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平成25年12月5日(第9回)放送【1】

【プログラム】
●トップインタビュー:株式会社ホットランド 佐瀬守男社長
●全国信用保証協会連合会からのお知らせ:国の創業に係る施策と保証協会の取り組みについて 全国信用保証協会連合会 業務企画部企画課 山岸正典課長
◎アナウンサー 奈良のりえ

プロローグ

司会

 北風が冷たくなってきましたが、皆さん、いかがお過ごしでしょうか。ご案内役の奈良のりえです。寒さの中、暖かい食べ物が恋しい季節ですよね。家庭で食べるお鍋やシチューなどはもちろん、外出先で食べるちょっとしたあったかフード一つで、身も心もホットになることがありますよね。夢への挑戦をテーマに月1回お送りしているこの番組では、毎回大企業トップへのインタビューなどを、およそ1時間にわたってお伝えしていますが、今日のトップインタビューは、食べ物で人々にホッとした安らぎを提供したいという会社、株式会社ホットランドの佐瀬守男社長です。たこやき専門店「築地銀だこ」などをはじめ、たい焼店「銀のあん」や、焼き鳥屋、天ぷら専門店などのお店を、国内におよそ470店舗、そして海外にもおよそ30店舗展開するホットランドですが、出発点は桐生市内で始めた焼きそばなどを売るお店だったそうです。それがどのようにして事業を拡大し、海外展開するまでになったのか、たっぷりとお話を伺っていきます。

トップインタビュー

株式会社ホットランド 佐瀬守男社長

司会
「チャレンジ・ザ・ドリーム」、今日のトップインタビューは、たこ焼き専門店「築地銀だこ」などを展開する株式会社ホットランドの佐瀬守男社長です。FMぐんまのスタジオにお越しいただきました。どうぞよろしくお願いいたします。
佐瀬社長

よろしくお願いします。

司会
佐瀬社長は群馬県のご出身ですけれども、なかなかお忙しくて群馬に戻ることなんてないのではないですか。
佐瀬社長
いえいえ、土曜日は群馬の桐生にいるんですよ。土曜日の夜は家族でご飯を食べると、もうこれは決めたことなんで、どこにいても帰ってきます。

