群馬県信用保証協会

南野牧地区の道

折々の散歩道

世界遺産の近くで歴史を刻み続けた道

下仁田町

 カタールのドーハで開催されていた国連教育科学文化機関(ユネスコ)による第38回世界遺産委員会で、平成26年6月21日、群馬県の「富岡製糸場と絹産業遺産群」が、世界文化遺産に登録されることが決定されました。対象となっているのは、富岡製糸場のほか、伊勢崎市の田島弥平旧宅、藤岡市の高山社跡、下仁田町の荒船風穴の4資産。世界遺産としては国内で18件目、近代産業遺産としては国内初となる快挙です。幸いにして世界遺産登録決定の4日前である6月17日に富岡製糸場へ足を運ぶことができたのですが、そのときも既に多くの見学者で賑わい、商店街も活気づいていました。本連載では、世界遺産暫定リストに登録された4ヶ月後の平成19年10月に、富岡製糸場とその周辺の商店街を散策した様子を紹介していますが、当時は富岡製糸場の一日の見学者数が500人程度でした。登録決定後はまだ足を運べておらず、様子は新聞やテレビでしか確認していないのですが、一日の見学者が数千人で推移しており、商店街にも観光客が溢れ返っているようで、世界遺産効果の大きさには目を見張らされます。なお、少し残念なのが、今回の4つの遺産が中・西毛地区に偏っていることで、往時は前橋や高崎をはじめ県内全域で絹産業が盛んだったはずなのですが、産業の新陳代謝の過程で建物や施設が取り壊されてしまい、現在も残っているものはほとんどありません。経済合理性の視点に立つと、維持・保存するよりも、壊して新しいものを作るほうが理に適っているのでしょうが、文化的、歴史的な視点に立つと、維持・保存の大切さが見えてきます。一度失ったものは、決して回復することができません。今回の世界遺産登録は、産業というのは地域の風土や文化、歴史を担っており、両者は密接な関係があるのだということを気づかせてくれました。現在、世界中から我が群馬県に注目が集まっていますが、訪れる方々をどのようにもてなし、群馬の魅力をどのようにアピールし、リピーターや群馬ファンをいかに増やしていくか、群馬県民一人ひとりの真価が問われるところです。

 さて、今回は、荒船風穴のある下仁田町を訪れ、南野牧地区を散策することにしましょう。下仁田の中心街から国道254号(信州街道/西上州やまびこ街道)を北西に向かい、荒船湖方面への道を左折し、市野萱川を渡るとサンスポーツランドの駐車場が現れるので、車を停め、歩き始めます。人家のない自然の中の登り坂をしばらく進むと、眺望が開け、道平川ダムの大きな躯体が現れます。このダムは、平成4年に竣工した堤高70メートル、堤頂長300メートルの重力式コンクリートダムで、道平川のほか、相沢川、市野萱川、屋敷川からも導水しています。堤頂部の中央にある取水設備を下流から見ると、今は懐かしい初代ぐんまちゃんが描かれています。堤頂部から下流を見下ろすと、吐き出された水の流れる減勢工の横に、植栽で鶴舞う形の群馬地図が形作られています。上流側に目を転じると、ダムによる人工湖である荒船湖が広がっています。周囲の樹々の葉を溶け込ませたかのような緑青色の湖面は、どこか幻想的な雰囲気をまとっています。車道がダムの周囲を走り、親水公園や農村公園、見晴台が点在し、一周3キロ強の手頃な周遊ハイキングを楽しむことができますが、今回は、南野牧の集落を歩く予定なので、堤頂部の道を渡り、先を急ぐことにします。

荒船湖(道平川ダム)

 すぐに現れるのは芦野平トンネルで、長さは128メートルと短いのですが、ごつごつとした岩肌をコンクリートで覆った様子は動物の内臓のような迫力があります。トンネルの先は樹木が鬱蒼と茂る往来のほとんどない道で、心細さを感じながらしばらく進むと、やがて集落が現れます。市野萱川を渡り、左折をして西に向かって進むと、農地とともに古い木造の農家建築が多く残る道が続きます。前方に、銀色に輝く火の見櫓が見えてきます。農山村部を散策する愉しみのひとつに、火の見櫓を見つけることがあります。火の見櫓は、電話や自動車が普及する前の日本の近代遺産のひとつであり、歴史の生き証人のような存在といえるでしょう。市街地ではまったく見ることのできなくなった火の見櫓に、今回もひとつ出会うことができたことにほっとしました。すぐ隣には、荒船神社があります。荒船山の山頂にある石祠奥宮に対する里宮にあたり、天武天皇の白凰2年(674)の勧請にして貫前神社の故社である、と由緒記に残されています。森厳とした杉林の中に建つ社殿は、昭和41年に再建された新しいものですが、参道には非常に古そうな狛犬があります。石段の横には、樹齢推定400年、樹高36メートル、幹周8.6メートルの二本の大杉が立っていますが、寄り添うように佇む姿から、夫婦スギと呼ばれています。コンビニで買ったおにぎりを、夫婦スギを眺めながら食べてから、再び歩き始めます。市野萱川を眼下に見ながら、日帰り温泉施設荒船の湯を通り過ぎ、県道44号(下仁田浅科線)に歩を進めます。この辺りの集落は、畑や家の庭に石垣を多用していることに気づいたのですが、セメント等を注入していないものも多く、随分古いものが残っているように思えます。どの家も歴史を感じさせる味わい深いものばかりで、のんびり歩くには適した道です。

芦野平のまち並み

 国道254号にぶつかるので、右折して東に向かって進みます。自動車の往来が激しく余り楽しい道ではないのですが、これまで歩いてきた集落を時おり南側に見ることができます。しばらく進むと南に向かう道が現れるので右折して、先ほど一度渡った橋を再び渡り、左折して東へ進みます。この近辺も、立派な石垣を持つ古い木造建築が多く残り、路傍には石仏や石造物を時おり見つけることができます。世界遺産のひとつ荒船風穴は今回散策した集落の奥にあることから分かるとおり、南野牧もかつては養蚕や製糸業が盛んで、富岡製糸場と密接な関係のある地区でした。そんな往時のことに思いを馳せながら、サンスポーツランドの駐車場まで戻りました。

文/企画課 新井基之

●今回ご紹介したコース