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平成26年2月6日(第11回)放送【5】

【プログラム】
●トップインタビュー:富士食品工業株式会社 高橋直二社長
●群馬県信用保証協会からのお知らせ 創業応援チームと創業計画サポートガイドについて
●頑張る企業紹介コーナー 株式会社カネトモ


頑張る企業紹介コーナー

株式会社カネトモ

 「チャレンジ・ザ・ドリーム〜群馬の明日をひらく〜」、後半は、企業への訪問インタビューです。今日ご紹介するのは、カーテンや衣料品などの製造・販売を行っている桐生市の株式会社カネトモです。カネトモは、先祖の代から織物のまち、桐生で織物を手掛けていて、戦後10年あまりたった1956年に株式会社を設立しました。当初は織物、つまり一次製品のメーカーとして誕生しましたが、時代の変化に合わせて業態を変え、現在はカーテンなどのインテリア関連商品や、インナーウエアなどの衣料品といった二次製品のメーカーとなっています。岩手県に関連会社を持ち、ベトナムにも進出しています。事業の変遷の様子などについて、金子豊社長にお話を伺ってきました。

 
司会

私は今、桐生市相生町の株式会社カネトモに来ています。金子社長、どうぞよろしくお願いします。

金子社長
よろしくお願いします。
司会
大きな工場ですね。相生駅の近くにこんなに大きな工場があったんですねえ。
金子社長
はい、約1万坪ございまして、ここではオーダーカーテンを生産しています。
司会
お話を詳しく伺う前に、少し工場の様子を見学させていただいてもよろしいでしょうか。
金子社長
はい、どうぞ。
司会
工程は、まずどこからスタートになりますか。
金子社長
裁断からスタートします。
司会
では、裁断している場所を見せていただきます。裁断ということで、大きな生地を今、ちょうどカットしているところですけれども、こう、見渡す限り、本当に生地がたくさんあります。社長、どのぐらいあるんですか。
金子社長
トータルでは千反ほどございまして、柄数とすると、500柄ぐらいになっています。
司会
もともとは織物の生産という形でスタートしておりますけれども、現在は織物の生産はなさっていないんですか。
金子社長
12年前に生地の生産から撤退しまして、現在は全ての生地は外から買っているという形になっています。
司会
さて、こちらは今、ミシンを使って縫製が行われているんですけれども、カーテン専用のものと言ったらいいんですか。
金子社長
ええ、これ、移動クランプと申しまして、扱っている生地がどうしても長いものですから、蛇行しないように、機械で補助してやるという仕組みですね。
司会
通常ですと、布を自分で動かしてミシンを使っておりますけれども、カーテンの生地が長いので、レールで送っているわけですね。
金子社長
はい、そうです。それによって、品質を一定のものにさせるということを狙っています。
司会
別の部屋に移ってきました。こちらではカーテンを吊るして何かをしていますが、金子社長、これはどういった作業をしているところですか。
金子社長
カーテンを吊り下げたときに、きれいなドレープが出るような形にするために、生地の裾を折り返しをして、そこに熱を加えることによって、形状が記憶されるという仕組みになっています。
司会

なるほど。こうしてでき上がったものが、今、目の前にあるんですけれども、真っ直ぐだったカーテンが、熱を加えることによって、皆さんがよく見ている、きれいなカーテンのひだになっているんですね。

司会
ここからは事務所に移動してお話を伺っていきます。あらためまして金子社長、よろしくお願いいたします。
金子社長
よろしくお願いします。
司会
失礼ですが、金子社長は、今、お幾つですか。
金子社長
54歳です。1959年、昭和34年生まれです。
司会
スラッとしていて、スポーツを何かされているんですか。
金子社長
週末、ロードバイクって自転車に必ず乗るようにしています。
司会
どのぐらいの距離を乗っています?
金子社長
50キロとか、まあ、100キロとか、そのくらいは走ります。
司会
ところで、カネトモの株式会社設立は1956年(昭和31年)ということですので、このとき金子社長はまだ生まれていなかったんですよね。
金子社長
はい、設立当初は、祖父が56歳でそのときの代表者で、父が28歳のときというふうに聞いています。
司会
会社名が片仮名4文字で「カネトモ」ですけれども、この会社名の由来というのはどんなところからでしょうか。
金子社長
はい、創業者である私の祖父の名前が金子友三郎と申しまして、金子のカネと友三郎のトモを合わせてカネトモという社名になりました。
司会
子どものころに見た会社の様子というのは覚えています?
金子社長
織物メーカーでしたので、横糸を引っ張ってくるシャトルという機械、装置があって、そのシャトルが行き交うたびに、カシャン、カシャンという音が鳴るわけですけれども、その音を非常によく鮮明に覚えています。
司会
家業に就かれたのは何歳のときですか。
金子社長
私は24歳のときに会社に入りました。
司会
当時の会社の様子っていうのは、どんな感じでした?
金子社長
織物、あるいはニット、そういった素材を扱う部門がやはり60%以上ありましたので、素材メーカーという形でした。
司会
織物の製造から衣料品などの製造への移り変わりなんですけれども、これはいつごろから始まったんですか。
金子社長
1985年、日米間プラザ合意というのが、円高ドル安っていう形の双方で合意されたわけです。そこから日本の繊維産業というのは輸出競争力というのはなくなって、日本国内の内需が拡大していったというところですね。
司会
このころのことなどは社長、何か覚えていたり、印象に残っていることはありますか。
金子社長
それまで生産者からエンドユーザーまでの間に、たくさん流通経路があったわけですけれども、そのころから生産者と小売店が徐々に近くなるような形で流通が変わってきたというところであります。ですから、我々も国内で生産をする限りは完成品、二次製品をつくって、それを直接小売店さんなりに販売していくという形に徐々に切り替わっていったということだと思います。
司会
そういった中、1997年には縫製を担当する関連会社を岩手県に設立されましたよね。
金子社長

