群馬県信用保証協会

石打・藤川地区の道

折々の散歩道

古墳と社寺が密集したまち

邑楽町

 埼玉県飯能市の知人がオープンしたカフェに足を運ぶついでに、飯能のまち歩きを楽しんできました。西武池袋線飯能駅の駅前は繁華街になっていますが、その周辺には住宅街が広がっています。比較的新しい家が多いのは、池袋駅まで特急で42分という交通アクセスの良さから、東京圏のベッドタウンとなっていることを裏付けています。銀座通りや中央通り、大通り等には、新旧の個人商店が並んでいて、店蔵絹甚、飯能織物協同組合事務所等の歴史的な建物もあります。少し足を伸ばすと、バーベキューなどを楽しめる広い河原を持つ名栗川(入間川)や、天覧山、多峯主山、龍崖山等の里山があることから、ハイキングウェアに身を包んだ人を多く見かけました。まちなかで興味深かったのは、規則正しく縦と横に走っている道ばかりでなく、斜めの道も多くあることで、必然的に三角の地形に建てられた三角形の建物を多く見ることができました。いずれも、難しい地形のため工夫を凝らして建てたことが伝わってくる味のある建物ばかりです。また、味噌付けまんじゅうという、群馬の焼きまんじゅうに似た地元グルメも見つけました。あん入りの酒まんじゅうに、みたらし団子のたれに良く似たたれを塗り、焼いて供されるもので、焼きまんじゅうと何らかの関連性があるのではないかと、興味がわきました。飯能は比較的小さなまちですが、いろいろな要素を楽しむことができる、楽しいまちでした。

 さて、今回は、邑楽郡邑楽町に足を運び、石打地区、藤川地区を散策することにしましょう。松本公園の駐車場に車を停め、歩き始めます。松本公園は、忠霊塔のある広場、野球場、遊具のあるスペース、赤松を中心とした平地林等で構成されています。11月下旬に訪れたのですが、忠霊塔の周辺に植えられたイチョウの木が落葉し、広場は一面黄色く染まっていました。忠霊塔は、直径25メートル、高さ3メートルの円墳である松本9号墳の墳上部に立っています。この周辺には、東西約1,000メートル、南北約300メートルにわたり、20基余りの古墳が残っていて(かつては約40基存在していました)、これらは松本古墳群と名付けられています。古墳時代後期の6世紀から7世紀初頭にかけて築造されたもので、現存するものはすべて円墳です。松本公園には、9号から13号までの古墳があり、12号と13号は案内柱が立っていますが、9号以外はとても低く、藪で覆われているため、どこにどんな古墳があるか分かりづらい状況です。

 公園を出て、東に向かって歩を進めます。公園の南側の林の中にも幾つか古墳があるのですが、藪が深くて確認するのは難しくなっています。県道152号(赤岩足利線)を経て、高正寺に向かいます。高正寺は、弘治2年(1556)に開基し、現在の本堂は昭和49年に竣工しました。高正寺の北側の住宅地の一角に、ひっそりと藤川古墳(松本24号墳)があります。直径14メートル、高さ2メートルで、八幡宮が祀られています。Uターンをして西へと向い、県道152号にぶつかると、JA邑楽館林高島支所が現れます。モルタル造りと思われる大きな古い倉庫は、なかなか貫禄があります。高島小学校の南側の道を通り、ふるさと公園で、コンビニで買っておいたお昼ご飯を食べました。藤川用水に沿って西に進み、松本公園の西側にある松本稲荷神社に向かいます。この神社は、松本8号墳の墳頂部に建っていて、古墳の直径は26メートル、高さ2メートル、見晴らしのよい広い境内に、社殿と古墳は美しいシルエットを見せています。西へ少し進むと、慶徳寺が現れます。天正元年(1573)開基と伝わっていて、同時期に建立された山門は、現存する邑楽町最古の建造物で、紅く塗られた壮健な佇まいは見事です。近くに松本7号墳があるようなのですが、見つけることができませんでした。慶徳寺の西にある石打児童公園を通り過ぎると、光明寺があります。かつては境内に松本5号墳があったのですが、現在は取り壊されているようです。

慶徳寺山門

 北に向かって進むと、松本3号墳、4号墳が並んであります(ふたつの円墳ではなく、前方後円墳という説もあります)。3号墳は、直径60メートル、高さ6メートルと、松本古墳群の中では最大級の規模を持ち、墳頂部には八王子神社が建っています。神社の由緒は不明ですが、江戸時代の石燈籠があり、戦前には縁日になると相撲大会が行われ、多くの人で賑わいました。4号墳は、直径15メートル、高さ2.5メートルで、藪で覆われています。西へ進むと、東武運輸の大きな倉庫が現れます。かつてこの近辺には、南北朝時代に築城された石打城があったとされていますが、現在では遺構はほとんど残っていません。倉庫の反対側には、松本2号墳があります。直径30メートル、高さ5メートルで、墳頂部には小さな稲荷社があることから、椿稲荷古墳と称されていますが、藪に覆われて稲荷社を見つけることはできませんでした。南へと向かうと、石打交差点で国道122号にぶつかり、東側には、松本1号墳の墳頂部に、菅原神社が建っています。1号墳は、直径30メートル、高さ2.5メートルで、高台の上の朱塗りの鳥居と個性的な社殿は、国道122号を通るたびに目を引かれていました。狛犬や石造物が点在する境内は、味わいのある風情があります。国道122号を西に向かうと、国道に面して小さな雷電神社があり、南に向かって細い道を進むと、質朴な佇まいの八坂神社が現れ、この近辺の神社の多さに驚かされます。住宅と農地が混在する静かな道を南に進み、明言寺を目指します。ここは通称石打こぶ観音と言い、開創は元久元年(1204)、「こぶ」の意味は「子生」と「瘤」のふたつあり、子宝、安産、子育ての祈願や、不要なものを取り除く願掛けで知られています。大きな駐車場と、懐かしい佇まいをした売店の様子に、昔からの庶民の信仰を感じ取ることができます。静かな道を北に進み、松本公園の駐車場まで戻りました。

菅原神社

文/企画課 新井基之

●今回ご紹介したコース