群馬県信用保証協会

宮本町周辺の道

折々の散歩道

近代遺産と自然が調和するまち

桐生市

 桐生市民が力を注いできた、かつての桐生新町の国による重伝建地区選定がようやく実現し、7月14日には記念祝賀行事が大々的に開催されました。重伝建地区とは、正式には重要伝統的建造物群保存地区といい、伝統ある建造物を点でなく面として保存することを目的としています。今回選定されたのは「桐生市桐生新町重要伝統的建造物群保存地区」ですが、桐生新町は、現在の本町1丁目・2丁目の全域と天神町1丁目の一部にあたり、面積は約13.4ヘクタールになります。醸造業の蔵を活用した有鄰館、今も数多く残るノコギリ屋根工場、桐生市の起点ともいえる桐生天満宮など、至るところに歴史の蓄積を感じさせる建物や風景が残されていて、まち歩きの楽しさを満喫することのできる地区です。この界隈を散策した様子は、保証月報平成19年8月号の本連載に掲載しましたが、現在は当協会のホームページで見ることができ、また、本連載開始から50回分をまとめた単行本「群馬・折々の散歩道」にも収録しています。昨年(平成23年)5月に発刊した単行本は、お陰様で好評を博し、先月(6月)に増刷しました。希望者に無償配布をしていますので、興味のある方は当協会企画課までお問い合わせください。

 さて、今回は、桐生新町重伝建地区に隣接する、宮本町周辺を散策しましょう。県道3号(前橋大間々桐生線)を桐生駅方面へと車を走らせ、宮前町1丁目交差点を左折し細い急坂を登ると、水道山記念館が現れるので、そこに駐車をして、歩き始めます。水道山記念館は、昭和7年に配水場事務所として建設され、木造平屋建てながら、タイル張りの外壁を持つ洋風の瀟洒な建物で、国の登録有形文化財となっています。東に向かって歩いていくと大川美術館が現れます。昭和63年の開館以来、何度も足を運んでいるお気に入りの美術館なのですが、今回は時間の都合もあり入館せずに先に進みます。水道山の中腹にあたるこの近辺の家々は、市街地の眺望がよく、緑も多いので、坂道さえ我慢すればなかなか恵まれた住環境といえます。お昼近くになったので、T字路を右に折れ、桐生第一高校にぶつかるので山手通りを右に進み、西幼稚園の近くにある第一宮島庵でカレーうどんを食べました。来た道を戻り、先ほどのT字路を反対側へと進むと、左側に光明寺が現れます。天平宝字11年(739)行基菩薩により開創され、現在の本堂は昭和44年に建てられました。山門の横には、近隣から集められたと思われる約200もの庚申塔があり、千庚申と名づけられています。すぐ北側にある御嶽神社へは、村松沢に架かる朱塗りの御嶽橋が目印で、光明寺の墓所の脇にある階段を登ります。周囲には不動明王をはじめたくさんの石仏があり、本殿の横からは、御嶽山への登山道が続いています。山頂は目指さずに階段を戻り、村松沢に沿って北に進み、松立橋を渡って桐生が岡公園へ向かいます。

船問屋跡の石垣

水道山の急坂の路地

 桐生が岡公園は、道を隔てて遊園地と動物園に分かれ、大正5年に開園し、昭和28年に動物園が、昭和46年に遊園地が開園しました。大きな観覧車が目を引く遊園地は、昭和レトロな雰囲気が漂い、郷愁を誘います。動物園は、ライオン、ゾウ、キリン、ペンギン、ニホンザル等主な動物はひととおり揃っており、入園料無料とは思えない充実ぶりです。特に今回はクモザルに魅せられて、クモのように細くて長い手足を器用に使って動き回るさまは愛嬌があり、いつまで眺めていても飽きないほどです。丘陵に位置する桐生が岡公園から道なりに次第に下ってきて、山手通りにぶつかると、右折して山手通りを西に進みます。森産業の巨大な工場を挟み、その左右には、ノコギリ屋根の工場が建っています。この先は寺社が集中していて、最初に現れる妙音寺は、開創は不明ながら、天正13年(1558)に現在地に移転し、本堂は昭和3年に再建された鉄筋コンクリート造りです。寂光院は、桐生出身の日蓮宗総本山身延山久遠寺73世法主日薩上人が明治13年に開基しました。円満寺は、大同年間(806−810)開創と伝えられ、本堂は昭和48年に再建されたものですが、鐘楼は文化10年(1813)に鋳造され、嘉永元年(1848)築の鐘楼堂に納められています。3つの寺院の先には美和神社があります。崇神天皇の時代の創建と伝えられ、「日本後記」に796年官社に列したことが記録されています。境内には、兵庫県西宮市の西宮本社から明治34年に分社し、明治38年に竣工した西宮神社があり、11月の桐生ゑびす講の際は大勢の人出で賑わいます。

 桐生第一高校の東側の道を南へと進むと、左側に九区集会所が現れます。築年は調べたものの分かりませんでしたが、古い洋風建築で、かつては医師会館として利用されていました。すぐ先には、九区集会所と呼応するように、昭和初期の洋風建築、旧赤松外科醫院があります。十字路を左折し西に向かうと、右側に西公民館が現れます。昭和7年に水道事務所として建てられたもので、裏手にある旧水道倉庫(現西公民館機械室)とともに国登録有形文化財となっています。道を挟んだ南側には、桐生織物記念館があります。昭和9年に桐生織物会館として建てられ、木造ながら、青緑色の屋根瓦やスクラッチタイルの外壁を持つ洋風の大きな2階建てで、桐生織物の隆盛を伝える格式ある端正な佇まいをしています。現在桐生織物会館は隣接するビルに移転しておりますが、桐生織物記念館は催し物場や事務所として今も利用されています。さらに西に向かって進むと、上毛電鉄西桐生駅が現れます。駅舎は、昭和3年に上毛電鉄が開業した際に建設され、天に大きく突き出した赤い屋根が愛嬌のある個性的な姿をしています。駅舎に足を踏み入れ、待合スペースでしばし休憩してから、北に向かいます。西幼稚園を通り過ぎたところを左折し、急坂を北に向かって登ります。幅2メートル足らずの狭い道で、左右に民家が迫り、最後は階段となり大川美術館の横に出ます。振り返ると眼下に桐生市街地が広がり、どこか尾道を思わせる雰囲気のいい道でした。
泉龍寺参道

桐生織物会館旧館

文/企画課 新井基之

●今回ご紹介したコース