群馬県信用保証協会

新里地区の道

折々の散歩道

静かな農村地域に歴史の奥深さを知る

桐生市

 最近、街コンがブームになっています。街おこしの一環として宇都宮市で開催したのが始まりで、群馬県でも、前橋市や高崎市、伊香保温泉で開催されています。商店街や店舗の側から見ると、普段閑散としている商店街に多くの人が溢れるのは喜ばしいことに違いありませんが、一過性のイベントで終わらせずに常時商店街に人を呼び寄せるようにするには、まだ検討の余地がありそうです。一方、参加者の側からすると、出会える人数に限りがあるし、意中の人と巡り合うのはなかなか難しいのではないかと、参加したわけではないので、勝手に想像しています。でも、最初からネガティブに考えないで何事もチャレンジすべきだと、独身者にはエールを送ります。実は既婚者なので街コンは他人事だと思っていたのですが、改めて調べてみると、参加資格を独身者のみに限定しているところと、独身・既婚を問わないところがあり、単に婚活のためというよりは、異性の友達を作る場という捉え方もあるようです。参加資格以外のルールも場所によって違いがあります。まだ新しい形の街おこしイベントなので、いろいろと試行錯誤しながら、次第に定着していくことを期待しています。

 さて、今回は、桐生市の新里地区を訪れましょう。桐生市新里総合センターに車を停め、歩き始めます。新里町はかつては勢多郡新里村といい、平成17年合併により桐生市となりました。新里総合センターは、かつての勢多郡新里村役場だったところに、21年12月に新築オープンしました。鉄骨造3階建てで、ガラスを多用したなかなかモダンな名建築です。敷地内にある新里郷土資料館は、残念ながら地震被害のため休館中でした。県道3号(前橋大間々桐生線)を挟んだ新里総合センターの南側には、赤城神社があります。県道3号を西に向かうとすぐに上毛電鉄新里駅が現れます。駅舎は平成10年に建て替えられ、ローカル線ならではの鄙びた風情がないのはちょっと残念に思いました。県道336号(梨木香林線)を北に向かい、新里中央小学校を目指します。小学校の敷地内には、天神古墳があり、埴輪や刀等の遺物が出土し、家型埴輪は東京国立博物館に所蔵されています。近づいて鑑賞したかったのですが、部外者は許可なく立入禁止である旨、門に大きく書かれており、やむなく断念しました。貴重な観光資源ですので、小学校から独立させるなど、鑑賞しやすい措置が望まれます。

 小学校の北側を左折し、住宅が点在する農地の中の道を西に進むと、蕨沢川のたもとに、本町橋の供養塔が現れます。かつて洪水で橋の損壊が繰り返されたため、元禄14年(1701)に愛宕塚古墳の石室の石を用いて石橋を架けたことを記念して建てられた石碑です。現在はコンクリートの橋が架かっています。橋を渡り本町集会所を目指して南西に向かうと、集会所の敷地内に小さな丘陵が現れます。丘陵を登ると、小さな石の祠と石碑が並んで立っています。ここは蚕影山神社で、江戸時代に霜害で育てることができなかった蚕を埋め、供養してきました。

 再び、住宅が点在する農地の中の道を西に進み、前橋市との境界にある未舗装のあぜ道を右折し北に向かうと、国指定重要文化財の「山上の多重塔」(塔婆、石造三重塔)が現れます。瓦屋根付きの立派な建物に覆われ、駐車場やベンチなども整備されています。延暦20年(801年)に僧道輪によって建立され、塔身はひとつの石で3層が彫り出され、衆生を救い安楽を願う45の文字が刻まれています。北側にはススキ等が植栽された小さな散策路があり、裾野が長い赤城山の雄大な姿を眺めることができます。農地の中の静かな道をしばらく南東へ進み、蚕影山神社の近くまで来ると、北側に山上城跡公園が現れます。山上城は応永年間(1394-1428)に藤原秀郷の子孫、山上五郎高綱によって築城され、山上氏歴代の居城となりましたが、曲折を経たのちに、天正8年(1590)廃城となりました。東西170メートル、南北650メートルの規模を持ち、建造物は残っていませんが、自然の地形を生かした往時の構造はよく残っていて、案内板も整備されています。三の丸跡は広大な芝生広場になっていて、ローラー滑り台や遊具が設置されています。公園内にはアジサイやツバキ、ロウバイなどが植えられ、新里町郷土文化保存伝習館が併設されています。山上城跡公園の北東に隣接して常広寺があります。開山の時期は安土桃山時代と推定され、境内には、江戸時代中頃の建立と推定される弁財天堂があり、見事な欄間彫刻が施されています。

山上の多重塔

山上の多重塔

 蕨沢川に沿ってしばらく北へ進み、右折して未舗装の農道を東に向かうと、やがて塚越古墳(庚申塚古墳、山上8号墳)が現れます。農地の中に高さ3メートルほどの墳丘が盛り上がっていて、墳丘の頂や周囲には、たくさんの石造物が点在しています。中でも目を引くのは市指定重要文化財の双体道祖神。元文2年(1737)に作られ、かなり立体的に彫られています。東へと歩を進めると、県道336号にぶつかるので、しばらく南へと進みます。新里中央小学校の北側を左折し、青雲寺の立派な杉木立の参道を眺め、昭和16年に国指定史跡となった武井廃寺塔跡に向かいます。指定時には、ドーナツのような形状をした石は塔の心礎であり、古代の寺院跡であると見なされていましたが、昭和44年の調査により、奈良時代の火葬墳墓で、ドーナツ型の石は石製蔵骨器であると考えられるようになりました。少し東に進むと、中塚古墳が現れます。直径38メートル、高さ5メートルという大きな円墳で、横穴式石室は、きれいに切り揃えられた四角い大きな石で作られています。現在は中に入ることができませんが、覗きこむことはでき、古の人の精緻な技術力に感嘆させられます。歴史の重みと奥深さに思いをはせながら、桐生市新里総合センターに戻りました。

常広寺の弁財天堂

常広寺の弁財天堂

文/企画課 新井基之

●今回ご紹介したコース