群馬県信用保証協会

花輪・小夜戸地区の道

折々の散歩道

農山村の豊かな文化と伝統に触れる

みどり市

 最近2回ほど東京の荻窪駅周辺を歩く機会がありました。荻窪といえば、井伏鱒二の『荻窪風土記』が思い出されますが、当然のことながら往時の風景は余り残っていません。しかし、40年前にオープンしたジャズバー「梵天」を居抜きで引き継ぎリノベーションしたブックカフェ「6次元」や、駅前の古いビルの屋上にあるバッティングセンター、数件ある古本屋や中古レコードショップなど、個性的な店に遭遇し、かつて井伏鱒二や太宰治、与謝野晶子等の文士が住んだ文化的伝統が、今も荻窪に息づいているのを感じ取れました。

 さて、今回は、みどり市を訪れ、わたらせ渓谷鐡道の花輪駅から小中駅の間を散策することにしましょう。渡良瀬川、わたらせ渓谷鐡道に沿うように伸びる国道122号を足尾方面へ車を走らせ、花輪駅の駐車場に車を停めて、歩き始めます。線路に沿って東へ少し向かい、線路を渡ると、保育園の裏手に旧花輪小学校記念館があります。旧花輪小学校は、明治6年5月に開校し、平成13年3月に統廃合により閉校となりました。木造2階建ての大きな校舎は、昭和6年に竣工したもので、昔懐かしい佇まいの往時の学校建築の姿を今に伝え、国の登録有形文化財となっています。建物は現在展示施設となり、土・日曜日のみ開館しています。かつての校庭には、大正5年建立の花崗岩製の門柱や、同校の卒業生で校舎建築費を寄付した日本鋼管創立者今泉嘉一郎の伊東忠太設計による胸像、同じく卒業生で「兎と亀」「花咲爺」「金太郎」等を作詞した童謡詩人石原和三郎の顕彰碑が建っています。かつては正面から校舎の全容が見渡せたのですが、現在は保育園が真ん前に建っていて、視界を遮っているのが残念です。記念館の裏側には、渡り廊下でつながったコンクリート造りの旧校舎も残されていて、東側には、鎮守である三島神社のほか、みどり市役所東支所、東公民館、花輪地区体育館が並んでいます。西のほうへしばらく歩いていくと、右側に二本の石柱が立っていて、その間を抜けて奥へと進んでいくと、藤滝不動尊の社殿が現れます。周囲は樹々に覆われて薄暗く、頭上を国道122号が走っています。社殿の先にある階段を進むと、手摺りに、鉄板を切り抜いて作られた足や手や全身像がたくさん吊り下げられています。自分の悪い箇所を奉納するようですが、他に類を見ない風習です。階段の先には落差7メートルほどの藤滝があり、脇に不動尊が立っています。

旧花輪小学校記念館

 花輪駅まで戻り、買っておいた弁当を待合室で食べ、駅前から東のほうへ伸びる県道345号(花輪水沼線)を進みます。昭和時代の雰囲気を色濃く残す商店街が続いていて、映画やテレビのロケで使えそうな風景がそこかしこに残っています。路傍に、江戸時代後期の戯作者十字亭三九(2代十返舎一九)として知られる「糸井鳳助の生家」と刻まれた石碑と、「童謡の父石原和三郎の生誕地」と刻まれた石碑が立っています。江戸から明治にかけてこの山間の地が文化的に非常に成熟していたことに驚かされます。線路を渡り、坂を登っていくと、眼下に線路と渡良瀬川に架かる東瀬橋が見え、ちょうど深い小豆色に塗られた1両編成の電車が通り過ぎました。雨天の中傘を差しながら歩いていたのですが、雨に煙る風景はえも言われぬ詩情があります。農地に住宅が点在する静かな道をしばらく進むと、中野駅が現れます。まことに素っ気ない作りの無人駅を過ぎ、すぐ先を流れる渡良瀬川に架かる東橋を渡ります。東橋は最近架け替えたらしく、古い吊橋のコンクリート製の塔柱がモニュメンタルな佇まいで残っています。再び農地の中に住宅が点在する道を進み、案内板に沿って右側へ向かうと、杉の樹々に囲まれた稲荷神社があります。寛永3年(1791)に建立された社殿は、覆屋で保護されていて、見事な彫刻が施されていることから市指定重要文化財となっています。すぐ先の十字路には、右手前に大きな3機のパラボラアンテナを備えたNTTドコモの未来的な衛星通信所が、右奥に懐かしい火の見櫓が、左手前に今は使われなくなった養蚕飼育所が、不思議な対比を見せています。長寿寺を経由して、木造の大きな農家建築や土蔵がそこかしこに残っている静かな農山村の道を進むと、やがて右側に、立派な石垣の上に建つ豊郷神社が現れます。男根を象った自然石と裂け目を女陰に見立てた御神木の杉があり、多産豊穣を祈ったかつての素朴な村人たちの様子が垣間見えます。

 そこからしばらくは人家が途絶え、農地と林の中の道を進みます。路傍には、石造五重塔や多層式宝篋印塔をはじめさまざまな石造物が佇んでいます。やがて視界が開け、左折して北へ向かうと渡良瀬川が現れ、松島橋を渡って対岸の国道122号を西へ進みます。小中川の手前にある小中の信号を左折すると、無人駅の小中駅があります。ここから電車で車を停めた花輪駅まで戻るつもりだったのですが、本数が少ないため40分ほど待つことになり、周辺を散策することにします。駅から東へ向かうと旧杲(ひので)小学校があります。明治7年に開校し平成13年に閉校となり、昭和9年竣工の木造2階建て校舎と、昭和34年竣工のモルタル2階建て校舎が、渡り廊下でつながって残っています。現在は使われないままになっていますが、木造校舎は、散策の最初に鑑賞した旧花輪小学校と、竣工の時期や佇まいがよく似ており、こちらも文化的な遺産として保存と活用が望まれます。駅から細い道を渡良瀬川のほうへ進むと、歩行者専用の吊り橋である下松島橋があります。対岸まで渡ってまた戻り、電車の時間が近づいてきたので、小さな待合室で雨をしのいで待ちます。乗客は1人、降客は数人いました。1両編成の電車は、後乗り前降りというルールで、女性の車掌さんに行き先を告げて切符を買います。車掌さんは「わ鐡グッズ」の売り子も兼ねており、興味を持った若者に一生懸命商品の説明をしています。ゆっくり進む鉄路に揺られつつ、雨に煙る風景を窓から眺め、たった2駅区間、数分間の乗車では物足りないと思いながら、花輪駅に到着しました。

わたらせ渓谷鐡道

文/企画課 新井基之

●今回ご紹介したコース