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平成27年2月5日(第23回)放送【1】

【プログラム】
●トップインタビュー:ルアン株式会社 阿部稔社長
●関東経済産業局からのお知らせ:女性向け創業支援施策等について
●起業あれこれ紹介コーナー:共愛学園前橋国際大学 村山賢哉先生とゼミ生の皆さん

プロローグ

司会

 こんにちは。ご案内役の奈良のりえです。新しい発想が会社を大きく成長させることがあります。今日のトップインタビューは、そんな会社の社長さんへのインタビューです。髪の毛が薄くなった場合、見た目を復活させる方法として昔からあったのはかつらですが、これとは全く異なる発想で大成功した会社があります。頭に振りかけるだけで髪の毛が生えたように見せる新しいタイプの増毛法、スーパーミリオンヘアーで知られるルアン株式会社です。国内にとどまらず、海外にまで販路を広げ、これまでに世界70の国と地域で販売しています。そんなルアンの設立は今から42年前、1973年に阿部稔社長が前橋市内で会社をつくりました。このとき阿部社長は弱冠25歳。山あり谷ありの道のりだったようです。阿部社長に起業や事業発展の秘訣などのお話を伺っていきます。また番組後半は、去年12月に開催された起業家を発掘するイベント「群馬イノベーションアワード」でファイナルステージに進出した共愛学園前橋国際大学の学生たちへの訪問インタビューです。

トップインタビュー

ルアン株式会社 阿部稔社長

司会
スーパーミリオンヘアーで知られるルアン株式会社の阿部稔社長にFMぐんまのスタジオにお越しいただきました。阿部社長、今日はどうぞよろしくお願いします。
阿部社長
よろしくお願いします。
司会
実は先ほど実演を、社長自らモデルとなってしていただいたんですけれども、本当にお髪にスーパーミリオンヘアーを振りかけて、さらには特別なミストをかけるだけで、一瞬にして自然に自分の髪になってしまうんですね。
阿部社長
はい、そうですね。
司会
びっくりしました。現在社長は67歳とお聞きしているんですが、お髪が整うと、さらにマイナス10歳ぐらいお若く見えますね。
阿部社長
ありがとうございます。
司会
今日はぜひ、誕生秘話なども伺っていきたいと思います。
阿部社長
はい、わかりました。
司会
どうぞよろしくお願いいたします。
阿部社長
よろしくお願いします。

大学のバイトでトップセールスマンに

司会
阿部社長は25歳で会社を設立されたそうですが、幼いころはどんなお子さんだったんですか。
阿部社長
太田で、母親が文具店をやっていまして、父親は東京でサラリーマンだったんですね。そういう環境の中で、たまには店へ立つというようなこともやっておりました。
司会
そうですか。そのころから少しずつ、もうご商売をすることに慣れていくような環境でもあったんでしょうかね。
阿部社長
そうですね、はい。
司会
太田高校時代には、文化祭の実行委員長をお務めになったんですって?
阿部社長
はい、昔は仮装行列なんかをやっていましてね。クラスごとに変身して、まちを練り歩くわけですが、各商店を回りまして、おたくで余っている商品はないか、その商品を賞品として出してくれないかと。景品としてですね。それで採点をして、その賞品を商店賞ということで各組や各クラスの表彰に使いました。それから、市に広報車がありますので、太田高校が文化祭を開くので、ぜひ宣伝してほしいというお願いに参ったこともございます。
司会
何かもう、ここの段階でビジネスをしているような雰囲気もありますけれども。
阿部社長
そうですね。
司会
その後、体操教師を目指して、日本大学の文理学部に進学されたということですが。
阿部社長
そうです、はい。
司会
それが自ら起業するようになるなんて、大きくかじを切りましたよね。目標を変えるような出来事があったんですか。
阿部社長
実は大学3年のときに、たまたまブリタニカという英語の百科事典の販売をしている会社へアルバイトに行ったわけですね。そこで、今で言うと毎月60万円ぐらいでしょうかね、アルバイトで収入を得るようになりまして、トップセールスになったんですね。
司会
トップセールスに?
阿部社長
はい。
司会
アルバイトの?
阿部社長
はい。
司会
阿部社長がですか、すごい。
阿部社長
2年目から、私が逆に講師になりました。
司会
ええっ、学生にして、講師ですか。
阿部社長
はい。ちょうどそのころ学園紛争になりまして、学校の授業もなかなかなかったというときだったのでちょうどよかったんですけれども、それから、実業界で自分の力を試してみたいなという気持ちで、先生から方向転換したわけです。

