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平成26年12月4日(第21回)放送【1】

【プログラム】
●トップインタビュー:株式会社おおぎやフーズ 飯塚岩緒社長
●保証協会からのお知らせ 創業チャレンジ資金の利用状況について
●チャレンジ企業紹介コーナー 株式会社正英

プロローグ

司会

 北部の山からは雪の便りも届くようになってきました。いよいよ冬本番といったところでしょうか。ご案内役の奈良のりえです。大企業トップへのインタビューなどをおよそ1時間にわたって放送している「チャレンジ・ザ・ドリーム」。今日のトップインタビューは、寒い冬の日に身も心も温めてくれるラーメン屋さんを県内外にチェーン展開している安中市の株式会社おおぎやフーズ、飯塚岩緒社長です。群馬県を中心に、埼玉や栃木、長野、新潟に出店しているおおぎやラーメンですが、スタートは飯塚社長が20代で始めたフランチャイズのラーメン店でした。これが後に独立して、おおぎやラーメンとなり、今やおよそ60店に拡大しています。若くしてお店を始めたころの様子や、事業拡大の転機など、飯塚社長にお話を伺っていきます。また、番組後半は、疲労回復などの効果が期待されている健康器具、酸素カプセルを製造販売している太田市の株式会社正英の訪問インタビューです。

トップインタビュー

株式会社おおぎやフーズ 飯塚岩緒社長

司会
県内外にラーメン店をチェーン展開する安中市の株式会社おおぎやフーズ、飯塚岩緒社長にお越しいただきました。飯塚社長、よろしくお願いします。
飯塚社長
よろしくお願いします。
司会
今日はネイビーのネクタイにストライプのシャツをお召しになっています。1951年生まれ、ということで、飯塚社長、今年で何歳になりますか。
飯塚社長
はい、3月に63歳になりました。
司会
さあ、それでは今日はたっぷりと、いろいろなお話を伺っていきましょう。
飯塚社長
はい。

チェーン店の店長としてスタート

司会
初めのお店を安中市内で始めたのは1972年のことで、20代のときだそうですね。
飯塚社長
はい、22歳ぐらいのときですかね。兄がやっているお店に就職しまして、兄がトラックを持って運送の業務をやっていまして、それで東京のほうへ行く機会がたびたびありまして、そのときにバスでやっていたラーメン屋さんに寄ったんですね。そのラーメン屋さんがおいしかったんで、「どうだろう、一緒にチェーン店をやらないか」ということで始めたのが、安中店を始めたきっかけで、私も……。
司会
お兄さまを手伝って……。
飯塚社長
はい。
司会
一緒に始められたわけですか。
飯塚社長
そうなんですね。それで、私、店長をやらないかということで、店長を始めまして、そのときにはもう、かみさんも、子どももいましたから、じゃあ頑張ろうということで、かみさんと2人でお店を切り盛りするっていうことになったんですね。
司会
フランチャイズ店としてスタートしたわけですが、その後、お兄さまは、もうお辞めになり、そして飯塚社長が店長になったわけですか。
飯塚社長
はい、それでですね、店長のときに一生懸命努力したんですかね、お客さまが「飯塚君だったら、お金貸してあげるよ」って言う人がいまして、それでお金を借りまして、それを頭金で、オーナーさんに「譲ってください」っていうことで、月賦で売っていただけるようにお願いしまして、それはもう、簡単には返事も頂けませんよね。
司会
そうですよね。
飯塚社長
押したり引いたり、何回かありまして、それでやっと譲っていただきまして、それがスタートでした。
司会
そうだったんですか。
飯塚社長
その後、お客さまのおみ足が濡れないように、駐車場を舗装したり、店内を、1灯用の蛍光灯しか付いてなかったですから、2灯用に明るくしたり、店内環境をよくしました。その次に気が付いたのが、虫がたくさん寄ってきたんですよ、明るくしたら。ですので、換気をよくして、機械を入れ替えて冷暖房をきちんとして、それでお客さまに喜んでいただきたいっていうのがあったんですけれど、工事をするのに資金が必要になってくるわけですね。それもまたお客さまが「飯塚君のためだったらいいよ」って保証人になってくださったり。その方には本当に足を向けて寝られない、もう本当に感謝の言葉しかないんですけどね。
司会
きっと飯塚社長が一生懸命やっているその姿、そのひたむきな姿に、その方は感動してというか、後押ししたいという思いがあったんでしょうね。
飯塚社長
まあ、自分ではそんなに努力したっていうつもりはないんですけど、やっぱりどうですかね、おふくろもいて、おかみさんがいて、子どもももう2人いましたから、やっぱり一生懸命やらなきゃっていう、そういった気持ちはやはりありました。
司会
そのころが、ちょうど、20代の中盤ぐらいですか。
飯塚社長
そうですね。店を買ったのが24歳ぐらいだと思います。それは若さで、後先あまり考えずに突っ走ったというのが本音ですね。
司会
勢いは大切ですね、社長。
飯塚社長
そうですね。店を買ったときに、売上もあまりなかったんですよ。売れた月で150万円ぐらいしかなかったんですね。それでも勢いで買っちゃったんですよ。
司会
すみません、どのぐらいの金額を投資にかけたんですか。
飯塚社長
建物と、そのエリアの権利ですね、それが付いて1,200万円で買ったんですね。その後に、300万円をリニューアルにかけて、その後も500万円ぐらいかかったんですかね。だから結構お金は……。
司会
そうですね。
飯塚社長
ええ、投資したんですね。それでも、本部へスープの勉強に行きまして、2年、3年ぐらい経つうちに、月商で500万円ぐらい売れるようになったんですね。それでやっぱり頑張れば数字も取れるんだという思いがありまして、それで24歳から30歳まで頑張って、30歳のときに、1月と8月が1,000万円売れるようになったんですね。だから、年商で1億円ぐらいは売れるようなお店に育てたっていうのが、やっぱりちょっと自信になりましたよね。
司会
急成長ですね。
飯塚社長
ええ。
司会
その5年間ぐらいは、やはりもうがむしゃらにやっていたんですか。
飯塚社長
店長でやっていたのが2年ぐらいですが、そのときには、もう5万円売れると、軽井沢へ遊びに行っちゃうっていう、そんなことが続いたんですけど。
司会
確かに安中からだと近いですものね(笑)。
飯塚社長

