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大胡宿周辺の道

折々の散歩道

レトロなまち並みに歴史の息吹を読む

前橋市

 日本漢字能力検定協会が募集した2011年の「今年の漢字」は、『絆』が第1位となりました。未曽有の大震災から復興を遂げるには、人と人とが助け合い、協力することが不可欠ですので、前向きな意志が込められた、よい漢字だと思います。震災後、ブライダル産業が盛んになり、また、家族や地域社会との関係を深めたいというアンケート結果が出るなど、私たち日本人の意識や行動に、実際に絆を強める傾向が現れています。本連載の目的のひとつは地域愛、郷土愛を育むことなのですが、その点からも「絆」への意識の高まりは心強く思っています。これまで数多くの商店街を歩いてきて、便利さと合理性だけで消費行動をしてきた結果、地元商店街の衰退や焼畑商業、買物難民などの問題を生じさせた様子を見てきて、心を痛めていましたが、最近の日本人の意識の変化が、これまでの流れをなんとか変えるきっかけにならないか、期待せずにはいれません。

  さて、今回は、大胡城址周辺を散策することにしましょう。前橋市役所大胡支所に駐車をして、歩き始めます。大胡支所の南側を東西に走る道を東に向かうと、右手に小さな丘陵があり、登ってみると石碑が立っています。刻まれた字を読むと、霊山として知られる木曽御嶽山、南魚沼八海山を祀ったものであることが分かります。八海山の生金道本社の社殿は大胡の講中の寄進によっていることもあり、深い結びつきがあったことが窺えます。県道16号(大胡赤城線)にぶつかったところに前橋東部商工会館があり、左折するとすぐに八坂神社が現れます。境内のない小さな神社ですが、祭神の牛頭天王は疾病を防ぐ神で、7月最終土・日の大胡祇園祭りの際には、天王様の渡御と、暴れ獅子の出発地点となります。江戸末期に疾病が流行した際、これを鎮めるためにまちなかを練り歩いたのが始まりとされる、由緒ある勇壮な祭りです。

  北に向かって道なりに進み、県道16号に合流する手前で左折すると、やがて小さなトンネルが現れ、手前に「大胡城跡」と書かれた碑が立っています。トンネルを抜けると、広大な敷地の中、土塁が縦横に走っているさまが目に飛び込んできます。大胡城は、荒砥川の西の高台に築かれた南北670メートル、東西180メートルの平山城で、天文年間(1532‐1555)に大胡氏により築城され、幾多の変遷を経て牧野氏を最後に元和2年(1616)に廃城となりました。残念ながら建物は残っていませんが、牧野氏の時代に築かれた本丸、二の丸の土塁はいい状態で残っています。立派な土塁を眺めながら本丸跡に足を踏み入れると、小さな神社が建っています。崖状になった東側からは、荒砥川の流れと大胡のまち並みを見渡すことができます。しばらく往時の城の様子を思い描きつつ城址を散策してから、県道16号を少し北に進み、大胡神社に向かいます。

  大胡神社は、かつては大胡城の近戸郭と呼ばれる最北端であったところで、近戸神社と称されていました。前橋市指定天然記念物のムクロジの大木があり、個性的な姿をした実をひとつ拾いました。西に進むと左側に養林寺が現れます。鎌倉時代に法然に帰依した大胡実秀が草庵を建立し念仏修行道場を開いたのが始まりとされ、天正8年(1590)、大胡城主となった牧野康成が自らの菩提寺として再興しました。江戸初期に建てられた桃山様式の山門は、前橋市指定重要文化財となっています。山門から南に下ると、県道16号にぶつかるので左に折れます。ここからは、大胡の中心商店街を進みます。中心商店街は、もとは大胡城主となった牧野氏により城下町、宿場町として整備されたもので、長い歴史を有しています。現在は、典型的な地方の商店街の構図そのままに、周辺への大型店の攻勢により、空き店舗も目立ちますが、昭和レトロの雰囲気が色濃く残り、味わいのあるまち並みが続きます。県道16号から40号(藤岡大胡線)へと、店の佇まいを一軒一軒丹念に眺めながら、のんびりと歩きます。お昼を過ぎていたので、大村屋でうどんを食べて温まりました。

横堀宿旧本陣

大胡駅舎

  県道40号を更に南に進むと、上毛電鉄大胡駅が現れます。大胡駅舎は、昭和3年(1928)の上毛電鉄開業当時に建てられたもので、鄙びた風情が郷愁を誘います。駅前は最近整備されたオランダ風車とミニ公園があるのですが、大胡駅舎とはミスマッチで、昭和レトロをうまく生かした修景をすべきではないかとの印象を持ちました。駅舎を通り越して西へと向かうと、開業当時に作られた木造の電車庫があります。駅舎まで戻り、線路を渡った先には、やはり開業当時に作られたコンクリート造りの端正な変電所があります。駅前から県道74号(伊勢崎大胡線)を少し進むと、荒砥川に掛かる宮関橋が現れ、すぐ南側に掛かる上毛電鉄の橋梁を間近に見ることができます。開業時の橋梁は、昭和22年のカスリーン台風の被害で流出しましたが、現在残るのは直後に再建されたもので、鉄錆で変色したコンクリートの橋脚は風格があります。これら大胡駅舎、電車庫、変電所(周囲の鉄塔4基を含む)、荒砥川橋梁は、国の有形登録文化財となっています。

県道74号をしばらく進むと、千貫沼が現れます。中世の八ヶ峯堡の城濠を江戸中期に淵岡長十郎が普請し、農業用の沼に転用したものとされています。鯉の養殖で知られていますが、散策に訪れた12月下旬には、沼の水が抜かれ干上がっていました。千貫沼の南側を半円を描くように、農地と住宅が混在するしずかな道を進み、大胡バイパスを越えた先を、左折して西へ向かいます。左側に映画や小説に何度も取り上げられた江戸末期の侠客大前田英五郎の墓があり、その先は、中心商店街となります。荒砥川に掛かる大川橋から下流を見ると、琴平橋の横に銭湯を見つけたので行ってみることにします。昔ながらの懐かしい佇まいの東湯をしばし眺めてから、中心商店街を抜けて、前橋市大胡支所に戻りました。

大鳥神社

大胡変電所

文/企画課 新井基之

●今回ご紹介したコース