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平成25年11月7日(第8回)放送【1】

【プログラム】
●トップインタビュー:有限会社ハートマーケット 櫻井明社長
●群馬県信用保証協会からのお知らせ:創業チャレンジ資金について
●頑張る企業紹介コーナー:有限会社Rune
◎アナウンサー 奈良のりえ

プロローグ

司会

 朝夕の肌寒さが増してきて、ストールなど羽織るものが欲しくなり、私は今シーズンに入り新しいストールを購入しました。おしゃれを楽しむにはいい季節ですよね。皆さんはどんなふうにおしゃれを楽しんでいますか。ご案内役の奈良のりえです。
 さて、夢への挑戦をテーマに月1回お送りしているこの番組「チャレンジ・ザ・ドリーム」では、毎回大企業トップへのインタビューと特徴ある企業などの紹介を、およそ1時間にわたってお伝えしていますが、今回のトップインタビューは、前橋市に本社があるアパレル企業、有限会社ハートマーケットの櫻井明社長です。ハートマーケットは、服飾雑貨のセレクトショップを、北は宮城県から南は広島県まで、17都県で合わせて45店舗展開していて、国内外60ブランドの商品と、自社オリジナルブランド商品の企画販売を手掛けています。年々店舗数と売上を伸ばしていて、今年2月期の決算では、過去最高の売上高、86億円を計上。従業員数は220人にのぼります。そんなハートマーケットですが、スタートは前橋市内で始めた1軒の小さなお店でした。出店や事業拡大の経緯、仕事の中で大切にしてきたことなど、櫻井社長にたっぷりとお話を伺っていきます。また、後半では、コーヒー大福などの生クリーム大福で人気を博している伊勢崎市の有限会社Runeをご紹介します。

トップインタビュー

有限会社ハートマーケット 櫻井明社長

司会
「チャレンジ・ザ・ドリーム」、今日のトップインタビューは、アパレル企業ハートマーケットの櫻井明社長です。FMぐんまのスタジオにお越しいただきました。どうぞよろしくお願いいたします。
櫻井社長

よろしくお願いします。

司会
1963年生まれということで、櫻井社長、50歳でいらっしゃるんですね。
櫻井社長

そうです。50歳です。

司会
ペンダント、格好いいですね。それ、十字架。
櫻井社長
そうですね。クロスをしています。7〜8年前に出合って、速攻で買いました。2秒買いぐらいの感じで、いい出合いだったな、なんて思っています。

