群馬県信用保証協会

粕川町膳・中・月田地区の道

折々の散歩道

歴史を辿る赤城山麓の静かな道

前橋市

 ゴールデンウィークに毎年開催している笠間市の陶炎祭(ひまつり)に足を運んできました。関東地方で古くからやきもののまちとして知られているのは栃木県の益子と茨城県の笠間ですが、ゴールデンウィークに開催するやきもの市のスタイルには違いがあり、益子の場合は共販センターを中心に各施設・店舗を使い、いわばまち全体が会場になります。一方、笠間は広大な笠間芸術の森公園イベント広場に200を超える陶芸工房や陶芸家が集結し、工夫を凝らしたテント(ブース)を構えて、思い思いに作品を展示・販売します。いろいろなイベントや音楽演奏をする野外ステージも2ヶ所あり、陶芸家自ら食べ物や飲み物を作って販売するテントも多く、手作り感が強くて陶芸家が身近に感じられるところに好感が持てます。これまでも何度か足を運んでいるのですが、毎回新たな発見があり、今回もお気に入りの作品を手に入れることができました。群馬県でも幾つものクラフトフェアが開催されていますが、多くの作り手と直接話をして買うことができるのは楽しいものです。

 さて、今回は、前橋市粕川町を訪れ、膳、中、月田地区周辺を散策しましょう。前橋市粕川出土文化財管理センターの駐車場に車を止め、歩き始めます。管理センターは埋蔵文化財を収蔵していますが、現在一般公開をしていません。隣には粕川歴史民俗資料館がありますが、訪れた4月中旬は休館中でした。管理センターの周辺はかつての膳城址であり、管理センターは北郭跡、資料館は外曲輪跡に建っています。管理センターの南側に本丸跡があり、往時の建物は残っていませんが、周辺の空掘や土塁は比較的よく残されています。膳城は15世紀中頃に築城されたと推定される善氏(後に膳氏に改姓)の居城で、さまざまな曲折を経た後、天正8年(1580)、武田勝頼により落城し廃城となりました。このときの武田勝頼軍は東上州侵攻を進め、膳城近辺を通ったときは視察中で鎧を着けず平服でしたが、酒宴中の城兵の一部が攻撃を仕掛けて戦となり、城主河田備前守らが討ち取られたことから、「膳城素肌攻め」と名づけられています。膳城から北に向かって進むと、龍源寺が現れます。参道や境内には多くの石造物があり、歴史を感じさせます。龍源寺の東側には、杉林に覆われた八幡神社があり、森閑の気が漂っています。八幡神社から西に向かって歩を進めると、南側に膳城址のこんもりとした林が見えます。寺後沼の手前を左に折れ、可愛らしい名前の兎川を渡ると、川の袂に庚申塔や石仏などが寄り集まった一角が現れます。かつてこの地には寺があり、これらは旧中寺跡石造群と呼ばれています。春の日差しを浴びて穏やかな顔立ちをした石仏たちを眺めていると、幸せな気分になってきます。周辺は住宅街で、その中に阿夫利神社が静かに佇んでいます。寺後沼の北側には、緑色の芝生が広がる粕川町中公園があり、ピンク色のキノコのかたちをしたトイレが印象的です。公園の西側の道を北に向かって進んでいくと、右側に、伏見稲荷大明神と刻まれた石碑が立っており、その奥に、高さ1メートル余りの赤い鳥居が見えます。身をかがめながら鳥居をくぐると、やはり高さ1メートル余りの赤い社があり、神社と呼ぶには余りに質朴な神社なのですが、参道の草が丁寧に刈られているなど、大切にされていることが伝わってきます。

 更に進むと、近戸神社が現れます。創建年代は不明ですが、六地蔵信仰の県内最古の作とされる室町時代暦応5年(1342)の六地蔵石殿や、碓氷峠の熊野神社とともに県内最古の作とされる室町時代の狛犬があるほか、境内やその周辺にはたくさんの石造物が並んでいることから、古い歴史と由緒を持っていることが分かります。月田のささらと呼ばれる獅子舞や、全国的にも珍しいお川降り神事が、現在も伝承されています。民謡詩人として知られる野口雨情の「近戸ののんのさま さゝらすき さゝらはうたすき 笛がすき」と刻まれた歌碑も立っています。

水圧鉄管

近戸神社

 境内で弁当を食べ休憩してから北に向かうと、間もなく右側の眼下に周囲600メートルほどの吉沼を望むことができます。その先には、月田小学校の北側の農地の中に、赤城浅間神社(旧称富士仙元神社)が現れ、その北側一帯には月田古墳群があります。約30基もの古墳があったそうですが、姿を消したものや未整備のものもあり、現在はすべてを見ることはできません。それでも、農地の中にこんもりと茂る丘を目指して進むと、鏡手塚古墳、壇塚古墳、薬師塚古墳を確認することができました。古墳好き、歴史好きの人には丹念に探す楽しみがあるでしょう。農地と住宅が混在するのどかな道を西に進むと、粕川温泉元気ランドがあり、その先に粕川が北から南へと流れていて、周囲は粕川親水公園として整備されています。川沿いの遊歩道を南へ向かうと、木製斜張橋のささら橋と近戸神社外宮があります。先程書いたお川降り神事は、甘酒神事ともいい、近戸神社で供えた甘酒をこの外宮まで約2キロの道のりを神輿渡御し、川に流すもので、粕川の名はこの神事から採られました。このあとは、粕川沿いの道をひたすら南に下ります。やがて上毛電鉄の線路にぶつかるので左折すると、粕川駅が現れます。昭和3年の開業当時から使われていた駅舎は、残念ながら平成16年に建て替えられましたが、木造の小さな建物は周囲に溶け込んでいます。駅の北側にある中沼を眺め、線路に沿って伸びる道を東へ1キロほど進むと、駅舎のない無人駅である膳駅が現れます。県道3号(前橋大間々桐生線)を東に進むと、鶏卵の珍しい無人販売所(自動販売機)が現れるので、左折して静かな住宅街を南に向かい、膳城址に戻りました。

ささら橋

文/企画課 新井基之

●今回ご紹介したコース