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中央前橋駅周辺の道

折々の散歩道

多彩な表情をもつ懐かしいまち並み

前橋市

 前月号の本連載でゆるキャラについて書いた際、前橋市児童文化センタープラネタリウムのプラネくんについて触れましたが、前橋市児童文化センターは、前橋市民にとって、自らの子供時代に遊んだ思い出や、親として子供を連れて遊びに行った思い出がたくさん詰まった施設です。かくいう私もその一人。昭和44年に竣工した旧館は、平成23年12月に閉鎖されたのですが、11月に開催された「ありがとう!児童文化センター」というイベントに足を運んだり、最終日にはプラネタリウムを見に行ったりして、別れを惜しんできました。平成24年1月に新館がオープンした際には、オープンイベントに足を運び、その後も子供と一緒に時おり遊びに行っています。旧館にもあったメダカなどの水槽コーナーは新館でも健在で、老朽化が激しかったプラネタリウムも、最新の設備に入れ替わりました。新しい投影機は光学式とデジタル式を組み合わせたハイブリッド型で、映像、音響ともになかなか迫力があるのですが、係員やボランティアスタッフらが番組を手作りしているのは旧館のときと同じで、専用キャラクターであるプラネくんや天子ちゃん、コスモ博士、ヴェガ助手も引き続き活躍しています。なお、前橋市児童文化センターは、前橋こども公園内にあり、公園全体の再整備が数年来進められていて、今年(平成25年)4月には、永いこと休業していたゴーカート、足踏みカートのコーナーもリニューアルオープンする予定です。

 さて、今回は、前橋こども公園を起点に、上毛電鉄中央前橋駅周辺を散策することにしましょう。前橋こども公園の駐車場に車を停め、歩き始めます。前橋こども公園は、中央部に佐久間川が南北に流れ、川の東側が4月にオープン予定のゴーカート、交通学習、水辺観察などのゾーンになっており、川の西側はすでにオープンした児童文化センター、エントランス、芝生広場などのゾーンになっています。児童文化センター新館は南北に長い2階建ての建物で、周囲の景観に美しく溶け込んでいます。芝生広場を取り巻くように周囲に植えられた雑木林の中には「文学の小道」があり、萩原朔太郎、萩原恭次郎、平井晩村、高橋元吉、山村暮鳥、関口雨亭等、郷土を代表する文学者の碑が建っています。山村暮鳥の詩碑に刻まれた詩「ゆふがた」は「馬よ/そんなおほきななりをして/こどものように/からだまで/洗つてもらつてゐるんか/あ、蛍だ」というもので、大正時代の前橋ののどかな情景が目に浮かんできます。公園の西側には広瀬川が流れていて、広瀬川に沿って作られた遊歩道を進むと、すぐに川から分かれ、住宅街の中の道をしばらく歩きます。中央前橋駅に近づくにつれて繁華街らしい雰囲気になっていき、駅の北側には、上電本社ビルをはじめ、古くて味のある建物が多くあります。昭和レトロの色濃い中央ビルの1階にある美やこ食堂でお昼を食べました。

前橋児童文化センター

前橋児童文化センター

 中央前橋駅は、平成12年にガラスを多用した軽やかな新駅舎に変わりましたが、ボウリング場などがあったかつての上電プラザビルが懐かしく思い出されます。駅の南側も古い建物の多い繁華街が広がり、東に向かって進むと、大きなレンガ造りの倉庫が現れます。大正12年竣工の旧大竹酒造の倉庫で、現在は前橋市土地開発公社が所有しており、演劇系の多目的施設に改修することが予定されています。広瀬川に架かる十六本橋には、大正10年6月竣工と刻まれた石の橋柱が立っていて、橋の上から東側を見ると、広瀬川から端気川が分岐しており、水量調整のための堰が築かれています。この堰は16世紀末に16本の杭で作られていたことから十六本堰と名づけられ、平成12年にはレンガ風の上屋を持つ席へと生まれ変わりました。少し南に下ってから右折し西へ向かいます。相変わらず古い建物が多く、派手さはありませんが歩いていて楽しいまち並みです。県道4号(前橋赤城線)にぶつかるので左折して、国道50号に出る手前を左折して、馬場川に沿って走る道を東に進みます。

十六本堰

十六本堰

 この先は前橋藩主酒井忠世により形成された寺町となっていて、まもなく左側に東福寺が現れます。永禄2年(1559)建立、寛永13年(1636)に酒井氏により現在地に移され、赤城山地蔵岳の地蔵堂から移された応永12年(1406)作の鰐口は市重要文化財に指定されています。寺院は尖った屋根が非常に印象的な姿をしています。その先には寛永13年に開基された隆興寺があり、大正元年に竣工した寺院はオリエンタル調で情緒があり、境内には、明治18年建立の豊川稲荷もあります。東に進むと、前橋城から移転された養行寺があり、更にその先に、正幸寺あります。寺伝によると正幸寺は文亀元年(1501)創建で、明暦2年(1656)に現在地に移り、度重なる火災に遭い現在の寺院は昭和43年に再建されたものです。近世後期の俳人松井素輪の句碑「三日月や広い空にも曲て置」や、素輪らによって立てられた芭蕉句碑「麥めしにやつるる戀や里の猫」などを見ることができます。これらの寺に目を奪われがちですが、常に横を流れる馬場川も魅力的です。街なかの千代田町を流れる瀟洒な姿とは違い、古い民家の間を流れる様子は庶民的な風情があります。川に沿って国道50号を超えると、面白い光景を目にすることができます。川の真ん中に壁があり、川がふたつに分断されているのです。100メートルほど進むと暗渠になってしまい、その先を確認することができませんでしたが、この壁には水量調節の役割があるものと推察しました。国道50号を少し東に進んでから、端気川に沿って北に向かいます。赤亀橋を渡り、区画整理により生まれた新しいまち並みを抜け、太田道灌築城伝説が残る尾曳稲荷神社を眺め、前橋こども公園へ戻りました。

文/企画課 新井基之

●今回ご紹介したコース