群馬県信用保証協会

尾島町・阿久津町・岩松町・亀岡町の道

折々の散歩道

そぼ降る雨の中歴史へと心を遊ばせる

太田市

 先日、東京の阿佐ヶ谷駅界隈を散策してきました。東京を歩いていつも思うことは、商店街の元気のよさ。パールセンター商店街は、全長約700メートルにも及ぶ長いアーケード街で、約240店舗が立ち並び、空き店舗はほとんど見当たらず、行き交う人が溢れ、活気に満ちています。まるで郊外型大規模ショッピングモールにいるような気分になってきますが、時間軸からいくと、ショッピングモールのほうがアーケード街を模倣したのです。小説家・詩人として有名なねじめ正一さんが経営するねじめ民芸店を見つけたので、中に入り、掌に収まるほど小さな鳥の形をした木製の笛を買いました。パールセンター商店街ほかにも、すずらん通り商店街や、スターロード商店街、阿佐ヶ谷アニメストリート、名もない小さな路地など、地図を持たずにあてずっぽうに歩き回りました。きらびやかで隙がないパールセンター商店街も楽しいのですが、少し古びていて隙のある周辺部をぶらぶら歩くのも、楽しいものです。地域猫を見つけて写真を撮ったり、つり掘りを見つけて驚いたり、阿佐ヶ谷の魅力を堪能しました。

 さて、今回は、太田市を訪れ、旧尾島町の中心部を散策しましょう。尾島公園の駐車場に車を停め、歩き始めます。尾島公園の北側にはかつての尾島町役場であった太田市尾島行政センターがあり、生涯学習センター、尾島図書館が併設されています。尾島行政センターの西側には、県内でも勇壮な祭りとして知られる尾島ねぷた祭りで活躍する、ねぷたの保管庫があります。県道311号(新田上江田尾島線)を北に進むと、間もなく県道142号(綿貫篠塚線)にぶつかります。この道路は旧国道354号で、東毛広域幹線道路が開通し新たに国道354号ができたことから、平成26年10月に国道解除となるとともに、県道142号に指定され、東国文化歴史街道の名でも知られています。県道142号を東に進むと、すぐに北側に哀愍寺の参道が現れます。哀愍寺は、霊譽玉念上人により元亀年間(1570‐1573)に開山されました。霊譽玉念上人は、織田信長の命により天正7年(1579)に安土城下の浄厳院で行われた、浄土宗と日蓮宗間の論議の場である安土宗論の際に、浄土宗の代表として浄土宗を勝利に導いた名僧です。元禄元年(1558)には桐生市にも哀愍寺を建立しています(後に淨運寺と改名)。本堂は、天保4年(1833)に焼失後再建されたものですが、鐘楼門は、寺伝によると約300年前の建立とされています。県道142号を東に進みます。道の両側には、昭和レトロな佇まいの商店や飲食店が立ち並んでいます。尾島一丁目の信号の少し手前に、立派な木造の商家建築があり、その横の細い道を北に向かうと、商家を囲う古い煉瓦塀が残されていて、近代遺産ともいえる格を備えています。その先に、雷電神社が現れます。由緒は不明ですが、雷除けの神を祀っていて、本殿は寛政10年(1798)に建築されたものです。

 県道275号(由良深谷線)を超えて、県道142号を更に進むと、稲荷神社が現れます。本殿は天保12年(1841)建築で、比較的狭い境内に、多くの石造物が立ち並び、江戸初期から伝わる阿久津の獅子舞は、毎年11月に稲荷神社等で奉納され、太田市重要無形文化財になっています。東隣には、新四国88ヵ所霊場の第1番札所である正光寺があります。寛平年間(889‐898)に創建、本堂は文久2年(1862)に建築され、花輪の名工石原常八知信による彫物は、見応えがあります。新四国88ヵ所霊場は、江戸末期に当地の豪商白石栄左衛門が制定したもので、寺の向かい側には、白石氏の往時の屋敷が、現在も威容を誇っています。県道142号を東に向かい、かつみ食堂で昼ご飯を食べてから、再び歩き始めます。曇り空から雨が降り始め、傘を差しながらの散策になります。やがて新四国88ヵ所霊場の第2番札所、金剛寺が現れます。岩松直國の開基と伝えられ、公民館も兼ねた本堂は、お寺らしく見えませんが、境内には地蔵堂が建っています。金剛寺から北に向かい、農地の中の未舗装の道を行くと、右手にぽつんと義国神社が現れます。平安時代の武将源義国を祀っています。都にいた義国は、事件を起こした家来の責任を取り、関東に下向したのちに出家して、荒加賀入道を名乗り、久寿2年(1155)に没しました。

青蓮寺山門

 義国神社から農地の中の道を西に向かうと、青蓮寺が現れます。岩松山義国院とも称し、源義国の開基とされ、かつて別の場所にありました。江戸時代初期に村人たちにより、この地に移されましたが、ここはかつて、源義国の住居跡であり、文亀年間(1501‐1503)には、金山城主岩松尚純が閑居し、連歌に励み風流の道に暮らした場所でもあります。境内の横には小さな公園があり、雨に濡れた紫陽花が美しく咲いています。北に向かってしばらく歩くと、石田川にぶつかるので、川の土手の上を走る快適な遊歩道を、西へと歩を進めます。県道275号を超え、更に遊歩道を進むと、正喜院が現れます。新四国88ヵ所霊場の第86番札所で、門も塀もない小さな境内は荒れていて、二本立っている松が特徴的です。南に向かうと諏訪神社(旧下諏訪明神)が現れます。明暦2年(1656)創建、本殿は18世紀中期の建造と推察され、境内はさほど広くないのですが、太田市指定保存樹木である、幹周3.3メートル、樹高25メートルの銀杏をはじめ、樹々に覆われた様子は、旧村社らしい風格があります。県道311号を南に進み、尾島の信号で県道142号にぶつかるので、西に向かいます。間もなく右側に須賀神社が現れます。尾島祇園祭りはこの神社の祭りで、大きな屋台が引き廻されましたが、現在は境内の屋台蔵に分解され収容されています。更に西に向かうと、亀岡神社が現れます。正應年間(1288‐1292)に諏訪両大社から勧請し、かつては諏訪神社(上諏訪明神)と名づけられていましたが、明治42年に当時の亀岡村内の神社を合祀した際に、現在の名前になりました。そぼ降る雨の中、尾島公園まで戻りました。

石田川沿いの道

文/保証統括部 新井基之

●今回ご紹介したコース