群馬県信用保証協会

上中森・下中森地区の道

折々の散歩道

土堤と灌漑用水と農地の歴史を垣間見る

千代田町

 9月中旬に、長野県茅野市を散策してきました。一番の目的は、茅野市にある、建築家・建築史家の藤森照信氏の3つの建築作品を見ることです。目的地である神長官守谷史料館までは茅野駅から徒歩40分ほどで行くことができますが、この日は時間短縮のためタクシーで向かいました。神長官守谷史料館は、古代から諏訪大社上社神官を務めた守谷家に伝わる古文書等を保管・展示しており、1991年に建てられました。建築史家として、建築探偵団や路上観察学会など個性的な活動で知られる藤森照信氏の処女建築作品であり、自然素材を多用した魅力的な造形をしています。裏手の畑の中には、少し離れる形で、2011年築の空飛ぶ泥舟と、2004年築の高過庵が建っています。空飛ぶ泥舟は、ジブリアニメにでも出てきそうな夢のある作品です。高過庵は、文字通り高過ぎる木の上に作られたツリーハウス的な茶室なのですが、この日はメンテナンス工事中のためブルーシートに覆われ、残念ながら雄姿を眺めることができませんでした。いずれもプリミティブでアミニズム的色彩の強い建築物で、一見の価値があります。茅野駅に戻ってから、寒天蔵を見るために、駅の南方面にある宮川地区を散策しました。茅野周辺は、江戸中期から寒天作りが盛んに行われ、上川を渡った先には、古いまち並みの中に、宮川寒天蔵、イリイチ寒天蔵、増木寒天蔵、松木寒天蔵といった、計4棟の寒天蔵が点在しています。いずれも3、4階建ての大きなもので、岡谷市で繭蔵として使われていたものを、昭和初期にこの地へ移築して、寒天貯蔵庫として使用していたものです。板蔵という簡素な作りをしているため、大きな建物であっても移築が容易でした。群馬県では見ることのできないタイプの建築なので、興味深く鑑賞しました。

 さて、今回は、千代田町の上中森・下中森地区を訪れ、利根川とその周辺を散策しましょう。県道38号(足利千代田線)を大泉町方面から車で千代田町へと向かい、上中森交差点の角にある、食堂兼弁当販売店あじよし金ちゃんで弁当を買ってから、近くにある上中森公会堂に車を停めます。公会堂のすぐ南には八幡神社があり、正午近かったので、ここでさっそく弁当を食べて、ゴミを車内に収めてから、歩き始めます。八幡神社の境内はきれいに整えられており、社殿や狛犬は比較的新しいものですが、境内に点在する富士塚や石造物は古いものが多く、歴史を感じさせます。授楽寺を経て西へ進み、国道20号(足利邑楽行田線)に出て、左折して南へ向かいます。利根川の堤防の手前に邑楽揚水機場があり、堤防の坂を登りきると、利根川が現れます。川に沿って土堤が東西に走り、国道20号は武蔵大橋で対岸の埼玉県行田市へと続いていきます。この橋は、利根大堰の管理用道路であり、大堰の上を走っています。利根大堰は、東京都、埼玉県、群馬県の水需要に応えるため、1968年に竣工、取水開始をした堰で、長さは700メートル。西側、つまり堰き止められた上流側は、堤防いっぱいに水を満々と湛えており、時季によってはウインドサーフィンやジェットスキー等の水上スポーツを楽しむ様子を見ることができます。一方、東の下流側には、広大な河川敷が広がっています。対岸の行田市には堰の取水口や魚道観察室、水資源機構利根導水総合事業所などの施設があるので、武蔵大橋の歩道を歩いて対岸まで行こうとしたのですが、歩道も、その横の車道もとても狭く、大型トラックがひっきりなしにすぐ真横を通り過ぎていく様子に恐怖感を覚え、やむなく途中で断念して引き返してきました。竣工当時は現在のような交通量は想定していなかったのでしょう。

利根大堰

 利根川の土堤まで戻り、土堤の上を走る道をしばらく東方面へのんびり歩きます。土堤の南側は利根川の流れや河川敷が、北側には中森地区の緑の田んぼや住宅街が広がり、東と西は土堤の上の道が一直線に伸びていて、空がとても広く高く見えます。取材に訪れたのは9月下旬で、秋の風が頬に心地好く、快適な散策を楽しむことができます。左手にこんもりと茂る杉林が見えてくるので、土堤の道から逸れて足を運びます。杉林はかつての下中森村の鎮守長良神社で、社殿は部分的に古い箇所もありますが割と新しいもので、狛犬をはじめ石造物には古いものも見られます。現在では千代田町は閑静なまち並みが広がっていますが、かつては水害に悩まされ続け、記録に残る限りでも、江戸時代に利根川の氾濫が何度も発生し、明治43年の大洪水の際には、死者、行方不明者も出し、農地は大きな被害を受けました。神社仏閣の建築物が比較的新しいことには、このような事情があるのです。歴史的背景を知った上で散策をすると、目の前に広がる風景の捉え方も、自ずと違ってきます。なお、長良神社は水神信仰の神社で、明治期の神社合併前には邑楽郡を中心に44社(小祠も加えると50社超)あり、現在も多く残っています。

 長良神社からは、住宅街の中の道を進みます。寶珠寺を経て、県道368号(上中森川俣停車場線)に出ると、県道368号に並行して歩道と邑楽用水が走っているので、歩道を西に向かいます。邑楽用水は、利根大堰の行田市側で取水し、武蔵用水、見沼代用水、埼玉用水、葛西用水が埼玉県や東京都の利水に供されるのに対して、利根大堰上流の河床の下を鋼管によって導水し、前述の邑楽揚水機場を起点として、千代田町、明和町、板倉町を経て、埼玉県北川辺町で終点を迎える、約16.6キロメートルの灌漑用水です。下流から上流に遡るように、邑楽用水の横の歩道を進むと、上中森の交差点のところで、利根加用水と邑楽用水の合流地点が現れます。利根加用水の歴史は古く、当初は休泊川、江戸後期からは利根川からも取水するようになり、1997年には千代田町瀬戸井の利根加揚水機場で取水されるようになりました。これらの用水を見ていると、農業や灌漑のために苦闘してきた先人たちの姿を実感することができます。間もなく邑楽用水から離れ、車を停めた上中森公会堂に戻りました。

邑楽用水

文/企画課 新井基之

●今回ご紹介したコース