でも、お店を買ってからはそういうことがなくなって、11時から2時まで通しの日もあったり、それはやっぱり頑張りましたよね。で、うちのおかみさんも一緒に頑張りましたから。子どもたちはおばあちゃんが見てくれて。だから、そのときには、親は大事だなと思いましたね、つくづく。で、私らが夫婦でお店には出られましたから、それでおかみさんが食事の支度をしたり、あとは帳簿をつけたりなんかもやっていましたから、今考えると、おかみさんが一番仕事をしたのかもしれませんね。

多店舗展開へ乗り出す

司会
いや、もうお話を聞けば聞くほど、その立ち上げのときの姿というのが目に浮かぶかのような、そんな気がするんですけれども、初めのお店から、それから14年後の1986年になりますと、今度は2号店を埼玉県の本庄市に、そして3号店を高崎市倉賀野町に出店しましたけれど、社長がちょうど30代の中盤、35歳ぐらいですか、多店舗化を考えた理由、発想というのはどんなところからだったんですか。
飯塚社長
それはチェーン店の社長さんに言われたことがありまして、「飯塚君の代わりにお店の作業をする人を幾らで雇えますか」という話の中で、「20万円ぐらいですかね」っていう話をしたときに、社長さんが言うには、「飯塚君は、じゃあ今20万円の仕事しかしてないんだね」って言われまして。さらに「飯塚君は、また違う、自分にしかできない仕事があるでしょう。そういったことを探すということも、あなたの仕事ですよ」というようにアドバイスを受けました。ああ、そうか、1,000万円売れるようになったんだから、一緒に長いことやっている仲間、彼は今専務になっているんですけれども、その彼に店長としてお店を任せて、2号店、3号店の場所を見つけに出かけてみたいな、ということで、当初は長野へ、2、3年ぐらい通いました。
司会
場所探しのために。
飯塚社長
はい。でも、なかなか見つからなくて。で、あるときに、以前勤めていた水道屋さんが埼玉県の本庄にあったもんですから、そこへ遊びにいったときに、「不動産屋さんを紹介してください」っていう話をしたところ、「ああ、いいよ」と紹介していただいた不動産屋の社長さんに教えていただいた物件が、本庄の2号店につながったんですね。交渉には半年ぐらいかかりました。ラーメン屋さんというと、ベトベトした小さいラーメン屋さんというイメージが、その地主さんにはあったんですね。「いやあ、ラーメン屋をやっちゃあ駄目だよ」っていう話をされました。地主さんは熊谷に勤めていたんですが、その近所に同じチェーン店のラーメン屋さんがありまして、レストランタイプのラーメン屋さんで、白い色が基調で、それをその地主さんに見ていただきました。「あの建物と一緒かい」と言われ、「そうなんですよ、実は」って答え、「だったら、きれいで将来性もありそうだから貸してあげるよ」っていうことになりまして、それでオープンにこぎつけることができました。
司会
スタート時というのは、信頼を得るまでの時間というのが結構必要なんですね。
飯塚社長
そうですね。相手も、だから私という人間を、たぶん観察していると思うので、やっぱりその中で、相性というのもあるじゃないですか。やっぱりそういったことも、地主さんは見ているのかなっていう感じがするんですよね。
司会
この後の多店舗化の展開なども、引き続きじっくりと伺っていきたいと思います。それではここで1曲お届けしたいと思います。今日は飯塚社長にフォークソングから選んでいただきました。ちょうど創業したころによく聴いていた曲でしょうか。
飯塚社長
はい。
司会
それではお送りしましょう。南こうせつとかぐや姫で『神田川』。

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