信用保証協会とは三つの支援保証利用のご案内コンプライアンス・個人情報情報公開
保証協会へのアクセス制度検索ご相談窓口よくある質問リンク集
群馬県信用保証協会トップページ > チャレンジ・ザ・ドリーム >


平成27年1月8日(第22回)放送【1】

【プログラム】
●トップインタビュー:株式会社カインズ 土屋裕雅社長
●チャレンジ企業紹介コーナー 株式会社スターマークス

プロローグ

司会

 新年になって1回目のチャレンジ・ザ・ドリームの放送です。少し遅くなりましたが、あらためて年始のごあいさつをさせてください。明けましておめでとうございます。ご案内役の奈良のりえです。大企業トップへのインタビューなどをおよそ1時間にわたって放送している「チャレンジ・ザ・ドリーム」。今日のトップインタビューは、ベイシアグループの一つで全国にホームセンターを展開する株式会社カインズの土屋裕雅社長です。種類豊富な商品群と手ごろな価格が魅力なカインズは、多くの人が利用されていることと思いますが、以前に比べると商品が変化してきたと思いませんか。そう、プライベートブランドの商品が増えているんですよね。そんなことも影響しているのか、売上高はこの10年間ほどで大幅に伸びています。ホームセンターカインズに新風を吹き込む土屋社長に、新規事業への挑戦などの話を伺っていきます。また番組後半は、高崎駅東口でレストラン「ガーデンパーティ」を経営している株式会社スターマークスの星野真人社長への訪問インタビューです。

トップインタビュー

株式会社カインズ 土屋裕雅社長

司会
全国にホームセンターを展開する株式会社カインズの土屋裕雅社長にFMぐんまのスタジオにお越しいただきました。よろしくお願いいたします。
土屋社長
よろしくお願いします。
司会
今日は黄色のネクタイをつけていらっしゃるんですけれども、土屋社長は黄色がお好きなんですか。
土屋社長
黄色が、まあ好きなわけではないんですが、何かここぞというときには、このネクタイをするようにしています。
司会
勝負ネクタイですか。
土屋社長
今日は奈良さんにお会いするために黄色いネクタイを選んでまいりました。
司会
恐縮です。ありがとうございます(笑)。
土屋社長
はい。
司会
さて、社長、先ほど少しお話を伺ったときに、ラジオがとてもお好きだなんていうふうにおっしゃっていましたけれども、移動中もずいぶんラジオをお聞きになっているんですって?
土屋社長
車の移動中はほとんどやることないものですから、大体ラジオですね、私は。
司会
ちなみに、やはりFMぐんまも聞いてくださっていますか。
土屋社長
群馬の周辺を運転する際は、必ずFMぐんまを聞くようにしています。
司会
どうもありがとうございます。

生い立ち、そして社長就任まで

司会
ご存じの方も多いと思いますが、初めにご紹介しておきますと、カインズは、裕雅社長のお父様の土屋嘉雄会長が一代で築き上げたベイシアグループの会社の一つです。ベイシアの前身、いせやのホームセンターとして1978年(昭和53年)に1号店がオープンいたしました。ベイシアの発祥の地は伊勢崎なんですけれども、裕雅社長は、子どものころはどちらにいらっしゃったんですか。
土屋社長
子どものころは伊勢崎にいまして、生まれたのも伊勢崎なんですね。私、元のいせやの伊勢崎店の2階に住んでいたようなんですね。そのときに生まれたのか、そこから引っ越した直後ぐらいに生まれたのか、いずれにしてもずっとそれ以降も、高校を卒業するまでは伊勢崎におりました。
司会
1966年9月生まれの48歳ということで、裕雅社長は子どものころ、ベイシアやカインズを見て育ったことになるわけですけれども、どんな存在でしたか。
土屋社長
子どもの、本当の小学生のころとかは、ベイシアはいせやという名前でしたが、たぶん、いせやしかなかったんじゃないかと思うんですよ。ホームセンターをスタートしたのが、おそらく私が小学校の高学年か中学に入るぐらいでしたから、正直あまり記憶にないんですよね。
司会
そうですか。例えばお友達に「土屋君のおうちだよね、あのお店は」なんて話が(笑)。
土屋社長
いせやについては、地元の伊勢崎に店がありましたから、そのことはよく言われましたね。ただ、その後の、例えばワークマンにしても、カインズにしても、あまり小学生だとか子どもが好きな店ではないと思うんですね。いまだにたぶん、それはそうだと思うんですが、あまりワークマンが好きな小学生っていないと思うんですよね(笑)。なので、実際本当に興味がなかったという感じですかね、子どものころは。
司会
そうですか。大学は早稲田大学に進まれて、証券会社に6年勤務された後、1996年にいせやに入社されたそうですね。
土屋社長
はい。大学を卒業後、野村證券に就職し、6年間お世話になりまして、その後戻ってきて、実家のというか、仕事に入りました。そのときのことは、もうだいぶ前で、正直あまり覚えてないんですよね。それで、最初からカインズに入ったわけではなくて、最初は物流の会社に入りまして、いろんな物流の社長と一緒に物流センターを見たりとか、いろんな店を見たりとか、そういうところからスタートしたのを覚えています。
司会
それが社長の本当にスタートラインということになるんでしょうか。
土屋社長
はい、この小売業の世界については、そこがスタートラインですね。
司会
さまざまなことを学ばれたということなんでしょうけれども、では、社長就任時というのは、どんな決意で臨まれましたか。
土屋社長
決意はですね、2002年のことで、あまりちょっと記憶にもないんですけれども、非常に頑張らなきゃいけないなという思いはありましたね。
司会
その中でプレッシャーなどはありませんでした?
土屋社長
たぶんあったんだと思うんですけど、もう忘れちゃったんですよね。本当に記憶にないんです。
司会
そうですか。社長就任時、ちょうど36歳ごろということなんですけれども、それから、ではもう本当に、今まで走り抜けてきたような、そんな日々でしょうか。
土屋社長
はい。

