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平成26年9月4日(第18回)放送【1】

【プログラム】
●トップインタビュー:永井酒造株式会社 永井則吉社長
●群馬県信用保証協会からのお知らせ:「チャレンジ・ザ・ドリーム 25年度版」単行本発行について
●チャレンジ企業紹介コーナー:フリーランス女子会 代表 川島摩那美さん

プロローグ

司会

 こんにちは。ご案内役の奈良のりえです。今月8日は中秋の名月、十五夜です。ススキにお団子。そして、お月見のお酒と言えば、やっぱり日本酒でしょうか。大企業トップへのインタビューなどをおよそ1時間にわたって放送している「チャレンジ・ザ・ドリーム」。今日のトップインタビューは川場村の日本酒の蔵元、永井酒造株式会社です。「水芭蕉」と「谷川岳」という銘柄のお酒をつくっています。日本酒の蔵元というと、クラシックなイメージを持たれる方が多いのではないかと思いますが、永井酒造では伝統的な日本酒づくりを続ける一方、まるでシャンパンのような発泡性の日本酒をつくるなど、新しい挑戦を行っています。最近では、かつての酒蔵を再利用したカフェ、蔵カフェをオープンさせました。永井則吉社長に、古くて新しい蔵元のスタイルについてお話を伺っていきます。また番組後半は、個人で起業したり、起業を目指す女性たちが集まって相談や情報交換、勉強会などを行っているフリーランス女子会という会をご紹介します。

トップインタビュー

永井酒造株式会社 永井則吉社長

司会
今日は永井酒造株式会社の永井則吉社長にFMぐんまのスタジオにお越しいただきました。よろしくお願いします。
永井社長
よろしくお願いいたします。

明治創業の蔵元の近代化

司会
永井酒造は明治19年の創業ということですけれども、則吉社長は何代目になりますか。
永井社長
はい、社長としては6代目でございまして、4世代目の蔵元になります。創業者は私の曾祖父に当たりまして、永井庄治という者ですが、実は長野の須坂出身なんですね。永井家はもともと藩主の家柄だったんですけど、長男だけ残りまして、次男、三男、四男が酒ビジネスを始めたいということで、水がいいところを選んで、それと江戸に通じるところというのを見据えたんだと思うんですが、そこで中山道を通って高崎に来て、さらに行き着いたのが川場村だったということを聞いております。
司会
その水を求めて川場に来た、川場を選んだということなんですね。
永井社長
そうですね。初代である曾祖父が現在の会社の森、つまり水源地を買い足していきました。東京ドーム10個分、50ヘクタール近くを、少しずつ、未来のためにということで買い足していったという。それは、なかなか今になっては絶対できないようなことですね。
司会
そこから永井酒造の歴史がスタートしたわけですね。
永井社長
はい。
司会
先日、私も川場村の工場、蔵を見学させていただいたんですけれども、近代的な設備で驚きました。建設したのはいつですか。
永井社長
完成は平成6年の12月になります。
司会
はい、で、最大の特徴というと、どんなところになりますか。
永井社長
お酒づくりの話で言いますと、吟醸というタイプの、より吟味して醸すお酒が吟醸というお酒ですけど、全量その吟醸酒作りに切り替えたいという大きな目標がありました。それと、やっぱり蔵人さんというのが、要は出稼ぎで来ていて、期間限定の季節労働だったものですから、雇用をこれから確保していくのが難しいだろうと。やっぱり職人の世界ですから、その技を持つ人材を地元でつくっていく、この2つの大きな目標があって、近代化を選択しました。そして、近代化したときの一番のポイントが、先人たちがずっと受け継いできた技を、人でしかできないものを、徹底的に人でやることでした。
司会
例えばどういうところですか。
永井社長
例えば、この香りが出たときにこの温度を下げて上げろとか、この手触りのときに空気にさらしてやれとか。実は私も、いろんな機械を買ってそれを数値化することを試してみました。でも無理でしたね。その一方、機械でしかできないものは、例えば重いものを運ぶ、それは人が運んでも機械が運んでも同じクオリティですので、そういうものを機械化する。あと、温度をコントロールする。
司会
機械をうまく活用することによって、今までの職人の方々が使っていた労力というのを、それこそ五感を生かすことに集中できるわけですよね。
永井社長
おっしゃるとおりでして、酒づくりって、我々、お米と水からつくるんですけど、そこに介在している生き物があって、彼らがお酒にしてくれています。麹菌という菌と、酵母菌という菌なんですね。そのうちの麹菌という菌が、お米を溶かして甘くする力を持っています。また、酵母菌というのは、それを食べて、炭酸ガスとアルコールを出します。この2つの生き物をコントロールする、一番生きやすい状況、インフラをつくってあげるのが、昔からやっている酒づくりなんですね。

