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平成27年5月7日(第26回)放送【1】

【プログラム】
●トップインタビュー:株式会社キンセイ産業 金子正元社長
●群馬県からのお知らせ:群馬県の27年度創業支援施策について
●チャレンジ企業紹介コーナー:株式会社伝統デザイン工房

プロローグ

司会

 こんにちは。ご案内役の奈良のりえです。大企業トップへのインタビューなどをおよそ1時間にわたって放送しているチャレンジ・ザ・ドリーム。今日のトップインタビューは、高崎市から世界に進出している燃焼プラントメーカー、株式会社キンセイ産業の金子正元社長です。キンセイ産業は、乾溜ガス化燃焼装置という独自の技術を開発し、世界15カ国で特許を取得、グローバルに事業を展開しています。そんなキンセイ産業が誕生したのは48年前。金子社長が28歳の若さで創業したそうです。事業に成功し、金子社長は群馬県中小企業団体中央会の会長も務めています。創業者、そしてベテラン経営者の視点からのお話を伺っていきます。また、番組後半は、全国各地の蔵元から集めたよりすぐりのお醤油を販売するという興味深い事業を展開している前橋市の会社、株式会社伝統デザイン工房の訪問インタビューです。

トップインタビュー

株式会社キンセイ産業 金子正元社長

司会
高崎市から世界に進出している燃焼プラントメーカー、株式会社キンセイ産業の金子正元社長にFMぐんまのスタジオにお越しいただきました。金子社長、今日はどうぞよろしくお願いします。
金子社長
よろしくお願いします。
司会
今回のお話のキーワードは、やっぱり「熱」かなと思うんですけれども、今日は社長の情熱あるベテラン経営者としての理念なども伺っていけたらと思っておりますので、あらためましてどうぞよろしくお願いいたします。
金子社長
はい。

仲間たちとの独立と創業

司会
キンセイ産業は、片仮名でキンセイ、そして漢字で産業と書くんですけれども、このキンセイというのは、どんな意味ですか。
金子社長
私の金子正元の金と、正元の正しいです。
司会
あ、なるほど。社長のお名前から取っていらっしゃるんですね。ということは、会社はまさに社長の分身ですね。
金子社長
はい。
司会
そんなキンセイ産業ですが、一番の特徴は、独自に開発した乾溜ガス化燃焼装置という技術だそうですね。開発の様子などもおいおい伺っていきたいと思うんですけれども、初めに、この技術がどのようなものなのか教えてもらえますか。
金子社長
燃焼は化学の世界なんですね。物は直接燃えません。必ずガスが発生して、ガスが燃えるんですよ。ガスをつくる部分と燃焼する部分に分けられないか。それがうちの基本特許です。誰もやってなかったんですよ。
司会
ガスを発生させる場所と燃やす場所を別にしたということですね。
金子社長
はい。
司会
それが一つの装置の中にあると。
金子社長
はい、そうです。
司会
現在は世界15カ国で特許を取得しているということなんですけれども、金子社長は初めから焼却施設が専門だったわけではないですよね。ちょっとさかのぼりますと、もともとはご出身は新潟県で、高崎の会社にまず就職をなさったということなんですが。
金子社長
はい。そこもよい会社だったですよね。照明装置をつくっていた電気会社だったんですが。
司会
ご専門は電気ですものね、社長は。
金子社長
はい。思う存分やらさせていただきました。全部、後で役に立っています。
司会
そして、28歳で独立をされたそうですけれども、これはお辞めになる何かきっかけがあったんですか。
金子社長
会社の方針が、ものづくりからレジャー産業と不動産のほうに少しウエートが移りました。私はものづくりだけしか考えていなかったので、ここでもう役目が終わったんじゃないかなと、そんなことを考えていましたら、体調不良になりまして。実際は体調不良が退職の第一要因です。
司会
ああ、そうですか。体調を崩されたことでお辞めになることを決意して……。
金子社長
ところが、辞めるときに、私よりも若い社員が6人付いてきたんですよ。
司会
その6人の方というのは、どうして辞めてしまったんですか。
金子社長
私の説明不足が一番大きかったと思うんですよね。私が辞める以上は、何かを私が始めるんじゃないかと勝手に彼らは理解して……。
司会
ええっ(笑)。
金子社長
私と一緒にとにかくやりたいと、こういう思いで辞めてきたんですね。
司会
そのころからカリスマ性みたいなものがあったんでしょうか、金子社長の中に。
金子社長
うーん、とにかく何か相談を受けたときに、人よりも少し親身に話に乗ってやったことじゃないでしょうか。
司会
親分肌なんですね。
金子社長
わかりません(笑)。
司会
でも、その6人の方も、ずいぶんと気が早いというか、金子社長がお辞めになったから何か始めるだろう、じゃあって付いていくって、すごいですね(笑)。
金子社長
ですから、いい言葉で言えば、私はいつも夢のある話をしていたんじゃないかと思うんですよね。だから私に賭けたんだと思います。
司会
それで、そういった6人の方たちの思いなどもまとめて、会社をつくったんですか。
金子社長
はい、そうです。で、親分は私ですから、そこで思いを忘れないように「金正(かねまさ)」になったんですが、その漢字どおりになかなか読んでもらえなくて……。
司会
ああ。
金子社長
きんのほしと書かれたり、かねまさになったり、きんじょうさんになったり、これはもう、絶対間違わないのは片仮名しかない。ですから、スタートは有限会社でしたので、株式会社に組み替えのときに思い切って片仮名にしました。そうしたら、その後、片仮名の会社がはやってきましたね。
司会
ああ、先駆けだったんですね。
金子社長