プライベートブランドの展開

司会
豊富な商品があって、本当に便利なカインズなんですけれども、私も日用品のフライパンとか、おなべとかももちろんですし、実はペットもカインズでお世話になりまして。
土屋社長
ありがとうございます。
司会
名前が、カイちゃんっていうんですけれども(笑)。
土屋社長
ああ、そうですか。かわいいですね。
司会
カインズさんから取って、カイちゃんという名前なんです。
土屋社長
すごいですね、それは。
司会
ええ、もう大ファンなんですけれども。商品にはプライベートブランド商品、PBのものもたくさんありますよね。現在、どのぐらいのプライベートブランド商品があるんですか。
土屋社長
大体売上でいって、4割ぐらいのシェアをオリジナルの商品で占めています。
司会

そうですか。点数にすると相当の数ですね、そうなると。

土屋社長

そうですね、1万2千から3千ってところじゃないかと思いますが。

司会
そうですか。かつてはあまりプライベートブランド商品ってなかったと思うんですけれども、いつぐらいからこのプライベートブランド商品に力を入れ始めたんでしょう?
土屋社長
私が社長になりまして、それ以降ですから、十数年前ぐらいからスタートしたわけです。そのころは、プライベートブランドというよりかは、本当に海外に行って、自社で商品を仕入れてくるっていう、海外からの直接仕入れみたいなところからスタートしているんですね。
司会
なぜプライベートブランド商品に力を入れ始めたんですか。
土屋社長
カインズの大きく成長したのが、2000年までの要因は、一つはスーパーストア化で、店の規模を大きくしたということと、もう一つはロープライス保証に代表されるNB商品を何といっても安く売るんだと。
司会
メーカー品、ナショナルブランド商品ですね。
土屋社長
それを安く売るんだということの政策がちょうど合ったんだと思うんですよね。
司会
なるほど。
土屋社長
もともと、このグループとしても、いいものを安く売ろうというのがある中で、ロープライス保証というのは非常にその中でも合致した政策だったと思うんです。それが2000年までは非常にうまく回って成長をしました。ところが、2000年以降、特に私が社長になって以降ぐらいなんですが、要は大きい店は、出そうと思えば、別にほかのチェーンでも出せますし、ロープライス保証という言い方をするかしないかは別として、ナショナルブランドを安く売るというのは別に誰でもできるわけですよね。ということで、あまりこれだけが切り札というか、お客さまに安さを提供する方法じゃなくなってきたなというふうに思ったんです。そのことがきっかけで、じゃあ自社で海外に行って、自分たちで商品を開発しようという流れになりまして、この、特にそこから10年間ぐらいですか、オリジナル商品をつくるためのいろいろインフラづくりをスタートしまして、そこからがきっかけになったというところです。
司会
インフラづくりは、実際どういうことをなさっていったんですか。
土屋社長
インフラは、海外から商品を調達するために、それまでは全部出張ベースで、こちらから行っていろんな仕事をして、全部帰ってきていたんですね。それだと非常に時間も非効率だし、じゃあそれであれば、海外に事務所を持とうというふうになりました。今は海外に駐在の人もおります。あとは品質管理です。品質管理の部署として、いろんな機械も導入して、不良品のないように管理を徹底したということであったりとか、あとは物流の機能で、海外に、今は中国でも何カ所か物流センターがあるんですけれども、そこのルートを通じて国内に完全に入れられるインフラが整ったということです。
司会
さまざまなインフラ整備に力を入れたんですね。
土屋社長
そうですね。それに加えて、あと国内の物流の機能も整えまして。だから、ほぼこの10年ぐらいでそのインフラは整っています。
司会