創業からたこ焼きまでの道のり

司会

1962年、昭和37年生まれで、現在51歳ですか。

佐瀬社長
はい。
司会
「築地銀だこ」というのが、ホットランドの中ではイメージとしてとても強いと思うんですね。ただ、スタートは、たこ焼きではなくて違う食べ物だったそうですね。
佐瀬社長
そうですね。最初は僕、25歳のときに、おふくろと2人で焼きそば屋さんを始めたんですよ。
司会
そのお店って、どんな感じだったんですか。
佐瀬社長
お金がなくて、家賃4万円で、後ろに渡良瀬川が流れていて、ちょっと行くと下水処理場があって、もう本当に人が歩いてない、車も通らないような場所だったんですよ。
司会
またどうしてそのような場所を?
佐瀬社長
なんにも知らなかったので、とにかくやりたいだけで。で、ラーメン屋さんの跡地だったので、お金もかからないし、2階が住まいだったんですね。だから住み込みで、そこで始めました。
司会
そうでしたか。
佐瀬社長
はい。
司会
最初からうまくいきましたか。
佐瀬社長
最初の売上が、なんと350円(笑)。
司会
オープン初日?
佐瀬社長
はい。近所の小学生の男の子が来ただけだったんですね。
司会
ずいぶんスタートとしては……。
佐瀬社長
厳しかったですね。
司会
ええ。でも、どうしてその焼きそば屋さんを、お母さまと一緒に始めようと思ったんですか。
佐瀬社長
僕、ファーストフードが大好きでして、当時、桐生にも、マクドナルドだったり、ミスタードーナツだったり、ケンタッキーだったりができて、もうその店に行くと、アメリカの窓のような、なんかアメリカが見えるような、そんな印象を受けたんですね。で、僕もそれをやりたいなって。でも、僕、日本人なので、何か和でできないだろうかと。で、和風のファーストフードで海外へ出たいって夢ができたんですね。で、おふくろが焼いた焼きそばがすごくうまくて、それをファーストフードにして店を出そうというのがきっかけですね。
司会
そんな夢を大きく持ってスタートをした焼きそば屋さんでしたが、最初はちょっと厳しかった。それがどのぐらい続いたんですか。
佐瀬社長
もうしばらく続いて、でもなかなかその家賃4万円が払えなくて、新聞配達をしたんですよ。でも、手書きでコピー用紙に「焼きそば300円配達します」って書いて、新聞に挟んで、自作自演で折り込み広告をやって。で、来るんですね、注文が。それで、「本当にこんな遠くまで持ってきていいの?」って、「合うの?」って。
司会
300円で。
佐瀬社長
300円を(笑)。「暇よりいいっすから」って、いつも言っていて。それがだんだん、だんだん宣伝になっていって、少しずつお客さんも来てくれて、で、一緒に働きたいって仲間もできてきて、そこからですね。
司会
というと、もう、そこからはだんだんその焼きそば屋さんは順調になっていった?
佐瀬社長
いや、そうでもないんですね。ここ、場所が悪すぎると思って、2号店目を初めて借金をして、桐生の駅前に店を出したんですよ。
司会
いい場所ですね。
佐瀬社長
はい。ところが売れなくて。毎日、夕飯は焼きそばを食ってました(笑)。
司会
それはどういうふうに打開をしていったんですか。
佐瀬社長
例えば館林のつつじが丘公園で催事をやらせていただいて、焼きそばを売ったりとかしていたんですね。
司会
はあ。そんな必死な状態というのが、どのぐらい続いたんですか。
佐瀬社長
2年、3年続きましたね。そうすると、やっぱり僕は夢だけで頑張ってられましたけど、やっぱり周りの仲間も生活があるので、やっぱりだんだん不安になっていっていましたよね。僕はそのとき初めて、「ああ、責任がある」って思い始めたんですね。
司会
なるほど。で、商売を始められてから4年後の1991年に、株式会社としてホットランドを設立したそうですね。
佐瀬社長
はい。
司会
これは、やはりそういった責任感からですか。
佐瀬社長
いや、まあそれもありますけど、焼きそば屋でソフトクリームを売ったんですね。そうしたら、このソフトクリームがすごく売れまして。これを何とかもっとビッグビジネスにしたいと思って、アイスまんじゅうをつくったんですよ。
司会
アイスまんじゅう?
佐瀬社長
当時、僕はアパートの6畳間に住んでいたんですけど、そこを改装して、アイスクリーム製造業の許可を頂きまして、湯飲み茶わんを500個買って、アイスまんじゅうをつくったんですね、夜。で、これを中華街で売ったんです。そしたら、めちゃくちゃ売れて。持っていくと、5分で売れちゃうんですよ。
司会
すごい、でも、行くまでに時間がかかりますね。
佐瀬社長
6時間。で、また「早く持って来い」って言われて、6時間かけて戻って。寝られないんですね。
司会
ですよね。体調は大丈夫でしたか。
佐瀬社長
いや、耳から、あるとき血が出始めたんですよ。
司会
耳から?
佐瀬社長
ええ。中耳炎だったんだと思うんですけど、ずっともうそんな生活なので、ほっといたら、バーって血が出て。そんな生活をしていたときに、僕にはお兄ちゃんがいて、「守男は売るのがうまい」と。「俺は鉄工所だから、つくるのができる」と。「一緒に会社をつくろうぜ」と。「アイスをいっぱいつくって、全国売ろうよ」みたいな。それでつくったのが、実はホットランドという株式会社だったんですね。最初のスタートはそこだったんですよ。今度は大きな借金をして、アイスの機械を、ちゃんと自動機を入れて、バンバン、バンバン、アイスができるわけですよ。もう日本中の観光地に卸しまくったりとかしていったんですね。中華街の中でも20軒、30軒、卸したりして。ところがね、売れなくなっちゃったんですよ。
司会
え?
佐瀬社長
で、これはアイスまんじゅうって商品が難しいからかなと思って、昔ながらのアイスキャンディーをつくったんです。で、これをコンビニのケースとかに入れてもらったんですけど、やはり売れなくて、在庫がまた残っちゃって、もう借金返せないような状態になっちゃって、どうしようと。で、苦し紛れに自転車を買いまして、茶箱をいただきまして、その中にアイスを入れて、銀座のホコ天へ行って、「チリン、チリン、アイスキャンディー、いかがですか」って言って売り歩いていたんですよ、僕。
司会
いかがでしたか。
佐瀬社長
めちゃくちゃ売れたんですよ。
司会
おおー、やっぱり佐瀬社長、売るのがうまいんですね(笑)。
佐瀬社長
そして、もう「これだ」と思って、アルバイトのメンバーを50人ぐらい集めて、みんなで「加トちゃんペ」の格好をして、銀座のホコ天中で売り歩って。もうひと夏で1億円ぐらい、たぶん売ったんじゃないですかね。
司会
ひと夏1億円、はあ。
佐瀬社長
ええ。これでやっと何とかなるななんて思っていたら、秋になり、そして冬になると寒くて、呼べど叫べど見向きもされない。また売れなくなっちゃって。
司会
へえ、結構浮き沈みがありますね。そんな中で、今度、冬は、ではどういうふうにしようと?
佐瀬社長
冬は、最初は水上とか、その先の湯沢へ行って、「湯上りアイスキャンディー、いかがですか」とかって売ってたんです。でも、大したことなくて。一つだけわかったことがあって、当時、関越道路を使って、みんな新潟方面にスキーに行くと。帰りのサービスエリアとかで大渋滞になると。ここで何か商売をしたいなと思って。でも、もうお金もないし、アイスキャンディー売れないし、知恵もないし、どうしようかと思って、ふとね、畑を見たんですね。そしたらジャガイモがいっぱいあったんですよ。これだと。これしかないと思って。で、じゃがバターを売りたいと、高速道路にお願いをして、テントを張らせていただいて、で、サービスエリアでじゃがバターを売ったんです。めちゃくちゃ売れまして(笑)。土曜日、日曜日は、本当に100万円、200万円売るんですよ。
司会
すごい。
佐瀬社長
でもね、なんか帰りのトラックの中で、空しい気持ちっていうか、せつない気持ちにちょっとなったんですね。
司会
それはどうしてですか。
佐瀬社長
名のないテントで、本当に売りたいかどうかわからないじゃがバターを売る。僕らはホットランドという社名なんですね。この殺伐とした時代の中に、ホッとした場所とか、ホッとした商品を供給したいっていう思いがホットランドにはあるんですね。その社名を使えない、その寂しさだったんですね。

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