若くしてさまざまな事業を展開

司会
ああ、そうですか。卒業後は、ではすぐそういった実業家を目指すような活動をなさったのですか。
阿部社長
学生時代に体を壊しまして、やっとの思いで大学を卒業し、東京にある不動産会社へ勤務したんですが、まだ体調が思わしくないので、実家へ、群馬のほうへ帰るということになったわけです。母親がやっている文房具屋を手伝うために営業をし始めたわけですが、なかなか母親が元気な人で、私は、じゃあほかのことを何かやろうかなと思いまして、せっかく体育を出てきたんだから、美容体操教室をオープンしようかということで、ただ、お金がないので、学校の真ん前の文房具屋さんだったものですから、じゃあ家で塾をやろうということで、生徒が50人ぐらい集まりまして、その入学金で美容体操のパンフレットを刷って、それで家のライトバンにレタリングで「美容体操教室オープン」って看板をつくりまして、電気屋さんからスピーカーを借りてきて、太田の駅前、伊勢崎の駅前、桐生の駅前、それから熊谷の駅前、足利の駅前でビラを配って、50人ぐらいの生徒を集めるわけです。サウナの2階にあるトレーニングルームを、昼間空いているっていうので借りまして、昼間は美容体操をやりまして、夕方から学習塾と、両方やっていたわけです。ところが、美容体操教室って、今でもそうでしょうけれど、大体3カ月ぐらいすると飽きちゃうんですね。それで生徒がほとんどいなくなった段階で、ブリタニカのときの上司がエリナっていうパンディストッキングを輸入して販売する会社を始めていて、それの営業所を群馬でやらないかって声がかかりまして、一般のお店を出さないで、会員を募って、その人たちに販売をしてもらうということで、会員を100人つくれと。そうしたらおまえに営業所を持たせてあげるという約束で、私、1カ月でその会員を100人ぐらいつくりまして、それで、事務所を持つんなら、太田じゃなくて前橋でやってくれということで前橋で探しまして、事務所をオープンするわけです。
司会
そうですか。また新しいことを始めたわけですね。
阿部社長
そうです。で、塾のほうは親戚の人に任せて、私は前橋でパンティストッキングの販売会社の所長をやるわけですが、しばらくするとその会員が、群馬県中に紹介、紹介で広がって、6,000人ぐらいに膨れ上がっていきました。
司会
あっという間に。すごいですね。順調ですねえ。
阿部社長
そこまで順調ですよね。はい。
司会
その後も順調にいったんですか。
阿部社長
いや、ところが2年目で、その会社がだんだん売れなくなりまして、日本の製品も追いついてきまして、それで営業所を独立採算に変えると。だから、おまえはもう要らないよっていうような感じで、首を切られたわけです。それで、どうしようかっていう段階で、会社を設立と。で、今いた女性の2人と、男性1人と、私と4人で新しい会社をつくるわけですね。それが今のルアンなんです。
司会
片仮名でルアンと書きますけれども、ルアンという名前はどこからきているんですか。
阿部社長