なるほど。それから基本的な質問で恐縮なんですけれども、このプライベートブランドというのは、自社で商品開発を行うものなんですか。
土屋社長
自社開発をしているんですけども、自社で別に製造しているわけじゃないんですよね。海外の協力工場が実際はつくっているんですが、我々が行うのは、商品の企画であったりとか、デザインであったりとか、物流のコーディネーションであったりとか、そういうことをやります。
司会
本当にアイデア商品が多いなって思うんですけれども、やはり商品開発に関してはかなりのスタッフがおられるんですか。
土屋社長
そうですね。主には商品部なんですけれども、アイデアについては、彼らももちろん考えるんですけれども、それだけだと限られますから、例えば店で働いていらっしゃるパートの方であったりとか、社員の方であったりとか、なるべく多くからアイデアを募るようにしています。日常的に何か気付いたことがあれば、もっとこの商品をこう変えたほうがいい、ということについて提案できるような制度になっています。
司会
確かにそうですよね。従業員の方も、パートの方も含めて、やっぱりカインズの消費者でもあるということですから。
土屋社長
そうですね。
司会
そういう意味では、一番身近にお客さまとも接していますし、いろんな意見が言える、そんな方々、大切な人材、財産ということなんでしょうかね。
土屋社長
そのとおりですね。だから一番シビアな意見も言うんですけれども、そこでいいものをつくれば、その方々も買ってもらえるみたいな、そういう関係なんですよね。
司会
お話を聞いていると、全員参加の会社、カインズというような気がいたしますね。
土屋社長
それを理想にしていまして。ですから、アルバイトの方も、パートの方も、社員も含めて、カインズの場合、全員メンバーなんだと。カインズメンバーという言い方をしています。
司会
カインズメンバーですね。
土屋社長
はい。
司会
さて、小売業でスタートしたカインズは、商品の自社開発を行うようになったわけですが、これは一つ冒険だったような気がするんですけれども、土屋社長、いかがでしたか。
土屋社長
この製造は、実際にメーカーとして工場を持ってやるのは、かなり冒険だと思うんですが、そんなに冒険でもないと思います。
司会
迷いなどはありませんでしたか。
土屋社長
迷いはなかったですね。
司会
それはどうしてですか。
土屋社長
それは、これがうまく回ると製造小売になるわけですけれども、製造小売のモデルは、例えばファッションの世界だと、GAPであったりとか、ユニクロさんであったりとか、そういうところがもう製造小売で既に成功していましたから、別に、我々はホームセンターですが、ホームセンターの世界の中でも製造小売というのは十分できるんじゃないのかなというふうに思っていましたから。逆に、向こうはできて、こっちができないのはおかしいなというふうに思ったので、そんなに迷いはなかったですね。
司会
ここで1曲お届けしたいと思います。今日は土屋社長に選んでいただきました。爆風スランプの『Runner』なんですけれども、思い出の曲だそうですね。
土屋社長
先ほどお話ししたように、私、最初のビジネスのスタートが証券会社、野村證券だったんですが、愛知県の岡崎に行って、初年度の岡崎がものすごい暑い夏で、炎天下の中、スーツで岡崎のまちを歩き回りまして、名刺集めをしていました。そのうち、夕方になると夕立になってきたりとかいうことがあって、その風景と、たまたま車の中でラジオを聞いたら、この爆風スランプの曲が流れて、これはもう俺だというふうに思ったのがきっかけでして、それで好きになったっていう、そういう思い出の曲です。
司会

それではお届けしましょう。爆風スランプで『Runner』。


チャレンジ・ザ・ドリーム目次



群馬県信用保証協会 〒371-0026 群馬県前橋市大手町3-3-1 TEL 027-231-8816