創業までの道のり

司会

今日はさまざまなお話を伺って、櫻井社長の魅力やサクセスストーリーなどをひも解いていけたらと思います。あらためまして、創業20周年、おめでとうございます。

櫻井社長
はい、ありがとうございます。
司会
あっという間の20年でしたか。
櫻井社長
いやあ、もう1年、1年はっきり覚えていますね。
司会
そうですか。やっぱり子どものころからファッションに興味があったり、服飾系の学校に通ったりしていたんですか。
櫻井社長
子どものころからファッションに興味がありました。小学校3年からなんです。もう大人しか着ないブランドを小学3年生が着ていたという、ちょっとへんてこりんな小学生でした。親があまり裕福ではないのに、洋服は欲しいものは何でも買ってもらって、小学校3年から洋服屋に通っていました。
司会
ええっ、地元のですか。
櫻井社長
いや、僕は安中なんですけど、高崎の駅前のお店に毎週のように通っていましたね。
司会
うわあ、学校では浮いていたでしょうね。
櫻井社長
めちゃ浮きだったと思います。
司会
ハートマーケットの設立が1993年、30歳のときということですか。
櫻井社長
そうですね。
司会
そうすると、その前はどんなお仕事に就かれていたんですか。
櫻井社長
高校生で卒業して、スポーツをやっていましたし、インターハイも行っているんです。
司会
そうなんです。陸上でしたよね。
櫻井社長
そうですね。陸上競技でインターハイも行っているので、大学、いろいろなところからオファーを頂いて、自分の母親に言ったら「お金がないから駄目だよ」と。それで先生にも「お金がないから大学行けない。だから就職します」と言って。じゃあどうしようかと。警察という一つの案があって、それで、次に挙がったのが日本国有鉄道。親に安心してもらいたいというのがそのころありまして、洋服屋になろうっていう気持ちももちろんあったんですけれども、親を安心させるというほうが先で、日本国有鉄道に頑張って入ったんです。
司会
ただ、国鉄にお勤めになっていても、やっぱり服飾に関係したいとか、そういった夢が諦められなかった自分もいたのではないですか。
櫻井社長
もう、入社して「これはちょっと違うぞ」と、すぐに思いました。自分で言うのも何ですけど、リーダーでやってこれたんです。小学校の運動会も団長とか、中学でもやっぱりいろいろなリーダーをやらせていただいて、高校でも部活でもリーダーをやらせていただいたり、いろいろなリーダーをやってきました。で、高校を卒業して就職をしました。そのときに、「あれっ、このままだと、いつかリーダーを下りなければいけないんじゃないか」なんて思ったんです。勉強もしないで、ずっとリーダーでやってきたんです。でも、これからは勉強をしないとリーダーではできない、自分のなりたいものになれないなというのを、就職のときにすごく感じましたね。それで、就職してから1年後ぐらいですかね、母親のほうに「辞めたい」と。もちろん、何千人も受けて、何百分の1だか、何千分の1だったんです、僕らのとき。
司会
難関を突破したんですね。
櫻井社長
だから母親に「おまえが入ったおかげで入れなかった人がいるんだよ」と、「そんな簡単に諦めてどうする」と。「わかった」と言って、あと3年勤めて、ちょうどJRに変わるときに希望退職をして、洋服屋になるというのを決めました。
司会
決めてからというのは、例えばそういったところに何か就職をし直したとか。
櫻井社長
そうですね。それで、さっき言った、小学生のときに毎日通っていた洋服屋に就職したんです。
司会
そうですか。
櫻井社長
そうなんです。洋服屋になった初めての日を今でも忘れないですね。憧れの仕事を1日やった後に、友達とご飯を食べにいったときに、ポケットに、たぶんご存じだと思うんですけど、ワイシャツのところにプラスチックでこういうふうにクリップがあるじゃないですか。あれがポケットにあったんです。「うわぁ、今日から洋服屋になったんだ」という実感を、すごくそのクリップを見て思った1日。いまだに、もうあれから30年か経つんだけど、忘れない1日の始まりだったですね。
司会
それがスタートだったわけですね。
櫻井社長
そうですね。
司会
その後、ご自分でお店を実際に始めたのは、何年後ぐらいになりますか。
櫻井社長
それから6ヶ月ぐらいだったかな(笑)。
司会
えっ、何年後でないわけですか。
櫻井社長
何年後でないんです。
司会
早い。
櫻井社長
就職したんですけど、またそこでもまたちょっと夢破れまして、自分でやろうと、富岡のほうにちっちゃなお店をオープンしました。
司会
それは洋服屋さん。
櫻井社長
洋服屋さんで。
司会
そうすると、創業のスタートというと、その富岡のお店ですか。
櫻井社長
そうですね。
司会
それがハートマーケットの前身になるんですか。
櫻井社長
前身っていうか、いい経験だったと思いますね。
司会
ということは、そこからまた何かがあり、途切れたということですか。
櫻井社長
そうです、途切れます。4ヶ月ぐらいで閉店します。
司会
ずいぶんと目まぐるしいですね。
櫻井社長
そう、目まぐるしいですね、はい。
司会
それはやはり業績の面で、ですか。
櫻井社長
そうですね。さっき言ったとおりに、18歳から、「これ、学んでないと、ちょっとやばいぞと。思いどおりいかないぞ」というところから学び始めました。そして、富岡にお店を出すときは、学んだ成果が出るとき。でも、それをやったときに、自分で満足いくまでの結果が出ないし、まだ準備が足りなかったことに気が付きます。オープンにかけての知恵だけでオープンしてしまった。その結果が、その後の楽しさをちょっと分からなかった。ここでまた振り出しに戻るというか、一回閉店して、普通にジーパン屋さんに勤めるようになりました。
司会
前橋市にあったジーパン屋さんですか。
櫻井社長
そうです。ジーンズショップカーターって、もう今はないんですけれども、そこに勤めさせてもらって。これまたいい出合いだったと思います。自由な社風で、いろいろなことをチャレンジさせてもらった。今のこの会社も、そこの社風にすごく似てます。いいとこ取りをしているということなんですけれども。
司会
ベースであり、では、そのカーターの精神を継いでいると言ってもいいかもしれないわけですね。
櫻井社長
そうですね。すごく学べたし、楽しい会社でした。あと、カジュアルっていうものとの出合いでしたね。それまで洋服大好きでしたけれども、ジーンズが主体ではなかった。このジーンズとの出合いっていうのが、かなり楽しい洋服の人生の、また始まりだったような気がします。それまではDCブランドで。
司会
ああ、ちょうどそうですよね。
櫻井社長
そういうのが、ブランドというのが全盛期で、ジーンズというのはまだまだ下火だったので、そこでのジーンズとの出合い、カジュアルとの出合いっていうのが、すごくよかったなって今、思います。
司会
そして、1993年に、いよいよハートマーケットを始めるわけなんですけれども、一度は失敗している自営業というものに、またチャレンジしてみようと思ったのはどうしてですか。
櫻井社長
バブルとともにこの会社はなくなっていくんですけれども、この自由を経験すると、ほかになんか勤められないような気がしました。
司会
ということは、もしカーターというお店がなくなっていなければ……。
櫻井社長
もうずっと勤めていたと思います。提案もしていましたね。今のハートマーケットのような、レディースの全国展開というのを、そのときの社長に。
司会
そんな矢先に、そのカーターが歴史の幕を閉じて、で、櫻井社長はご自身でそれを形にしたのが、ハートマーケットの始まりということだったんですね。
櫻井社長
そうですね。

チャレンジ・ザ・ドリーム目次



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