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中野地区周辺の道

折々の散歩道

歴史と自然の多彩な魅力を味わえる道

邑楽町

 明治6年に新田郡郷戸村大字寺井(現太田市)で生まれた木暮理太郎は、長じてから、日本登山の黎明期に、田部重治とともに日本アルプスや秩父山地に足しげく通い、山の持つ魅力を多くの人に伝えました。また、研究対象として山を捉え、多くの実績を残し、晩年には社団法人日本山岳会の初代会長に就任し、昭和19年に逝去しました。山に生涯を捧げた木暮にとって、山の魅力に目覚めるきっかけになったのが、幼い頃に祖母に連れられて登った赤城山や、地元の富士講の人たちとともに登った富士山、そして木暮家が信仰していた御岳講などです。木暮はエッセイ「登山談義」でこう書いています。「私の小さい村での山巡りの流行――これも少し適切を欠いた言葉かも知れません――が私の登山心を助長するのに、少なくとも夫れを示唆するに与って力のあったことは否めないのであります。毎年八月の農閑期になると、富士、御岳、八海山へは必ず二十人乃至三十人の講中が繰り出し、其外一人のこともあり二、三人或は四、五人のこともあるが遠い処では出羽の三山、大和の大峰あたり、更に遠くは南部の恐山さへ出懸けた人もあります。近い処では三峯、庚申、男体などもありました。」講中登山は、寛政年間(1789‐1800)に幕府により解禁されたことで盛んになり、宗教的な意義よりも、物見遊山の色彩が強いものでした。

 さて、今回は、邑楽町の中野地区周辺を散策しましょう。県道20号(足利邑楽行田線)沿いにある邑楽町公民館に駐車をして、歩き始めます。邑楽町商工会館や小学校、幼稚園が集まるこの近くには、かつては邑楽町役場もあり、移転後の役場周辺とともに街の中心的役割を担っています。公民館から西へ進むと、神光寺が現れます。かつて中野城があったところで、広大な境内を有しています。中野城は、鎌倉時代の文永2年(1265)新田義重の子孫中野景継によって築城され、延元3年(1338)に廃城となりました。戦国時代の永禄年間(1558‐70)に宝田和泉守が改修し入城しましたが、天正18年(1590)に廃城となりました。遺構は塁濠跡が残っているとのことですが、はっきり確認できませんでした。神光寺は江戸時代の寛永2年(1625)に、かつての本丸跡に建立されました。境内に立つ大カヤは、樹高21メートル、根周り15メートルに及び、県指定天然記念物となっています。推定樹齢は760余年で、築城の頃に植えられたものと推測され、風雨に晒され続けた結果荒々しい表情を見せる樹皮は、歴史の重さをひしひしと感じさせてくれます。

 神光寺から南に向かってしばらく歩くと、JA邑楽館林の倉庫が現れます。大正8年に中野絣の査定・仕分け場として作られた大きな赤れんが倉庫で、幾多の曲折を得て、現在は空き倉庫となっています。中野絣は、江戸時代末期から昭和末期にかけて生産されていた木綿絣で、大正時代に最も盛隆しましたが、その様子を現在に伝える見応えのある貴重な近代産業遺産です。今年(平成24年)1月、解体する方針であることが報道されましたが、最近になり町の教育委員会が見学会を開くなど、保存に向けて光明が見え始めたようでもあります。れんが壁に「中野ローラースケートリンク」と白いペンキで書かれていますが、戦後一時期スケートリンクとして使われていた名残で、随分モダンな使われ方をしていたことに感心します。JA倉庫から東に向かって進むと県道20号にぶつかるので右折すると、間もなくJA邑楽館林中野支所が現れます。敷地内には、増築されていて分かりづらいのですが、大谷石造りと思しき大きな倉庫があります。築年は不明ですが、風格のある佇まいをしています。北側の増築部分を取り除いて竣工当時の姿を取り戻せば、先ほど見た赤れんが倉庫と合わせて観光資源として活用できそうな気がします。

JA赤れんが倉庫

JA赤れんが倉庫

 県道20号を南に進み、東側に隠れるように建つ小さな白山神社を眺めてから東武小泉線本中野駅に向かいます。駅舎は木造平屋建ての小さなもので、地方都市の小駅らしい味わいがあります。県道20号を再び南へと歩き、邑楽町役場入口の信号を左折するとすぐに神明宮が現れます。境内には端正な形をした富士塚があり、石碑から天保12年(1841)に築かれたことが分かります。富士塚は、冒頭に書いた富士講と同じ富士信仰に基づくもので、安永9年(1780)に初めて江戸で造られ、その後関東地方を中心に盛んに築かれました。この辺りからシンボルタワー「MiRAi」がきれいに見え始めるので、それを眺めながら進みます。平成5年竣工のシンボルタワーの周囲には行政・文化施設が集積していて、平成7年に町立図書館、平成8年にあいあいセンター、平生18年に保険センター、平成20年に邑楽町役場が順次竣工しました。いずれも瀟洒な雰囲気を持つ建物で、それぞれが美しい調和を見せています。シンボルタワーは高さ56.5メートルで、36メートルの場所にある展望台から眺望を楽しむことができます。これらの施設に隣接して、おうら中央公園が広がっています。こども広場や噴水広場、のびのび広場、孫兵衛川に沿うように続く遊歩道がありますが、見どころは、やすらぎの池の周囲に広がる湿地帯と、それらの中に設えられた木道です。池では蓮や睡蓮が見頃で、周囲の湿地帯には蒲の穂がたくさん実り、蝶やトンボなどが飛び交い、蝉しぐれも降り注ぎます。ウシガエルの鳴き声でしょうか、ぐうぐうという不思議な音も聞こえます。木道の散策を楽しんでから、役場の近くのベーカリーこむぎでパンを買い、公園の管理棟にあるベンチで池を眺めながら食べました。

シンボルタワー「未来MiRAi」と邑楽町役場

シンボルタワー「未来MiRAi」と邑楽町役場

 役場から西に向かい、邑楽中学校の交差点を右折し北に進みます。東武小泉線の手前を左折し少し進むと、小高い古墳の上に前原浅間神社があります。中野景継の子景春ゆかりの神社ですが、神社らしからぬ改修が施され、狛犬もキッチュで不思議な雰囲気です。線路を越えて住宅街の道をしばらく北に進み、右折すると、左側に梅宮神社があります。とても小さな社殿で、双子のように同じ形をした神明宮と並んで立っている様子を眺めてから、公民館へ戻りました。

文/企画課 新井基之

●今回ご紹介したコース