、個人で活動をしていると、なかなか企画以前のイメージを交わす機会がない。イメージ以前のもやもやはもやもやの状態でいろいろな人に話すことが重要だと考えていて、それが言葉になることで形になりはじめ、イメージが蓄積されて企画が具体的に生まれてくる…と考えている。(藤浩志企画制作室ブログより)」……つまり、街をテーマにした自主的な企画会議のようなもので、テーマが広い分、色々な提案や議論が活発になされました。アートスクールやプランツで話し合われたことは、まだはっきりと形になっていませんが、プランツは今後も定期的に続けていく予定なので、いずれ大きく育っていくに違いありません。

 さて、今回は、東吾妻町の大戸宿周辺を散策することにしましょう。県道406号に車を走らせ、高崎市倉渕町から北に向かうと、間もなく吾妻郡東吾妻町に入り、やがて右側に忠治地蔵と書かれた看板が現れるので、そこに駐車をします。忠治地蔵は、国定忠治の処刑場跡に設置されています。侠客として名を馳せた国定忠治(長岡忠次郎)は、文化7年(1810)伊勢崎市国定町で生まれ、史実と脚色が入り混ざったたくさんの逸話を残し、伝説化したアウトローの英雄として知られています。嘉永3年(1850)、大戸関所破りの罪により磔刑となったのがこの地で、股旅の衣装を身につけた大きな忠治地蔵のほか、忠治慰霊碑や国定一家十二人衆慰霊碑も建っています。県道406号(草津街道)を北に向かって歩き始めます。12月上旬に訪れたのですが、山並みの木々は葉を落とし、田畑は茶色い土を晒し、冬ざれた静かな農村風景は、なかなか趣きがあります。右側の眼下に広がる農地の中に、まるで大海に浮かぶ小島のようにこんもりとした杉林が現れます。手前にある白い鳥居はそこが畔宇治神社であることを教えてくれます。県道406号の左側には一の鳥居と、高遠石工の手による町指定文化財の石灯籠があります。杉林を目指して右側の急坂を下ると、道端に2体の石仏がさりげなく佇んでいます。杉林の中にある社殿の築年は不明ですが、古色を帯び、なかなか見事な彫刻が施されています。

大鳥神社

畔宇治神社

  再び県道406号を北に進むと、やがて旧大戸宿に入ります。大戸宿は、中仙道の脇往還草津街道の宿場で、往時の面影はあまり残ってはいませんが、大半が明治時代から昭和中期にかけて建てられたと思しき建物で、一軒一軒がいずれも味わいがあり、古い建築が好きな人は、きっと気に入ることでしょう。宿の中ほどの道端に双体道祖神を見つけました。やがて左側に加部安左衛門関係遺跡の案内板が現れます。ここは、江戸時代の上州三大尽(一加部、二佐羽、三鈴木)と呼ばれた豪商加部家の12代嘉重の生家跡で、残された住居の一部と井戸が町指定史跡となっています。道を挟んだ向かい側には、寛永8年(1631)から明治4年(1871)まで運営され、平成10年に復元された大戸関所跡があります。国定忠治が処刑された罪は、この大戸関所を破ったことによるものです。少し北に向かうと、右側に、渓谷状に切れ込んだ温川と見城川の合流地点が現れます。鳴瀬滝不動尊と書かれた案内板があるので、崖につけられた階段を降りていくと、大きな岩の上に不動尊が祀られています。川に突き出した岩は下部が削り取られ、まるで宙に浮いているようで、足がすくみます。不動尊の先には、小さな川がなだらかな崖を白い糸のように優美に流れ落ちる鳴瀬滝がよく見えます。温川を渡るふたつの「鳴瀬橋」がありますが、うちひとつは、昭和16年に建設されたもので、レトロな味わいがあります。

横堀宿旧本陣

鳴瀬滝不動尊

 左折して県道406号を西に進みます。古いまち並みをのんびりと眺めながら行くと、右側に文化8年に建てられた「塩の平の道しるべ」があり、住家が途切れると、農地の向こうに奇岩が連なる山並みが続きます。県道377号を右折し、温川に掛かる一致橋という面白い名前の橋を渡り、対岸を東に向かいます。温川沿いに走る未舗装の林道を、落ち葉を踏みしめながら進むと、前述の昭和16年建設の鳴瀬橋に出ます。大戸宿を、今度は南へと下り、双体道祖神のある角を右に曲がって、細い路地へと入り込みます。静かな住宅地を進むと、前述の畔宇治神社の一の鳥居と石灯籠が現れます。現在の県道406号は、参道を分断するように走っていますが、本来はこの細い道が草津街道だったようです。更に進むと、道端に双体道祖神や、倒れて土に埋もれかかった石仏など、旧街道の名残を見つけることができます。間もなく県道406号に合流し、忠治地蔵まで戻りました。静かな農村風景のそこここに歴史の息吹を感じ取ることのできる道でした。

文/企画課 新井基之

●今回ご紹介したコース