そこでは、女性の下着を中心に今、生産しておるわけですけれども、高い商品ですので、非常に高い品質も要求をされます。で、そういうことに応えていかなくちゃならない。それと、やはり協力工場ですと、なかなかこちらの都合でその生産ラインを変更するということはできないわけですので、100パーセント自社の工場で、お客さんの要求に応える形で生産内容を対応させていただいております。

司会
それからインターネットを利用したカーテンの通信販売も行っていますけれども、やはり流通環境の変化というのは、事業にも影響がありましたか。
金子社長
お客さまは、ネット通販をはじめとする、そういった購入がどんどん増えていると肌で感じます。特に定番的な、積んどいても売れるような商品は、ますますそういった傾向が顕著になるんだというふうに思っています。
司会
こういった時代の変化についていけたのは、カネトモのどんな要因があったからというふうに社長はお考えですか。
金子社長
一つは、過去で言えば、織物、あるいはニット、アパレル、ランジェリーとかいうような形で、アイテムごとに事業部制というスタイルをつくってあるわけですが、それぞれの事業部の責任者が、そこの採算を見ていくということの中で、伸びるところはどんどん伸ばしていくというような形の経営手法を取っていたということが一つあるかなと。で、それに伴って、やはり繊維業界も、かつての基幹産業でありましたから、人材もたくさんいたということで、現在に至っているんだろうというふうに思います。
司会
ところで社長は、カネトモの何代目になりますか。
金子社長
社長としては6人目の社長になります。
司会
あ、おじいさまと、お父さまがおられて、社長、そのほかにも、ほかの方が社長をなさっていた時期があったわけですね。
金子社長
はい、そうです。
司会
時代の変化にうまくカネトモが乗っていったというところの一因というのは、そういったところにもあるんでしょうか。
金子社長
やはり社員の人のやる気というか、能力を発揮する上では、経営と資本と、きっちり分離するということが創業者からの考え方なわけで、その時期、時期に応じて、そういうリードをする人たちが生まれてきていたんだろうというふうに思います。
司会
気になる今後の展開ですが、続いては、どのようなことをお考えですか。
金子社長
こういう先が見えない難しい状況にあるので、やっぱり基本に帰るということが大切だというふうに常々思っていまして、当社は企業理念というのがございまして、お客さまの満足いく快適な暮らしづくりに対してお手伝いをさせてもらうということで、豊かな社会の実現に貢献していきたいということが企業目的としてあります。それに沿った形で経営をやっていくということを、もう一度あらためて考えているところです。で、キーポイントとすると、マーケット自体は縮小傾向にあるわけなので、やっぱり規模を求めない。拡大するっていうよりは、ある程度一定の規模を確立して、その中で付加価値をどんどん、どんどん高めていくというような形でやっていければというふうに思っています。
司会
具体的には、今後どういう取組に力を入れていきたいというのがありますか。
金子社長
カーテンを扱う中でも、付加価値の高いオーダーカーテン、そこをもう少し充実をさせて、直接エンドユーザーに対するアプローチをもっと拡大したいというふうに思っています。エリアをある程度限定して、その中でお客さまのところに採寸を出向かせていただいたり、あるいは、できたカーテンを取り付けさせてもらったりというところの施工ルート、新築物件、あるいは掛け替え需要もひっくるめた施工ルートというのを拡大したいというふうに思っています。エンドユーザーに対してメーカーが直接アプローチさせていただくということの中で、かなり双方にメリットがあるんじゃないかというふうに考えています。
司会
はい。今までは顔が見えなかった。けれども、直接お話を聞いて、例えばオーダーカーテンとかをつくっていただくことができるわけですね。
金子社長
そうですね。
司会
今後のご活躍を期待しております。
金子社長
はい、ありがとうございます。
司会
カネトモの金子豊社長にお話を伺いました。金子社長、ありがとうございました。
金子社長
どうもありがとうございました。


エピローグ

 夢への挑戦をテーマに、明日へ向かって走っている人を応援する番組「チャレンジ・ザ・ドリーム」。今日は、番組前半は、モヤシ生産の大手で、近年はカット野菜でも躍進している板倉町の会社、富士食品工業株式会社の高橋直二社長へのトップインタビュー。そして後半は、カーテンや衣料品などの製造・販売を行っている桐生市の株式会社カネトモへの訪問インタビューをお送りしました。トップインタビューの模様は、ポッドキャスト配信も行っています。FMぐんまホームページの「チャレンジ・ザ・ドリーム」のサイトをご覧ください。

 次回、3月のトップインタビューは、清涼飲料水の製造・販売などの事業を展開している、ハルナグループの青木清志代表です。放送は、3月6日木曜日の正午から、再放送は8日土曜日の午前8時からです。

  「チャレンジ・ザ・ドリーム〜群馬の明日をひらく〜」、この番組は「頑張るあなたを応援します!群馬県信用保証協会」の提供でお送りしました。ご案内役は、私、奈良のりえでした。


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