群馬県信用保証協会

雷電神社周辺の道

折々の散歩道

水場の歴史を風景から読み取る

板倉町

 先ごろ(平成24年9月)、「ブランド総合研究所」が実施した「地域ブランド調査」の都道府県ランキングが公表されました。気になるのは我が群馬県の順位ですが、昨年の44位からポイントを下げ、残念ながら47位と最下位になりました。昨年から今年にかけて、群馬デスティネーションキャンペーンの実施や、スマートフォン用無料ゲーム「ぐんまのやぼう」のヒットなど、全国に話題を提供していたので、順位が上がること間違いなしと思っていたのですが、調査によると、確かに情報接触度は向上したものの、観光での訪問意欲や県産食品の購入意欲が相変わらず低迷しているそうです。群馬のみならず北関東3県のランクが低迷している理由については、首都圏に近いため地域のイメージ作りなどの必要性が弱かったのではないかと分析されています。なお、ブランド力の調査は日経リサーチも「地域ブランド戦略サーベイ」として行っていて、前回の調査ではこちらも残念なことに群馬県は最下位でした。県民からすると、地震や台風などの自然災害による被害が少なく、温泉地や観光地を数多く抱え、人情に厚い群馬県は、とてもいいところだと思うのですが、ここは謙虚になって、どうしたらブランド力が向上するか、県民一丸となって考えなければなりません。群馬は、ネットの世界で「未開の地グンマー」と揶揄され、「ぐんまのやぼう」も脱力系のゲームであることを考えると、方向性としてはダサさと脱力系をうまく逆手に取って、親しみやすいアピールをするのが効果的かと思いますが、果たしていかがでしょうか。

 さて、今回は、邑楽郡板倉町を訪れ、雷電神社周辺を散策することにしましょう。雷電神社の参道横にある、板倉中央公園の駐車場に車を停め、歩き始めます。雷電神社は、その名のとおり、雷除けと雨乞いの神様として知られており、関東地方を中心に全国に存在しますが、ここ板倉雷電神社が関東総本社となっています。社伝には、推古天皇6年(598)聖徳太子が東国巡遊の際に祠を設け創建し、坂上田村麻呂が東征の折りに戦勝を祈願し社殿を再建したとの記録が残されています。徳川5代将軍綱吉が館林藩主だった時代には、葵紋の使用が許されるなど庇護を受けました。鳥居を潜ると、県指定重要文化財となっている天保6年(1835)竣工の社殿があり、左甚五郎の流れをくむ石原常八による精緻かつ絢爛な彫刻が施されています。社殿の裏手には、県指定重要文化財である、慶応4年(1868)造営の奥宮があり、その隣には、群馬県内に現存する最古の神社建築で、室町末期の特色を残した国指定重要文化財である、天文16年(1547)造営の八幡宮稲荷神社があります。正面にふたつの扉があり、左が稲荷大神、右が八幡大神を祀る珍しい造りをしていて、小さいながら典雅な佇まいをしています。さらに道を挟んだ裏手には、木造の味わい深い社務所があり、リアルななまず像を取り巻くように愛らしい鬼の像が並んでいます。社務所の西隣には、伊奈良神社が静かに佇んでいます。

八幡宮・稲荷神社社殿

八幡宮・稲荷神社社殿

 道を渡って雷電神社に戻り、境内を抜けて板倉中央公園に歩を進めます。中央にある雷電沼の周りは湿地帯となっていて、小さな弁天社や雷電碑が近くにあります。板倉町は、利根川と渡良瀬川の合流域に形成された低湿地「水場」が広がり、かつてはたび重なる水害に悩まされてきました。雷電神社の近辺にはかつて大きな板倉沼(古くは伊奈良沼)が広がっていて、沼の中の小島に雷電神社は祀られていました。雷電碑には万葉歌「上毛野(かみつけの)伊奈良(いなら)の沼の大藺草(おほゐぐさ)よそに見しよは今こそ勝(まさ)れ」(巻14‐3417作者未詳)が刻まれていて、万葉の昔から沼があったことを伝えています。明治17年の記録では、沼の面積は1.2平方キロメートルで、周囲には沼の2倍以上もの湿地帯が広がっていて、かつては、ふな、なまず、こい、どじょうなどの漁業やレンコン栽培が盛んに行われていましたが、明治43年から大規模な干拓事業が開始され、現在は農地や宅地、工業団地となり、往時を偲ぶよすがは、雷電神社と雷電沼のある板倉中央公園だけとなっています。

 お昼時になったので、板倉名物のなまず料理を食べるべく、参道にある小林屋でなまず定食を注文しました。なまずは淡麗な白身で、天ぷらもたたきあげも、さっぱりとしていて美味でした。満腹になったところで、再び歩き始め、板倉中央公園の北側の道を西へ進みます。農地の中に家々が点在する静かな道ですが、民家の庭に、洪水時の避難小屋である水塚があるのを見つけました。昔はこの辺りも沼地だったのだな、と想像しながら歩くと、特徴のない風景にも奥行きが出てきます。県道363号(斗合田岩田岡里線)にぶつかるので右折して北に向かうと、やがて県道365線(板倉籾谷館林線)と交わる角に、厳島神社が現れます。周囲に広がる平坦な農地の中、鎮守の森がこんもりと茂っている様子は遠くからでもよく目立ち、どこか郷愁を誘う眺めです。ここからは、あらかじめ地図を見て、くねくねした道の曲がり具合から古い集落に違いないと見当をつけていた一角へ向かいます。案の定、古い木造農家や土蔵、神社(城之宮神社)、路傍の石仏などが点在する、雰囲気のいい道でした。 

厳島神社

厳島神社

 県道363号に出て南に進むと、国道354号にぶつかるので、左折して東に向かいます。車で走っていると見逃しがちですが、左右の建物を丁寧に見ながら歩いていると、そこここに立派な農家建築が点在していることが分かります。原宿神社や観福寺、宝福寺を眺めつつ進み、県道364号(除川板倉線)を左折して北に向かいます。石造りのJAの倉庫は、建築時期は不明ですが、端正な佇まいをしており、大切にしたい近代遺産です。昭和33年竣工の板倉町役場は、昭和レトロの雰囲気を感じさせて好感が持てます。役場の先で県道364号から離れ、雷電神社の参道を進み、駐車場に戻りました。

文/企画課 新井基之

●今回ご紹介したコース