群馬県信用保証協会

東今泉町・東金井町周辺の道

折々の散歩道

古の信仰のかたちを今に伝える

太田市

 5月に滋賀県近江八幡市を訪れました。琵琶湖東岸に位置する近江八幡市は、近江商人発祥の地として有名ですが、すばらしい建築やまち並み、景観が残っていることでも知られていて、いつか散策したいと思い続けていたまちでした。近江八幡駅から1.5キロほど北に向かったところから、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された、近江商人ゆかりの近世の町屋(商家)建築が多く残るまち並みが広がります。豊臣秀吉の甥豊臣秀次が天正13年(1585)に八幡城を築き、その城下町として発達したもので、琵琶湖を往来する舟を城下まで引き込むために整備した八幡堀は、現在見事な修景が施され、近江八幡を代表する観光スポットとなっています。また、近世の建築ばかりでなく、ヴォーリズによる多くの近代建築が残されているのも見所になっています。キリスト教の伝道師としてアメリカから近江八幡を訪れたヴォーリズは、終生この地に住み、教育、医療、事業(メンタームの近江兄弟社)などを地域住民のために整備しましたが、建築家としても多くの作品を残しました。洋風ですがどこか温もりを残すヴォーリズの建築は、町屋建築ともマッチしていて、まち並みに自然に溶け込んでいます。さらに、まちの北東には、国の重要文化的景観第1号に選定された水郷が広がっていて、舟で水郷めぐりを楽しむことができます。幾つか業者があるようですが、「日本で一番おそい乗物」をキャッチフレーズにした、豊年橋を発着する手こぎ舟に乗りました。70歳を超える船頭さんの話を聞きながら、ヨシ原の中をのんびり進む80分の船旅は、癒しのひと時でした。このように、近世町屋建築、ヴォーリズの近代建築、水郷や八幡堀、琵琶湖などの水の景観といった、さまざまな魅力が凝縮されたまちは稀有のもので、2日間夢心地のまま、隅から隅までまち歩きを堪能しました。この連載を通じて群馬県内のさまざまな場所を歩いてきて、実感しているのは、古いものを壊すのは簡単だけど、残すのは難しい、ということです。近江八幡においても昭和中期に八幡掘を埋め立てる計画が立てられたことがありましたが、市民の反対運動により中止された経緯があります。現在の八幡掘周辺の活況を見るにつけ、長期的な視野で古いものを守ることがいかにまちにとって大事なことか、よく分かります。文化は歴史の蓄積によって育まれるものです。群馬県民は新し物好きと言われていますが、これまで以上に古いものを大切にする風土が醸成されれば、文化度の向上につながり、低迷するブランド力もきっと上向くのではないでしょうか。

 さて、今回は、太田市東今泉町、東金井町を訪れ、さざえ堂を基点に寺社めぐりをしましょう。曹源寺の門前にある駐車場に車を停め、歩き始めます。曹源寺は、新田氏の祖義重が養姫である祥寿姫の菩提を弔うため文治3年(1187)に開基したと伝えられ、本堂は嘉永5年(1852)に焼失したため、現在は仏殿(観音堂)「さざえ(栄螺)堂」が本堂になっています。さざえ堂は、寛政5年(1793)に竣工し、外観は2階建てですが内部は3階建てで、堂内は回廊式になっていて、時計回りに螺旋状に通路を進んでいくと3階まで登り、同じ通路を通らずに1階まで降りられるようになっています。このようなさざえ堂は、三匝堂(3回転の意)とも呼ばれ、安永9年(1780)江戸本所羅漢寺に建てられたのが最初で、その後江戸後期にかけて関東、東北地方で作られた、特異な建築様式です。現存するさざえ堂は非常に少なく、中でも曹源寺は最古のもので、県指定重要文化財となっていて、また、太田七福神のひとつ布袋尊を祀っています。300円を納め拝観します。1階正面には本尊があり、通路を進むと、1階に秩父34観音、2階に坂東33観音、3階に西国33観音が安置されていて、一度に百の札所を巡ったのと同じ功徳を得ることができます。百体の観音をゆっくりと眺めるとともに、建築の奇抜な発想と巧妙な内部構造に感心しながら、堂内を螺旋状に一周し、入口に戻ってきました。境内には百株のアジサイが植えられていて、ちょうど見頃を迎えていました。アジサイの合間からさざえ堂を見上げてみたのですが、どこか「千と千尋の神隠し」の湯屋に似た佇まいをした名建築です。

曹源寺

 曹源寺を出て、西へ向かいます。静かな道をしばらく歩くと、北に鹿島神社が現れます。石段を登った高台の上に、平成18年に建て替えられたばかりでまだ白木が瑞々しい社殿が、同じく新しい小ぢんまりとした八坂神社と並んで建っています。鹿島神社の南には永福寺があります。永福寺は、正中2年(1325)沼田迦葉山の僧太盛の開基で、境内には、鎌倉後期から室町初期に造立された、市指定重要文化財の名号角塔婆(角柱形の供養塔)があります。江戸後期から明治時代にかけて寺子屋として使われていました。永福寺から静かな住宅街を南に進み、玉巌寺に向かいます。太田七福神のひとつ福禄寿を祀る玉巌寺は、金山の山麓の自然豊かな地に、14世紀初め、世良田長楽寺を開山した栄朝禅師の法弟により建立されました。アジサイが咲き誇る参道は、山寺ならではの情趣があります。南に向かうと、松風峠を経て県道321号に続く道にぶつかるので右折して西に進みます。聖天沢を渡りすぐ左折し、聖天沢沿いにまっすぐ伸びる急な下り坂の桜並木の道を進みます。この桜並木は60年ほど前に植樹されたもので、短いながら雰囲気のいい道です。坂を下り終わった左側に小さな池が、右側に二柱神社があり、左折して東に向かうと間もなく永福寺の末寺である洞谷寺が、その先に浅間神社があります。ふたつの神社は質朴で緑の多い住宅街の中にひっそりと佇んでいます。さらに東に向かうと県道316号(太田桐生線)にぶつかるので、左折してしばらく北へ進みます。やがて左折して、住宅街の中の道を進むと、国道122号の手前に飯玉神社が現れます。飯玉神社は、創立時期は不明ですが、東金井の鎮守で、周囲を杉林が覆っています。途中から降り出した雨に傘を差しながら曹源寺まで戻り、再び雨に濡れそぼるアジサイを眺めて、帰路に着きました。

玉巌寺参道

文/企画課 新井基之

●今回ご紹介したコース