はい。

司会
6人の方が付いてきましたが、お一人でも大変だろうに、それが大所帯になりましたよね。
金子社長
もう条件としましては、売り物は技しかないですので、1年間はよろず屋で、無休、24時間でやってみようよ、と。
司会
24時間?
金子社長
はい。
司会
無休で?
金子社長
交替で。
司会
何でも屋さん。
金子社長
電気工事の仕事も取りに歩きました。ところが、初めは適正見積もりもできませんし、来る仕事は納期がないか、特に安い、そして非常にリスクが大きい。この3点セットで初めはしのぎました。
司会
大変なスタートでしたねえ。
金子社長
いや、みんな創業はそんなもんだと思いますよ。
司会
やっぱりご自分の中でこれをやりたいと決めたわけでなく、会社がまずスタートしてしまったということですか。
金子社長
そうですねえ。今だったらやれないでしょうが、そこが若い特権でしょうね。やって駄目だったら、またやり直せばいいやと、そういう思いがみんなに共通していましたね。
司会
そんな中、その後につながるヒントがあったんですね。
金子社長
はい。忘れもしませんけれども、ボウリング場がはやったときに、そこの電気工事を請け負いました。そしてそこに焼却装置というものがありまして、オープン前にトラブっていたんですね。それで私は電気専門ですから、トラブルは電気回路がおかしいからというのがすぐわかり、それをみんなで、お互いさまだから直そうよ、というふうにやっている様子を、オーナーが見ていたんですよ。オープンセレモニーが終わったら、呼ばれました。「金子さん、儲からなかったろう。でも、あなたのところの若い人が、あなたを中心に頑張っている。このまま行ったら器用貧乏になるから、途中で何か一つに絞ったほうがいいよ。ところで金子さん、あなた、これからこの焼却装置がいいと思うよ」。――これが頭の隅に残っていました。

焼却装置メーカーへの業種転換

司会
はい。
金子社長
で、チャンスが来たのは、ピンチのオイルショックのときです。
司会
オイルショック?
金子社長
はい。
司会
1970年代のことですね。
金子社長
そうですね。忘れもしませんが、電気工事の仕事がなくなって、電気が供給されませんので、もう業種転換を図るしかない。ええい、思い切り、一か八かやってみようと、それで、まず初めに、焼却炉をつくりました。
司会
まずは普通の焼却炉をおつくりになったんですね。
金子社長
はい。初めはデザインで売れました。ところが、やりますとね、当時、物を燃やして煙が出るのが当たり前。出ないものを要求されました。
司会
その煙が出ない焼却炉をつくってくださいと。
金子社長
専門用語では無煙式と言うんですよ。
司会
はい。
金子社長
ところが、やっていくときに、お客さんが「この熱を何かに使いたい。油の代わりに燃料になる廃棄物で油の役目をさせたい」。代替エネルギー、要するに油の代わりにやる場合にはですね、性能、能力が問われるわけですね。
司会
能力が問われる?
金子社長
はい。だから、どうやったら油と同じように効率よく使えるかどうか。
司会
ああ、ええ。
金子社長
燃焼の仕組みがわからないと、どうつくっていいかもわからんわけですね。そこで出てきたのは、物が燃えるにはどうなのかということから始まって、クレームの中からできた技術なんです。だから絶対強いわけですよ。これが他社にないきっかけだと思います。もう切羽詰まって、お客さんに満足してもらえなかったら、持って帰れ、ですから、持って帰るほどみじめなものはありませんから、何とか開発をしよう。それには基本的なことがしっかりしてなかったら解決できない。そこで、否応がなしにでも、のめり込むしかありませんでした。物は直接燃えません。必ずガスが発生して、その前に熱分解という一つのややこしい現象があるんですが、そこで考えました。燃焼をコントロールをするのは、ガスをコントロールできればできる。よし、やってみよう。
司会
ガスのコントロールって、でも、難しかったでしょうね。
金子社長
失敗の連続でした。ところが、廃棄物を、ガスをつくる部分と、燃焼する部分に分けられないか。これがヒントでした。できたんです。いろいろ試行錯誤はありましたけどね。波に乗ったのは、やっぱり展示会との出合いです。
司会
展示会ですか。
金子社長
お客さんが、「こんなに機能美のあるのは、展示会に出したら売れるよ」。よしってことで、事もあろうに、今の東京のビッグサイトの前身の、晴海ふ頭の専門店に出しましたよ。カタログもない状態でです。今だったら恥ずかしくてできないでしょうが。そうしたら、興味のあるお客さんが、「こういうことができないか」「ああいうことができないか」。できないと言ったら終わりですからね。
司会
でも、もちろんつくったことはないわけですよね。
金子社長
「やらせてください」「おまえ、やれるのか」「いや、やって駄目だったら、それは仕方ないけれども、何とかやらせてくれませんか」。そうしたら、やらせてくださるお客さんが出てきましたよ。
司会

そこまで、でも軌道に乗るまでには、やっぱりご苦労した点なども多かったんではないですか。

金子社長
うーん、はずみ車がない状態だから、自分をはずみ車にするしかないですしね。
司会

さて、まだまだお話は尽きないんですけれども、ここで1曲お届けしたいと思います。今日は、金子社長にお好きな曲を選んでいただきました。まずここでお届けする曲は、水前寺清子で『三百六十五歩のマーチ』です。

チャレンジ・ザ・ドリーム目次



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