建築の学生から転身し入社

司会
この設備というのは、永井社長が設計されたそうですね。
永井社長
はい、僕は実は建築の学生でして。次男坊に生まれて、親からの教育は、「おまえら兄弟、別なことをやりなさい」という教育を受けていたんですね。
司会
そうなんですね。
永井社長
こんな小さな会社で、兄弟でやるとうまくいかないと言われていました。それで、兄が家業を継ぎ、私は建築の学生になりましたが、ある時兄から、蔵を建て替えたいから設計チームに入らないか、という話がありました。実はそういうところから入り始めたのです。並行して、僕はバックパッカーをしていて、これもいい経験でしたが、ヨーロッパに3カ月、建築を見に行きました。
司会
学生時代に行っていたんですね。
永井社長
そうです。まちづくりとか、建築のデザインの趣向ですが、そういうものっていうのがすごく今になって生かされていますし、まちの中の酒蔵の位置付けなんていうのも、客観的に見られたりとか、あとはまち自体をどうしていくかとか、参考になりました。それはもう20年以上前の話ですけど、ヨーロッパの成熟した田舎町を見た経験っていうのが、すごく礎になっているような気がします。僕は高校時代まではずっと川場村にいましたから、早くこの田舎から出たいなってそのころは思っていたんですね。で、初めて東京に行ったときに、川場村の良さっていうのもわかりましたし、さらにヨーロッパに行ったときに、「お、川場村、負けてねえぞ」と思いました。素材という部分や、まちの持っているポテンシャル。あとは、鉄道とか、高速とか、そういう視点から見ても揃っているし、これは世界に勝負できるなっていうのは、学生時代に実はすごく思いました。
司会
それが酒づくりに転向したきっかけでもあるんですか。
永井社長
そうですね。もう一つは、やはり日本の酒蔵さんですね。蔵をつくるときに頑張っておられる全国の酒蔵さんで研修させていただいて、心を打たれたんですね。僕は建築的な視点で、そのまちの空気感と、その酒蔵の位置付けみたいなところから見ていって、いい酒をつくるとか、人を育てるという、我々、新蔵をつくるときの目標になっているものも実践されているのを知りました。それ以外に、僕がすごく感動したことが二つあって、一つは、本当に地域の皆さんに絶大な評価をされているんですね。要は頼られている、プラス、誇りに思われているということが、酒蔵のポテンシャルとしてあったということ。もう一つが、文化を発信していることであると。
司会
酒蔵が。
永井社長
はい。そこでいい酒をつくりながら、文化を発信しているという。きちっとやると、酒蔵ってこういうポテンシャルがあるんだなと。酒をつくることによって、川場から発信ができるぞというところの誇りと、何かできるんじゃないかっていう、とにかく酒をつくってみたいなっていう、そんな思いで両親に話しましたら、大反対されまして。
司会
大反対ですか。
永井社長
はい、大反対されましたが、もう本当に意地で説得しました、両親を。大学3年のときでした。僕はもうとにかく酒づくりがしたいっていうのが条件だったものですから、一製造スタッフで入社しました。
司会
永井社長がですか。
永井社長
はい。
司会
ああ、なるほど。では、まずはスタートとしては酒づくりを始められたということなんですね。
永井社長
そうですね。で、兄が営業のほうをやって。僕はつくりのほうをという形で。
司会
そういった中で、もちろん、酒づくりの面白さというのにも触れる機会になりましたか。
永井社長
はい。でも、やはり、もうやればやるほど奥が深いなと思っていますし、僕は酒づくりって、たかだか21、22歳から始めて、今年42歳に先日なったばっかりですけど。
司会
おめでとうございます。
永井社長
あ、いえいえ。たった20年しか経験してないわけですね。ですけど、私の酒づくりは2,200年の上に乗らせていただいているので、だから僕の酒づくりは2,220年あると思っているんですね。
司会
弥生時代からの歴史をくみ取って今があるということなんですね。
永井社長
はい。ですから非常にそういうことの中で、いろんなものを感じております。
司会
人生をかけて取り組むのに、まだまだ面白味が……。
永井社長
ありますね。
司会
そうやって酒づくりの世界に入っていった永井則吉社長は、従来の日本酒の枠を超えた酒づくりにも挑戦されています。そのあたりのお話を伺う前に、ここで1曲お届けしましょう。社長に選んでいただいたナンバーです。これは思い出の曲ですか。
永井社長
そうですね。僕は、高校時代の文化祭の副実行委員長だったんです。勉強はあまりしなかったんですけど、文化祭とか、お祭りのときはもう、先頭になってみんなを引っ張って。
司会
なるほど、仕切り屋さんですね。
永井社長
実行委員長は僕の大親友、今でも大親友なんですけど。そのときの最後のフィナーレで、みんなで聴いて涙した曲ですね。
司会
はい、ご紹介します。もちろんこれは、お酒にちなんでという意味も込められているかと思います。
永井社長
そうです、はい。
司会

長渕剛で『乾杯』。


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