群馬県信用保証協会

三ツ寺町、保渡田町周辺の道

折々の散歩道

かみつけの古墳文化に触れる道

高崎市

 先月、長野県松本市に1泊で旅行をしてきました。5つの会場で8つの劇団が全32公演を行ったまつもと演劇祭と、松本出身の世界的美術作家草間彌生の展覧会「永遠の永遠の永遠」を開催している松本市美術館を鑑賞したほか、市街地の散策を楽しみました。歩いたのは、公園通り、高砂通り(人形町通り)、大橋通り、中町通り、女鳥羽川沿いの道、縄手通り、大名町通り、上土通り(大正ロマンの街)、あがたの森通り、天神通りなど。松本には、10年ほど前にも1泊して散策したことがあるのですが、その時に比べてまち並みの整備が進み、観光客がたくさん訪れてまちを散策、回遊していました。特に、中町通りは松本を代表する蔵のまち並みで、近くの縄手通りとともに、大勢の人々が買い物を楽しみながら散策していたのですが、10年前に来た時よりもまち並みの整備が格段に進んで魅力を増し、まち並み修景が見事に成功していることを実感しました。松本市は、アルプスの「岳都」、サイトウ・キネン・オーケストラなど音楽の「楽都」、旧開智学校や信州大学などの「学都」という「3つのがく都」を掲げる文化度の高い都市ですが、演劇祭からも分かるとおり演劇活動も盛んであり、松本民芸家具などの工芸も知られ、工芸店、クラフトショップも多く見られます。「絵画」(草間彌生等)と「工芸」を合体させた「画工(がく)都」も含めて「4つのがく都」を名乗ることもできそうです。訪れるだけでなく、実際に住んでみたら楽しいだろうなあ、という気にさせる、深みと味わいのあるまちでした。

 さて、今回は、高崎市三ツ寺町、保渡田町周辺を散策しましょう。三ツ寺公園内のソフトボール場に隣接する駐車場に車を停め、歩き始めます。ソフトボール場の北側には、広大な芝生広場があり、その先にはふわふわドームやぐるぐる滑り台などが設置された遊戯広場があります。一方、南側に目を転じると、18,000平方メートルの広さを持つ三ツ寺堤という池があります。三ツ寺堤は、慶安2年(1649)に農業用の溜め池として築かれ、明治時代には桜やツツジが植えられて、ボートも楽しめるようになり、周辺住民の憩いの場となりました。現在も、桜の開花期には池面を花が見事に染め上げ、春から秋にかけての週末にはボート遊びが楽しめます。三ツ寺堤から西に向かって流れる小さなせせらぎに沿って遊歩道が整備されているので進むと、すぐに唐沢川に突き当ります。川に沿ってしばらく進み、上越新幹線の高架をくぐると、右側に大きな三益半導体工業上郊工場が現れます。県道123号(柏木沢高崎線)と交差する一角には、無量寺公園碑や厄除観世音などが立ち並ぶ小さな空地があります。

八幡宮・稲荷神社社殿

三ツ寺池

 県道123号を渡ると群馬県立土屋文明記念文学館が現れます。土屋文明は、明治23年に記念館の近くの農家で生まれ、高崎中学在学中から文学を志し、一高、東大を経て「アララギ」を舞台に活躍した歌人で、万葉集の研究者としても知られ、昭和61年文化勲章を受賞し、平成2年に100歳で生涯を閉じました。冒頭に書いた松本市とも縁があり、大正11年から13年にかけて松本高等女学校の校長を務め、大正15年には信濃教育の編集主任となるなど、教育、文化面で貢献をしています。きれいに整備された記念館の庭には「青き上に榛名を永久の幻に出でて帰らぬ我のみにあらじ」と刻まれた碑が立っています。記念館を出て西に向かうと、国指定史跡保渡田古墳群のひとつ、薬師塚古墳が現れます。全長105メートルの前方後円墳で、現在は西光寺の敷地となっていますが、頂上には凝灰岩を刳り抜いた大きな舟形石棺が置かれています。この石棺は天和3年(1683)に西光寺住職らにより発掘され、棺の中にあった393点の優美な副葬品は国指定重要文化財となっています。南に進み、300年以上もの歴史を持つ獅子舞を有する諏訪神社の境内からは、保渡田古墳群のひとつ二子山古墳が眺められます。この古墳は全長108メートルの前方後円墳で、近年整備されました。墳丘は緑の笹で覆われ、周囲をコスモスの群落が取り巻いていて、ちょうど開花期であったため多くの観光客で賑わっています。頂上からは360度見渡すことができ、とりわけ榛名山が間近に見えます。東側には保渡田古墳群を紹介するかみつけの里博物館があり、北側には保渡田古墳群のひとつ八幡塚古墳があります。全長96メートルの前方後円墳で、築造時の姿に復元され、墳丘は石で覆われ、多数の埴輪が装飾的に設置されていて、従来の古墳のイメージを覆す端正かつ硬質で力強い姿をしています。

厳島神社

二子山古墳

 保渡田古墳群から離れ、南に向かい、井堤神社、大円寺を眺め、古いまち並みの県道123号を北に進み、やがて右に逸れ、農地の中の道を東に向かうと、唐沢川沿いに小さな「たかっぱし公園」があります。たかっぱしとは、北に15メートルほどの場所にかつてあった木橋のことで、転落しても怪我をする人がなく、たくさんの蛇の棲処でもあったため近隣の村にも知られていたそうです。住宅街の中の道を引き続き東に進み、三ツ寺信号の近くに出るので、八幡宮、医光寺、大乗寺を眺め、堤下公園に歩を進めます。この公園は、詩人山村暮鳥が代用教員として教鞭をとった堤ヶ岡小学校の隣にあり、暮鳥の「独唱」詩碑が立っています。県道25号(高崎渋川線)を潜るトンネルを抜けると三ツ寺公園に至ります。トンネルを潜ったところを左に折れると住宅街の中に諏訪神社があります。ここは中世の城館諏訪社館の跡で、近くには中野秣(まぐさ)場騒動で活躍した真塩紋弥を顕彰する碑が立っています。三ツ寺公園に戻り、噴水広場、ひょうたん池を経て、石上寺に歩を進めます。ここも中世の城館石上寺館の跡で、城館らしい雰囲気が今も残っています。三ツ寺公園の日本庭園を経て、三ツ寺堤まで戻りました。

文/企画課 新井基之

●今回ご紹介したコース