単純で、私の名前を横文字にすると、ミノル・アベで、ミノルのルとアベのアと、ルアじゃちょっと短いなと思って、ンを足したというだけのことなんです。

司会
そうなんですか。
阿部社長
それだけのことなんですが。で、そのときは、パンティストッキングをその会社から仕入れて、ルアンというパッケージに入れ替えて販売するんですね。ところがなかなか、4月にスタートしたんですが、9月ぐらいにお金がもうなくなっちゃって、私のポケットマネーからお給料を払っていましたから。で、もうどうしようもなくなった段階で、家を担保に、人生初めての800万円という借金をするわけですね、銀行から。
司会
ええ。
阿部社長
はい。で、人を集めて、群馬県中の美容室へ、このパンティストッキングを卸し始めるんですが、たまたまオイルショックの年だったんですね。で、パンティストッキングも石油製品ですから、なくなっちゃうんじゃないかということで、少し売上が伸びたわけです。で、そのお金を基に、女性のかつらの訪問販売を始めたわけです。前橋から始めまして、順調に少しずつ売上が上がりまして、高崎営業所を開きまして、それから太田営業所を開きまして、熊谷営業所を開いたんですが、なかなか熊谷で、人は集まらないし、もちろん売上も上がらないということで、セールスマンが集まらないんで、新潟とか、それから長野、それから栃木、埼玉のほうへ新聞広告を出しまして、次期所長ということで、所長候補の方を集めまして、それで一軒家を借りまして、2カ月間、禁酒禁煙で私も参加しまして、朝6時から起きて、トレーニングをして、午前中は営業、午後は人集めと。そこで卒業した方を、今度は営業所長にしまして、28歳のときは、約100名近い営業マンと、10カ所の営業所になるわけですね。

苦境の時代

司会
25歳で確か、昭和48年に会社を設立して、3年後には、それだけ大きく発展させていったんですか。
阿部社長
そうです。それまでは、自分がもう怖いものはない、何でもできるみたいな考えでいまして、そのときに初めて私、この経営でいいんだろうかということで疑問を持ちました。
司会
それはすごく成功しているときに?
阿部社長
そうです、そうですね。
司会
これでいいのかと……。
阿部社長
いいのかと思いまして、群馬中小企業家同友会へ入るわけですが、そこで経営を勉強しようと思ったら、逆に皆さんの講師を引き受けるような形になっちゃって、まあ、有頂天でテングになって、いろんな話をしていたわけですが、見事、それから落とされるわけです。
司会
落とされる。それはどうしてですか。
阿部社長
かつらの訪問販売そのものが、そのころ使っていた方が大体、20〜30代の主婦だったんですね。おしゃれだったんですね。だから1回使うと、もう要らないと。リピーターにならないということで、だんだん、だんだん、売れなくなったんですね。売れないということは、営業マンも集まらないっていう、負の連鎖が始まりまして、営業所を少しずつ閉めていったわけですね。で、最後には、もう前橋と太田だけになってしまったと。一からまたスタートしようと。また私、鞄を持って1軒1軒回って、「かつらはどうですか」って訪問販売をしたわけですね。もうそのときは、講演していたときの自分が恥ずかしいようで。で、その講演を聞いていた方々に背広の販売をしたり……。
司会
あら、そうですか。
阿部社長
まあ、そのほか、カタログ販売に挑戦したり、何をやってもうまくいかないんです。28〜38歳。
司会
10年間?
阿部社長
はい。
司会
負のスパイラルが続いたんですか。
阿部社長
そう、そうです。で、友達にも、「おまえ、もう諦めろ」と、「サラリーマンになったほうがいいんじゃないか」って言われたんですが、私から独立した片腕がうまくやっていて、もう意地でも辞められないという感じ。意地だけですね。
司会
意地で10年……。
阿部社長
はい。まあ、なんか自分のやったことが全部駄目だったというふうに思われるのが嫌で、このルアンを何とかしたいという気持ちはありました。
司会
はい。ここまでお話を聞いていても大変波瀾万丈なんですけれども、その後、スーパーミリオンヘアーを開発し、大きな発展を遂げるわけですが、そのあたりのお話を伺う前に、ここで1曲お届けしたいと思います。今日は社長に1曲選んでいただきました。どんな曲でしょうか。
阿部社長
私、学生時代にギターをちょっとやり始めまして、いい曲があるなと思いまして、私もぜひ覚えたいなと思った曲ですが、一生懸命習いましたけれども、『禁じられた遊び』という曲なんですね。
司会
名曲ですね。
阿部社長
はい。
司会

それでは、お届けします。『禁じられた遊び』。


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